ほら吹き城大工
どんぶり三杯目を平らげたおっさんは、テーブルの上の水を飲み干してから、俺たちに頭を下げた。
「いや本当、助かった! 生き返った気分だ!」
「元気出たみたいで良かったな」
大分顔色の良くなったおっさんは、飛那姫ちゃんにそう言われると、ささっとマスクをつけてから顔をあげた。
いや、もうそれ取ってもいいんじゃね?
「お前、傭兵なんだって? もしかして剣士なのか?」
満足そうに見ていた飛那姫ちゃんが、おっさんに尋ねる。
「ああ、そうだ。オレは剣も使えるし槍も使えるぞ。ここだけの話だが……こう見えても紗里真の王族の親族だったんだ。まあ今は落ちぶれてしまったが、当時は騎士団の精鋭隊で隊長をしていたこともあったな」
「……はあ?」
飛那姫ちゃんは、ペラペラとしゃべり出したおっさんに、なに言ってんだこいつ……というような呆れた目を向けた。
俺はジュース屋のおばちゃんが言っていた「ほら吹き甚五郎」の呼び名を思い出した。
これのことか? ほら吹きって。
「あともう少しで騎士団長かと言われたオレだったが……」
「精鋭隊は、鮮血の31日に全員亡くなったはずだけど、お前はどうして生きてるんだ?」
飛那姫ちゃんが聞くと、男は首を横に振りながら答えた。
「それはオレが強かったからさ」
「ほー」
なんか、挙動と言動が合ってないな、このおっさん。目が泳いでる。
今はこんな傭兵なんて仕事に落ちてしまったけど、本当はすごい人間なんだとほらを吹き続けるおっさんに、飛那姫ちゃんもだんだんどうでも良くなってきたみたいだ。
「ま、とりあえず餓死はまぬがれたろ、精鋭隊の元隊長さん。あとは自分で何とかしろよ」
そう言って席を立った飛那姫ちゃんの顔は、明らかにちょっと怒っていた。
王族本人に親族だったとか……嘘なの、バレバレだもんね。
「おっさんさぁ、助けてもらってそれはないんじゃないかな?」
「私達、ヒマじゃないのよ」
俺も美威ちゃんも食事は終わったし、これ以上付き合う気もなくなった。
立ち去ろうとしたら、後ろからすすり泣く声が俺たちを引き留めた。
大の男が泣いてもなぁ……可愛い女の子なら飛んで戻るとこだけど。
「いや、去り際にやめてくれよおっさん、なんか気分悪いから」
仕方なく振り返った俺に、おっさんは首を横に振りながら言った。
「なんか……書くもの持ってねえか?」
「は?」
身振り手振りで書くものを貸して欲しいと頼むおっさんに、俺は仕方なく食堂のすみにあったペン立ての中から羽ペンとメモ用紙を持ってきてやった。
こんなこと、泣いて頼むようなことじゃないよな。
おっさんは、俺達が去ろうとするのを引き留めながら、何か書き始めた。
汚い字で書いたメモ用紙を切り取ると、俺に差し出してきた。受け取ると、次のメモを書き始める。
「何なんだ一体……」
俺は代表してメモの内容を読み上げた。
「ええと……『メシをありがとう。すまねえ。オレは大井甚五郎、傭兵だ。今言った紗里真がどうとかは全部ウソだ。でも言いたくて言ってるんじゃない』だって」
「なんの話だよ?」
おっさんは2枚目のメモを俺に差し出した。
「つづき『オレは大分前に二枚舌のおかしな妖精に会って、何かを説明しようとするとウソのことしか話せなくなっちまったんだ。だまそうと思ったんじゃない。信じてくれ』……だって」
3人揃っておっさんを見ると、おっさんは暑苦しいマスクを引き下ろして口を開けた。
口の中に、本当ならひとつしかないはずの舌が、重なって2枚あるのが見えた。
比喩じゃなくてマジで2枚、舌があるのか……
「二枚舌の妖精……」
美威ちゃんがどこからともなく取り出した妖精図鑑を見ている。
俺も飛那姫ちゃんも、開いたページをのぞき込んだ。
「これね『いたずら妖精シリーズ、二枚舌の妖精。レア度☆2。気に入った人間に会うと二枚目の舌をプレゼントしてくれる。二枚舌になると、本当のことを話そうと思えば思うほど、ウソのことや真逆のことしか話せなくなる。元の状態に戻す方法は不明』……はあ、大した妖精じゃないけど、おじさん、気に入られちゃったのね?」
これが本当だとしたら、難儀なおっさんだな。
俺は3枚目のメモを受け取った。そうか、だから筆談なのか。
「『ウソをつきすぎてオレはこの町ではもう信用がない。もとは大工だったんだが、ギルドを追い出された。傭兵は好きでやってるんじゃない。働く気はある。でも仕事がもらえないんだ。金が底を尽きて、メシをおごってもらえて、親切にしてもらえて、本当にうれしかった。ありがとう』……だそうですが?」
俺は飛那姫ちゃんの顔をちらりと見た。
なんとも苦い顔だけど、少しは怒りが収まったみたいだな。
「みんなにこうやって筆談すれば良かったのに、なんでやらなかったんだ?」
おっさんはメモに『この方法に気付いたのは大分後になってからだ。元々オレはよく字が書けなかったから勉強した。書けるようになった時にはもうオレの話を聞こうなんてヤツはだれもいなくなってた』と書いた。
この方法、まどろっこしいな。
「事情は分かったよ。それでお前、紗里真の大工だったのか?」
飛那姫ちゃんが気になったポイントは、どうやらそこだったみたいだ。
大工ギルドに人手が足りないって言ってたから、戻せるなら戻してやろうと思ってるんだな、きっと。
おっさんが次のメモに書いた『城大工だった』の一文に、飛那姫ちゃんは目を光らせた。
「城大工? なら城下壁も直せるか?」
おっさんは『直せる。元々やってた。城だって直せる』と書いた。
「……お前、大工ギルドに戻らないか? 私達が今の話を説明して、誤解を解いてやるからさ」
飛那姫ちゃんの提案に、おっさんは心底びっくりしたような顔をした。
「ほ、本当か?!」
「ああ、ただし、ひとつ条件がある」
「条件?」
飛那姫ちゃんは指を一本立てて、おっさんの前に出した。
「大工ギルドに戻ったら、城下壁を直せ」
「城下壁を……か??」
うん、唐突すぎて何言われてるのか分からないって顔になってるよ、おっさん。
「甚五郎のおっさん、この子ね、城下壁を直したいんだよね。でも城下壁を直せる大工って今人手不足でいないんでしょ?」
俺は横から会話に割って入った。
「あ、ああ……そうだろうな」
「だから、誤解を解いて、おっさんがギルドに戻れたら、みんなと一緒に城下壁を直して欲しいって話なんだ」
「城下壁は……直せるだろうが、金はどこから出るんだ? 紗里真はもうないんだぞ? 城が金を出さなけりゃ大工だって働けない」
おっさんがそう言うと、飛那姫ちゃんはにやりと笑った。
「金は多分、用意出来る。もう一度聞くけど、お前本当に城下壁や城を直せる城大工だったんだな?」
ウソだったら許さないぞ、と言った飛那姫ちゃんに、おっさんは真剣な顔で頷いた。
まあ確かに……ウソつきの顔でもないんだよな。
よくウソをつく俺には分かる。
「よし、マルコ」
「はい、なんでしょう?」
呼ばれてうれしい俺が、さっと側に行くと飛那姫ちゃんは言った。
「お前、甚五郎連れて宿に戻れ」
「え? なんで?」
「お前もこいつも連れて行くわけには行かない。城に向かうのは私と美威だけでいい」
「ええー……」
盗賊の端くれとしては、宝物庫に足を踏み入れたかったのに……
まあでも確かに、「王族が宝物庫に盗賊をご招待!」なんて聞いたことないもんな。
「俺も行きたい! 行っちゃだめ?」
ひとまずは食い下がってみよう。そうゴネた俺の胸元をわし掴みにすると、飛那姫ちゃんはぐいっと自分に引き寄せた。
至近距離で、睨まれる。
「……ここから先はついてくることは許さない。宿でおとなしく、こいつと待ってられるよな? マルコ」
凄まれてるのは分かるんだけど、半分……いや、ほとんどご褒美じゃないですか? これって。
俺は、へら~ん、と笑ってみせた。
「待ってます待ってます。ちゃ~んとおとなしく待ってますよ~」
俺はもっと距離を縮めようと、自分の顔を飛那姫ちゃんの顔に近づけてそう言った。
彼女の目が一瞬イラッとしたように見えて、すぐに額を殴られたような衝撃がきた。
「いだっ!」
「……本当に待ってろよ」
捨てるように俺の胸ぐらを突き離すと、飛那姫ちゃんは歩いて行ってしまった。
ひ、ひどい……頭突きするなんて……いや、ひどくない。
痛いけど、おでこゴチンはちょっとうれしい。
「マルコ、本当について来ちゃダメだからね。多分……城に入ること自体が、飛那ちゃんにとっては……」
「美威! 行くぞ!」
俺に何かを言おうとした美威ちゃんを、食堂の出口から飛那姫ちゃんが呼んだ。
「うん、分かってるよ。行ってらっしゃい」
美威ちゃんが言おうとしたことは分かる。
向かおうとしている城は、彼女にとってはいい意味でも悪い意味でも思い出深い場所だろうから。
俺だってもう、飛那姫ちゃんの泣き顔は見たくないから、行かないよ。
その夜、飛那姫ちゃんと美威ちゃんはいくつかの金塊を持って宿に戻ってきた。
本当にあったんだな……宝物庫。
少し赤くなった目を見て、俺は彼女を慰めたい気持ちになったけど、何も言わないことに決めた。
代わりに、夕飯の後、この宿一番のスペシャルデザートを二人にごちそうした。
城下壁を直すための人材をGET。人材は人財です。
次回は、大工ギルドに依頼に行きます。