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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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オンボロ連絡船とゴゾの町

 7日間、波に揺られれば着くはずだった中立地帯、ゴゾ。

 30日の朝に着くはずが、気付けばもう1日の夕方だって。

 水平線の向こうに島の姿が見えたときには、心底ほっとした。俺よりもっとほっとしたのは美威ちゃんだったろう。


 到着までは残り1時間程度……の予定だった。それなのに、ここに来てまたもエンジントラブル発生だ。


「もう遠くに見えてるのに……」


 海に沈もうとしている夕日を背に、手すりにしがみついた美威ちゃんが恨めしそうに言った。

 格安フェリーに乗ったはいいものの、なんとなくいやな予感がした通り、オンボロ船は途中で止まったり、動いたり、また止まったり……旅程にはかなりの遅れが出た。

 俺がいた雑居部屋みたいな広間は天井から雨漏りするし、原因不明の床下浸水はあるし、シャワーはお湯が出ないし、一時は断水もした。

 ああ、異臭騒ぎもあったか。


 とにかく、なんの修行なんだか……この8日間、気の休まる時はなかった。本当にひどい船に乗ってしまったと思う。

 シーサーペントに襲われる豪華客船とどっちがいいかと聞かれたら、それはそれで悩ましいけど。


「もう大会、始まってるわよね……」

「途中参加出来るのか?」

「行ってみないと分からないわ」

「何にせよ、1日目は絶望的だな……」

「言わないでっ」


 計画が破綻して気落ちしている美威ちゃんと、運動不足でストレスのたまっている飛那姫ちゃんにも疲労感がただよっている。

 慣れた顔で復旧作業に当たっている機関士達のおかげで、船は間もなくまた動き出した。なんでもいいから、俺も早く陸に上がりたい。



 すっかり暗くなってからたどり着いたゴゾの町は、港から乗合馬車ですぐのところにあった。

 町全体がなんとなく繁華街を思わせるような雰囲気のところだ。大人の匂いがする町とでも言うのだろうか。治安が悪いってうわさだけど、建物も道もかなりきれいに整備されていて、大国と比べても遜色のない造りに見えた。



 何はともあれギルドに直行したら、入口の扉に『10月1、2日は大会開催の為お休みします』の張り紙が……これってエントリー、もう締め切られてるよね?

 うなだれる美威ちゃんを慰めながら、ひとまず宿を取ろうとしたところ、どこも客でいっぱい。もう踏んだり蹴ったりだ。

 ここに来てまた野宿は嫌だなあ……

 波に揺られながらおっさん達のいびきの中で寝るよかマシだけど、今日はいい加減ベッドで横になりたいよ。


「メシはともかくシャワーが浴びたい。船のシャワールーム、水が出なくなってたからな」


 飛那姫ちゃんが気持ち悪そうに、汗ばんだTシャツの胸元をパタパタした。


「2人とも、そこの共同浴場に入ってくればいいんじゃない?」


 中立地帯は火山の町なので、温泉が多いらしい。

 俺はすぐそこの建物を指差して、湯浴み出来る場所を教えてあげた。


「簡易シャワールームでもいいんだけどな」

「ダメだよ! それは男が使うところ! ここは無法者も多くて物騒なんだから!」


 傭兵や冒険者がよく使うコインシャワールームのことを言い出した飛那姫ちゃんに、俺は猛反対した。


「別に平気だって」

「絶対ダメ! どうしてもそっちを使うってなら、俺、張り付いて見てるからね!」

「それじゃお前が不審者じゃないか……」


 私の周りには過保護なヤツが多いな、とぼやきながらも飛那姫ちゃんは美威ちゃんと共同浴場に入っていった。

 まったく、飛那姫ちゃんは腕っ節でも男に負けない自信がありすぎて、たまに信じられないくらい無防備な行動をとるから心配だ。

 二人が建物の中に消えたことを確認して、俺はもう一度宿をあたってみることにした。


「おっと……」


 道を横切ろうと思ったら、一台の馬車が目の前を疾走していった。危ねえ、ここ馬車が通る道か。轢かれるところだった……

 白い彫刻が施されている装飾の高そうな馬車だったから、きっとどこぞの金持ちが乗ってるんだろうな。無法者が多い中立地帯にもああいう人種がいるのか。


 俺はそんなことを考えながら、まだあたっていない宿を探しに、夜の喧噪の中に分け入っていった。



-*-*-*-*-*-*-*-*-



 本当に、踏んだり蹴ったりってこういう事を言うんじゃないのかしら。

 予算をケチらずに高速船を使えばきっとエントリーには間に合ったはずなのに……私のバカバカ!


「ふは~、生き返る~」


 完璧な美ボディをお湯に浮かべて、おっさんみたいな台詞を吐いているのは飛那ちゃんだ。その容姿でぷかぷかするのも、ふんぞり返るのもやめて欲しい。


「泳いじゃだめよ」


 私はバシャバシャしそうな飛那ちゃんに釘を刺した。大きいお風呂に入ると泳ぎたくなる心理なんて私には理解できない。

 でも温泉なんて久しぶりだ。ゴゾの町にこんなオマケがあるとは知らなかった。

 もう今はくよくよしても仕方ないから、私ものんびりお湯に浸かろうっと。

 

「美威、この中にも傭兵大会に参加する人間がいるかな」


 温泉に入りに来ている人達を見ながら、飛那ちゃんが言った。まあ、いるかもしれないけどそもそも傭兵って女性がほとんどいないしね。


「いないと思うわよ。男風呂にはいるかもだけど」


 たま~にギルドで女性を見かけることもあるけど、大抵は魔法士だ。側によって魔力を感じるのならともかくとして、見た目では判別がつかないと思う。

 湯煙の中を見回しても、いかにも傭兵って感じの人はいないように見えた。


「えっ……いや、ちょっと待って」


 ……いた。いかにも傭兵って感じの人が。

 入口を入ってきた瞬間、クマかなんかかと思ったくらいの体格だ。


「……女性、よね?」

「そりゃ、女風呂に入るんだから、女だろ?」


 明らかに衆目を浴びてしまっているその彼女(多分)は、圧迫感だけで言ったら私の倍くらいありそうなほど体が大きかった。

 暑苦しい顔立ちに、浅黒い肌。男の人に負けないだろう隆々とした筋肉が、女性の柔らかい曲線を完全に否定している。

 うん、間違いなく飛那ちゃんより大きいし、見た目だけなら飛那ちゃんより強そう。


「剣士か、拳闘士……だろうな」

「どう見ても魔法士には見えないものね……」


 洗い場で体を洗い始めた彼女を遠巻きに見ながら、私と飛那ちゃんはこそこそ喋っていた。

 あんな女性も来るのね、傭兵大会……恐ろしいわ。

 私はふと思いついて、まじまじと飛那ちゃんを彼女と見比べてみた。同じ女性とは思えないけど、剣士と言ったら普通はあそこの彼女みたいな体格だろうと思う。

 この柔らかそうな体のどこから、あんな殺人的に凶器っぽいパワーが出てくるのかしら……魔力ドーピングしていると分かってはいても、やっぱり飛那ちゃんはおかしいと思う。


「うん。化け物度合いで言ったら、飛那ちゃんのが上ね」

「は? なんだそれ」

「見た目詐欺で全身凶器なんだから、あの人よりよっぽどおかしいと思って。っていうか、隣に並ばないで。比較されたくないから」

「何言ってんだ……」


 女の私から見ても、360度こんなにパーフェクトな見た目なのに……どうして中身はこんなんなのかしら。


「残念過ぎる……」

「よく分からないけど、お前が失礼だってことだけは理解した」


 ああ、今日の宿、今頃マルコがうまく探し出してくれてるかしら。こういう時にはなにげに頼りになるのよね……

 私達はとろっとしたお湯に肩まで浸かりながら、傭兵らしきゴツイ女性を珍しい気持ちで観察していた。


傭兵大会、参加すると思っていた人ごめんなさい。参加しません(出来ません)。

一番がっかりなのは美威です。


次回、イーラスの語りでお届けします。短めなので明日更新出来そうです。

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