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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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踊り子とゴゾの町の女傭兵

 傭兵大会2日目にして、ギルドはやっぱり休業中。

 途中参加すら出来ないことが分かって、美威のテンションはダダ下がりだ。


「百歩譲って、大会に出られないのはもう仕方ないとするわ……でも、当面の生活費はここで何とかしなきゃ」


 傭兵職に比べて報酬額が少なめな上、雑用やアルバイト感覚の軽作業が多い冒険者ギルドにはまず足を踏み入れることはない。

 でも今回ばかりは、即仕事を探さなくてはいけない都合上、冒険者ギルドにも行ってみることになった。


 冒険者ギルドにはハンターを含め色んな職業の人間が出入りする。捜し物から雑用から、依頼内容はなんでもアリだ。

 私が得意な分野は戦うことだけなので、基本平和的な依頼が多いここで、希望に沿うような案件があるのかどうかは疑わしかった。


 美威は、カウンターから報酬額3つ星の高額案件だけを扱ったファイルを借りて、閲覧し始めた。


「私達がすぐ受けられそうな案件はこの辺ね……売店の製氷作業、犯罪現場の清掃作業、海に落ちた落とし物の捜索、見世物小屋の呼び込み踊り子……飛那ちゃん、どれがいい?」

「どれも嫌だ」

「はい! 俺は踊り子がいいと思う!」

「お前は黙ってろ」

「私は売店の整氷作業にしようかな……大会開催中6時間で1万5千ダーツ。氷系魔法使える人はその倍だって」

「美威は自動製氷機だからな」

「飛那ちゃんは踊り子ね」

「なんでだよ? 私は落とし物捜索のがいいよ」

「落とし物捜索は3時間で5千ダーツ。踊り子は条件に『見目良い若い女性』って限定されてるから、実働2時間で報酬が倍の1万ダーツなのよ。とりあえず4時間働いてきて」

「はあ? 嫌だよ」


 なんでそんな仕事……と拒否したら、美威は冷えた笑いで私に向き直った。


「仕事を選んでる場合でもなければ、私の指示に異議を唱えてる場合でもないのよ? 大体誰のおかげで経済危機なんだったかしら? おいしいご飯にありつきたかったら言われたとおり働いてきて」

「……はい」

「犯罪現場の清掃作業は1~2時間で報酬1万ダーツ。これはマルコが行って」

「え? 俺も働くの?」

「当たり前でしょう。それが終わったら落とし物捜索にも行ってもらうわ。あんた、飛那ちゃんがご飯食べれなくなってもいいの?」

「良くないです」

「じゃあ決まりね」


 さっさと窓口で手続きを済ませてしまうと、美威は複数の紹介状をもらって冒険者ギルドを出た。

 見世物小屋って一度くらいしか入ったことないけど、なんか雰囲気の悪いところだよな。私の仕事はそこの前に立って、呼び込みをかねたチラシ配りをすることらしい。

 美威に入口まで連れて行かれて見世物小屋とやらに入る。店主に紹介状を渡して挨拶を済ますと、踊り子の姉さん達が2~3人わらわらたかってきた。


「あなた新入りさん?」

「いや、私は……冒険者のバイトで。チラシ配りに来たんだけど」

「やだ、あなたすごい美人……ちょっと! そっちで手の空いてる子! この子着替えさせて!」

「え……っと」

「ほら、向こうで着替えてきて。仕事内容はその後説明するから」

「チラシ配りの子が怪我して今日お休みなのよ。来てくれて助かったわ。しっかり宣伝してね」


 垂れ幕の向こうに連れて行かれて、あれよあれよという間に私は着替えさせられた。

 上下に分かれた水着みたいな衣装の上から、透けた布を巻き付けて、これでもかってくらいキラキラ光る装飾をつけられる。髪を綺麗に結いあげてくれた姉さん達は、なんだか楽しそうだ。 


「きゃーっ、うそっ、かわいい!」

「こっちのもつけよう!」


 気のせいかもしれないが、遊ばれてないか?

 3人がかりで手早く化粧までされた私は、今にもステージに出て来そうな踊り子の格好になった……人生初だな。


「うん、完璧ね!」

「はい、これ持って」


 踊り子の姉さんに渡されたチラシの束を持って、店の前にある広場まで連れられていく。それなりに人通りの多い道だ。

 私の抱えているチラシの束から数枚を取り出した姉さんは、営業スマイルで「チラシ持参で300ダーツお値引きしまーす」と声をかけながら、流れるように通行人にチラシを配っていった。


「こんな感じで、ひとまずそれを全部配ってね。まだあっちに半分あるから無くなったら取りに来て。4時間経つか、全部なくなるかしたらそこでお仕事終了よ」


 ぽん、と私の肩を叩くと、踊り子の姉さんは店に戻っていった。

 仕事内容としては、いたって簡単なんだろうけど……これ4時間もやるのか? マジか? 愛想笑いとか、限りなく無理なんだが。

 私にとっては竜討伐よりも過酷なミッションかもしれない。

 そう思いながらも仕方なく、チラシを配ることにした。だって、配らなきゃ減らないもんな……


 チラシ配りが始まって、30分もしないうちに私は気がついた。

 チラシを配るよりも大変なことがあることに。


「ねえねえ、君もショーに出るの?」

「名前は?」

「仕事何時に終わるの? お昼休憩ある?」


 次から次へとハエのように群がってくる男達を、叩きのめさずに撃退することだ。

 この町は馴れ馴れしいやつが多いな。ガラの悪いのも多い気がする。


(美威……恨むぞ……)


 私はチラシの影で握り拳をプルプルさせていた。はっきり言って、仕事が終わる前にクビになる自信がある。でもそうなっても私のせいじゃない。我慢は体によくないって言うからな?!


「ごめんなさい、これ配り終わらないとお仕事終わりにならないんです」


 張り付いた笑顔に無言の殺気を乗せると、大抵のヤツはそそくさと去って行く。追い払うのに骨が折れるヤツは、相手にしているとストレスが倍増だ。

 自制心を保ちながら、さらに1時間が過ぎた。チラシは半分以上減っていた。わざわざ寄ってきて一度に数枚持っていってくれる人もいるので、意外に早く配り終わりそうだ。

 ちょっとほっとしかけたころ、厄介な客がやって来た。昼間から明らかに酒臭い集団に、マトモな輩はまずいない。


「見世物小屋かよ」

「何? チラシ配りやらされてんの?」


 多分傭兵だろうと思われる男達は合計で5人。帯剣してるヤツもいる。

 私を取り囲むと口々に失礼なことを言い始めた。……激しくうざいな。


「仕事やめて俺たちと飲みに行こうぜ?」

「すみません、これ配り終わらないと仕事終わらないので」


 私は今日30回目くらいの台詞を無表情で返す。もう笑うのも疲れた。

 男は私が見せたチラシの残りを掴むと、無理矢理ひったくった。


「じゃあこれ全部もらってやったら、仕事終わりになるだろ?」


 そう来たか。いや、仕事が終わるのは歓迎だけどな。


「そういう訳にもいかないので……返してもらえます?」


 平静を装って、私は目の前の酒臭い男を睨んだ。まったく聞く耳もたず、男は手の中のチラシをハラハラと地面に落として笑った。

 別の男が、横から私の腕を掴んだ。


「……痛いから、離してくれないかなぁ」


 親切に最後通告だけはしてやろう。チラシ配り終わったってことにするなら、もう労働時間外だよな。叩きのめしても問題ないってことだよな?

 囲まれたまま引っ張って行かれそうになった私は2、3歩よろけたところでため息をついた。

 うん、全員半殺し決定。

 今まで我慢していた分、ここで全部憂さ晴らそう。そう思った瞬間。


「ちょっとあんた達、何してるんだい」


 男達の後ろから、とがめる口調の女声が聞こえてきた。

 最初は、踊り子の姉さん達が見るに見かねて出て来たのかと思ったんだけど……


(あっ、コイツ……)


 振り向いたそこに立っていたのは、昨日共同浴場で見かけた、あのでかごっつい女傭兵だった。

 腰に下げているのは大剣。簡易なえんじ色の軽鎧に身を包んでいる。逞しい肉体は、目の前で見ると女とは思えない迫力だ。


「あんた達みたいなのがいるから、傭兵の品位が下がるんだよ」

「なんだこの化けもんみたいな女は?」

「こいつ見たことあるぞ、確か昨日の大会に出てた女剣士だな」


 私が目を丸くしているうちに、女傭兵と男達は火花を散らし始めた。

 ええと、私多分当事者だよな? これ、どうしたらいいんだ?


「そこのあんた、もう行っていいよ。後はあたしが始末しといてやる」

「え? あ、いや……」


 私に向かってそう言ってきた女傭兵は、脅しか本気か大剣を腰から抜いて構えた。

 見れば男達もそれぞれ手に得物を持っていた。

 おいおい……こんな街中で武器出しておっ始める気か? 一般民もいるのに迷惑すぎるぞ。


 そう思っているうちに、乱闘は始まってしまった。

 仕事は終わったし、もう報酬もらって帰ってもいいんだろうけど……そういう訳にもいかないよな。

 なんとなく観戦していたら、男二人が足下に飛んできた。女傭兵が振った大剣の側面で吹っ飛ばされたらしい。

 おお、強いな、でかい女傭兵。ほぼ力押しだけど。


 5対1でも危なげなく戦っていたかと思ったら、剣を受けている反対から拳闘士らしい男の蹴りを食らってしまって、女傭兵は少しよろめいた。あ、まずいな。ていうか、私がぼけっと見てたらダメだよな?


 膝をついた女傭兵は打ち下ろされた剣を受けたものの、横ががら空きだ。

 そこに再び襲いかかろうとした拳闘士の男を、私は思い切り蹴り飛ばしてやった。男は見世物小屋まで一直線に飛んで行くと、壁に激突して伸びた。


「あんた……?!」


 女傭兵が驚いたように、私を振り返った。

 私がさらに剣士の男を仕留めようとしたところで、じわりと身に覚えのない魔力が襲いかかってきた。


(眠れ……!)


 少し先に立っていた男は魔法士だったらしい。眠りの魔法か。

 頭の上から覆い被さってくるようなもやを、私は全身に魔力をこめてはじき返した。防御魔法は得意じゃないけど、この程度の魔力相手なら、気合いだけでなんとかなる。


「効かないけど?」


 頬にかかった髪を払ってそう言ってやると、魔法士の男は青い顔で目を瞠った後、一目散に逃げ出した。


「……あれ?」


 女傭兵はばっちり眠りの魔法にかかってしまったらしく、地面に崩れ落ちてグーグー眠っていた。

 私はその手から転がった彼女の大剣を拾うと、一振りして残った剣士の男に見せつけるように構えた。


「まだやるか?」

「なっ、なんでそんなでかい剣をそんなに軽々と……」


 男は口をパクパクさせながらマヌケな台詞を吐くと、魔法士の男が逃げていった方向に自分も走って逃げて行った。


「やれやれ……」


 私は肩にトン、と大剣を乗せると足下の倒れた彼女を見下ろした。

 こんな弱い魔法にかかってしまうってことは、魔力なし剣士か。それでこの重い大剣を振り回せるんだから……すごいな。

 感心してそんなことを考えていた私は、背中に鋭い視線を感じて身構えた。

 振り向いた先には、一人の男が立っていた。さっきの男達じゃない。黒髪に黒目の外見は、東の人間の特徴に見えた。


 男は倒れた女傭兵を見てから、私に殺気だった目を向けて口を開いた。


「貴様……ジャクリーンに何をした?」

「ん?」


 もしかしてなんか、誤解されてないか?

 女傭兵の持っていた大剣を肩でトントンしつつ、状況を考えてみる。

 あ、ここだけ見たら確かに私がやったっぽい。


「いや、あのな……」

「問答無用!!」


 言うなり、男は腰の長剣を抜いて、私に斬りかかってきた。 

女傭兵、ジャクリーン。見た目はちょっとアレですが、中身は飛那姫よりも女性らしいかも……


次回、傭兵夫婦。

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