傭兵夫婦
「ちょっと待て!」
私は女傭兵の大剣を縦に構えると、打ち込まれた斬撃を顔の真正面で受けた。
目の前で飛び散った火花に、人間相手に剣を振るうのが久々なことを思い出す。重いと感じた手応えは、慣れない剣のせいじゃない。こいつの剣には重さもスピードもある。
何度か打ち合って私は確信した。この男はかなりの手練れだ。
「あのなっ、この剣はちょっと借りただけで……」
「黙れ!」
頭に血が上っているのか、説明しようとする私の言葉を聞こうともせず、男は向かってきた。
この女傭兵の仲間だよな? 傷つける訳にはいかないし……参ったな。
広場に剣同士が接触する鋭い金属音が響き渡る。私達の周囲には、遠巻きにした野次馬の見物客が集まっていた。
斜めから打ち下ろされた刃を沈んで交わすと、そこから飛んだ剣気が離れた壁に当たって亀裂を作った。
すぐ側の見物客から悲鳴があがった。
「っこのバカ……!」
人死にが出たらどうすんだ?!
「ちょっと待てって言ってるだろ!」
男はなおも斬り込んでくる。この町にいる傭兵共は、みんなこうやって簡単に暴れるのか?!
重くて長すぎる剣は扱いづらい。スピードを重視する人間には向かない得物だ。私は仕方なく借りた大剣を投げ捨てると、自分の愛剣をその手に呼び出した。
キン! と高く響く音とともに顕れた青白い剣を目にして、斬りかかってきた男が少しだけひるむ。
私はその一瞬の隙を逃さず、受けた剣ごと男を後ろに薙ぎ飛ばした。
「ぐあっ!」
背中から転がったのは痛そうだったけど、これ以上手加減は出来ない。
殺す気もないのに人間相手に愛剣を使わなくてはいけない時点で、ちょっぴり敗北感を感じる。
私は神楽を消すと、上半身を起こそうとしている男に向かって怒鳴った。
「こんな人の多い場所で剣気飛ばすヤツがあるか! あと、話を聞け! お前の仲間が倒れてるのは私がやったんじゃないぞ!」
とんだ濡れ衣だ。まあ、倒れる原因作ったのは私だけど。
「そこの女傭兵、お前の仲間なんだろ? 私を助けてくれたんだよ」
「助けて……?」
「まあ、別に助けられなくても平気だったんだけど……」
少し落ち着いた様子の男は、はっとしたように立ち上がって女傭兵のところに駆けていった。
女傭兵は目を覚まして、起き上がるところだった。
「ジャクリーン、大丈夫か?!」
「……マキシム? どうしてここに……」
女傭兵を助け起こすと、彼女に怪我がないか確認して、男はほっとしたように息をついた。
はあ、やっと落ち着いてくれたか。
「なんか……悪かったな。巻き込んじゃったみたいで」
私が近寄ってそう声をかけると、女傭兵は目をぱちぱちしながら私を見上げた。
そんな不思議なものを見るような目で見なくてもな。まあ、言いたいことは大体分かるけど。
女傭兵は立ち上がって砂を払うと、暑苦しい笑顔と一緒に右手を差し出してきた。
「いいえ、助けようと思って逆に助けられてしまって、情けなかったね。あたしはジャクリーン……傭兵だよ。あんたは?」
「飛那姫だ。ひとまず礼を言っておくよ、止めに入ってくれてありがとう」
「礼を言われるほどのことは出来てないけどね」
私は彼女の手を取って握手をした。うーん、大きい手だな……男みたい。
「飛那姫、あんた、本当に踊り子なの?」
「いや、訳あって今バイト中なんだ。ホントはあんたと同じ傭兵で剣士だよ」
「剣士……?」
女で傭兵ってだけでも珍しいのに、剣士だなんてすごく稀だから、もの珍しいのはお互いさまだな。
ジャクリーンは私のことをまじまじと眺めた。
「剣士にはまったく見えないね……」
「筋肉ないからなー」
苦笑いで私は答えた。不本意だけど、容姿だけで言うなら剣士よりも踊り子っぽい自覚はある。
屈強な剣士と言えば、それこそジャクリーンのような見た目が正解だろう。
「こっちはあたしの旦那、マキシムだよ」
「旦那?」
え? 夫婦ってことか?
珍しいと言うか、なんと言うか……
「その、勘違いをしていたようだ……すまない」
ジャクリーンの隣に立った黒髪の男は、私に向かって頭を下げた。
20代後半てところだろうか。肩まで伸ばした黒髪は、やはり東の人間の特徴に思えた。年齢的にはジャクリーンと似たようなものだろう。身長は私と変わらない位だよな。
「いいよ。私がやったように見えても仕方なかったし。相棒が同じ目にあってたら、私もきっと似たようなことをするだろうし……でも、この町の傭兵はこんなに人が多いところでも当たり前に剣を抜くのか?」
「ゴゾは傭兵の町だ。多くの傭兵が集まってくるし、血の気の多い人間が多い。こんなこと、日常茶飯事さ」
「マジか……」
物騒で治安が悪いって、こういうことか。
ジャクリーンが何かに気がついたように、私を見て眉をひそめた。
「飛那姫、肩……怪我してる」
指さされたところを見ると、確かに左肩に赤い筋が走って血がにじんでいた。
剣を受けたものの、飛んだ剣気を殺しきれなかったってところか……
「あっ、重ね重ねすまない……!」
私の肩を見た黒髪の男が、うろたえたように謝った。
「マキシム? あんたがやったの?!」
「いや、俺は……その、お前が殺されたんじゃないかと思って、ついカッとなって……」
「こんなか弱そうな女に向かって本気で剣を振るう人がどこにいるの?!」
「だから、謝って……! 本当にすまない!」
ジャクリーンよりもマキシムと呼ばれた男の方が身長が低いので、怒鳴られていると迫力だけでそのまま潰されてしまいそうだ。
私は二人を見ていて思わずぷっと吹き出した。
「この程度のキズ、気にしないよ。私の方こそあまり手加減出来なくて悪かった。あんたも傭兵なんだろ? 大会出てるのか?」
手加減、の言葉に二人は揃って私を振り向いた。ジャクリーンは怪訝そうな顔だ。
ん? なんだ。私なんか変なこと言ったか?
「飛那姫……あんた、マキシムと斬り合ったんだよね?」
「ああ、そうだけど?」
「その程度のキズで済んだってことは、マキシムが一応手加減したんだよね?」
「いや、俺は正直頭に血が上ってしまって、ほとんど手加減なんて……」
二人で話してないで、私の質問にも答えて欲しいなあ。
あ、そういえば借りた大剣、投げたままだった。
向こうに転がったままだった大剣に気がついて、私はそれを拾いに行くと、ジャクリーンに持ってきて返した。
「これ、少し借りた。勝手に使って悪かったな」
片手で軽々大剣を手渡す私を、ジャクリーンはまたも不思議そうな顔で見つめてきた。
マキシムも私をじっと見て、真面目な顔で「魔法剣……」と呟いた。
「飛那姫と言ったか。さっきの、君が持っていたあれは魔法剣か?」
「そうだよ」
「すごい剣気だったが……俺と斬り合った時、あれで手加減していたのか?」
「そりゃまあ……」
「……」
複雑な表情のマキシムの横から、ジャクリーンが一歩前に出て来て私を見下ろした。
「飛那姫」
「なに?」
「マキシムは……傭兵大会で、午後からの決勝戦に出るんだ」
「え? マジか?」
それって、優勝直前てことか? 美威が聞いたらどれだけうらやましがるか……
「すごいなー」
「そのマキシム相手にあんた……手加減だなんて」
「ジャクリーン、飛那姫の言っていることは本当だと思う。俺は本気で打ち込んだのに、カウンターで吹っ飛ばされたからな」
「え?!」
「そんな体で、どうやって俺みたいなのと斬り合えるんだか……魔法剣といい、あんた何者なんだ?」
「ただの傭兵だよ」
そうとしか答えようがないんだけど。二人は納得出来ない顔だった。
「大会には出てないのかい? 何しにゴゾまで来たのさ?」
「あー、私も大会出たかったんだけど、船が遅れて受付に間に合わなくってさー」
「あっ、大会と言えば……もう一時を回ったな。ジャクリーン、そろそろ戻らないと」
マキシムが広場の時計を見上げて言った。
お腹が空いたと思ったら、もうそんな時間か。私もバイトを終わらせてさっさと美威のところに戻りたいな。
「もうバイト終わりだから、後で決勝戦見に行くよ」
私は傭兵の夫婦に向かって、そう言った。
「ああ、本部前の中央ステージに来るといい」
「飛那姫、後でまた会える? 同じ女性剣士として、あんたともう少し話がしたいな」
それは私も同感だ。ジャクリーンに頷いて見せると、軽く手を挙げて二人は去って行った。
美威のバイトしている青空食堂も大会本部の横だって言ってたな……
私が一人でたどり着けるといいけど。
自分の方向音痴さ加減を思い出しながら、ひとまず見世物小屋に戻った。チラシを配り終わったことを報告して、報酬をもらう。
兄様からもらった元の服に着替えて、髪も簡単に結い直して、お気に入りの神楽調バレッタで留めた。
はあ、なんかほっとする。今回のバイトで、踊り子の服は視線を浴び続けて疲れる格好だと言うことが分かった。もう美威がなんと言おうと、絶対にこのバイトはやらない。
また来てね、と言われて引きつった笑顔になったまま、私は見世物小屋を後にした。
5分もあればたどり着くはずの道を、30分ほどかけて歩く。
最終的に目的地に着くことが出来たのは、大会のアナウンスの音を辿ったからで、私の方向感覚が改善されたわけじゃない。
ちなみに傭兵大会は職業ごとにブロックが分けられていて、私はもちろん剣士部門で出る予定だった。
大会本部に置いてあったパンフレットを読んで初めて知ったけど、魔法は使っちゃダメらしい。純粋に剣だけで勝負するとある。私みたいな魔剣士はちょっと不利かも。
美威は魔法士の白黒混合部門てヤツか。まあどのみち、出場するにしても再来年の話だな。
大会本部の横にあるでかい青空食堂で、美威の姿を探す。
食堂のどこにもいないと思ったら、裏のテントの中になじみの魔力を見つけた。テントをくぐると厨房になっていて、料理の下ごしらえを手伝っている美威を見つけた。
「美威」
「あら飛那ちゃん。もうバイト終わったの? あ、それともまさか、クビになったんじゃ……」
声をかけると、野菜を切っていた美威が手を止めて、疑うような視線を向けてきた。
「ちゃんと働いてきたって! 大変だったんだからな! でもあーゆーバイトはもう二度とやらないから!!」
受け取った報酬を渡すと、私は宣言した。そう、もう絶対にやらない!
「まあ、いいけど……あれ? もしかしてお化粧された?」
「あ、そういえばされたな。まだついてるか?」
「濃くはないけど……飛那ちゃんが化粧とかすると、もう尋常じゃなく人間離れした感じになるからやめてほしいな」
「なんだそれ……」
意味が分からない。
「整氷作業の人手が足りないらしくてね。私、夜まで働くことになったから、飛那ちゃんは後でマルコと合流してね」
「なんであいつと合流しなきゃいけないんだよ」
「報酬もらうために決まってるでしょ。マルコは飛那ちゃんのためなら無償で働くから」
「お前、鬼だな……」
その時、厨房のテントの向こうから歓声が聞こえてきた。
アナウンスの内容から、拳闘士部門の決勝で勝敗が決まったらしかった。
「そうだ、決勝見に来たんだった。美威、昨日の共同浴場にいた女傭兵な、剣士だったぞ」
「え? 大会で見かけたの?」
「いや、ちょっと色々あって……後で話すよ。とりあえず試合見に行ってくる」
じゃあな、と私はテントを出て大会の決勝ステージに向かった。
人混みの中に頭一つ出ているジャクリーンはすぐに見つかった。でも彼女のいるステージ前までは、人をかき分けていかないとたどり着けそうになかった。
(あんなに人がいっぱいいるとこに行くのは嫌だな……)
私は辺りを見回して、少し遠いところの建物の屋上に飛び乗ると、そこから決勝試合を観戦することにした。魔力を使って視力をあげれば、少し位遠い場所を見るのにも問題はない。
細めの長剣を携えたマキシムに対して、相手の男は太めの長剣が得物だった。
魔力を乗せての攻撃は反則らしいけど、体への魔力ドーピングは反則じゃないみたいだから、私だって出れたんだよな。
いいなぁ、私も強いヤツと戦いたかったなぁ。
私はうずうずしながら、始まった試合を一人そこで観戦していた。
珍しく強いと感じる傭兵剣士と、これまた珍しい女傭兵剣士との出会い。
交友の輪を広げましょう。
次回は、「再会を望んでも」。アレクシス語りで、大会終了直後の話をお届けします。