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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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行き倒れの男

 今日は暑いな……頭がくらくらする。

 そういや、朝から水も飲んでなかったか。


 ぼうっとする頭に町の喧噪が加わって、なんでかこの町が紗里真から綺羅に変わった当時のことを思い出した。

 あの頃は天国から地獄に落ちたかとみんなが思ったもんだったが……綺羅が滅んで、今では町もかなり持ち直している。

 でもオレだけはまだ、地獄の中にいるらしい。


 もう3日も何も食べてなかった。

 空腹に、この暑さは余計に堪える。

 かすんでくる視界の中、オレはフラフラと大通りの隅を歩いていた。


 紗里真の王様がいた頃は良かった……

 税も軽かったし、城下町や沿道の整備はぬかりなかったし、民の声をいつもちゃんと吸い上げてくれてた。みんな自分の国が好きだったし、誇りを持っていたし、オレだってあの頃はマトモに働いていて、将来有望ともてはやされもしたんだ。


 気付けばもう37を超えた年で、オレは傭兵なんてヤクザな仕事をしている。

 若い頃、嫁さんに逃げられた理由が「仕事ばっかりしていてかまってもらえなかったから」ってくらい、昔はまっとうな職でがむしゃらに働いていたのに。

 1年間も浮気に気付かなかったなんて、つくづくバカだったんだろう。

 ずっと騙されてたオレが自暴自棄になったって、仕方なかった。

 でも、そんなオレの叫びを本気と取るヤツがいるとも思わなかった。


「この世にはホントのことなんかなんにもありゃしねえ。俺はもう何も信じねえ。俺も嘘のことしか話さねえ」


 酒に酔ったオレがそう言ったところ、たまたま通りかかった「二枚舌の妖精」に二枚目の舌をプレゼントされちまった。

 それ以来、オレは本当のことを説明しようとすればするほど、嘘のことしか話せなくなった。


 おかげで信用をなくして、大工ギルドを追放されるし、友達もなくすし、強かった腕っ節だけで傭兵に転職してみたものの、ここでもオレは鼻つまみものだ。

 この先の人生、なんか面白いことがあるんだろうか。

 ああ、なんかもう考えるのもだるい。

 頭痛はするし、喉は渇いたし、食ってもいないのに吐きそうだ。


 とっくに頭の上まで昇りきった太陽は、容赦なくオレの体を照りつけていた。

 キンキンに冷えた炭酸が飲みたいなあ……と思っていたら、地面が近くなった。

 ゴツッと音がして、オレの目の前は真っ暗になった。



-*-*-*-*-*-*-*-*-



「例の場所は、入口が見つかったところで鍵がないと絶対開かないからな。きっとまだ残ってる……マルコが言い出すまで、存在すら忘れてたよ」


 隣で当時のことを思い出すかのように、飛那ちゃんが言った。

 私達は今、城に向かう大通りの道を歩いている。大通りって言うだけあって、ちょっとした広場並に道幅の大きい通りだ。

 左右には色んな商店が立ち並んでいて、市場みたいになっている。王国として成り立っていない今もこんなに栄えているなら、当時はどれだけ賑やかな町だったんだろうか。


「神楽にはいくつか呼び名があるんだ。国宝剣、聖剣、王の剣……元々は代々王族の血を引く者の中から、一番剣術に優れた人間が継承してきた剣だ。神楽を持っていることがイコール王様だったってわけだな」

「え? じゃあ……飛那ちゃんが紗里真の次期王様だったの?」

「当時は私も小さかったから、よく分かってなかったんだけど……兄様があの通りの人だから、跡継ぎは私だとみんなが考えてたみたいだ。今にして思えば、私が兄様よりもちやほやされてたのはそういう背景があったらしい」

「ああ……蒼嵐さん、剣が似合わない人だものね……」


 あのお兄さんと飛那ちゃんを剣で比べるのなら、女性の飛那ちゃんが王位継承するのも納得だ。


「私はてっきり兄様が王になるものだと思ってたんだ。でも、兄様はもう15歳だったし、きっと分かってたよな……自分が王位を継がないって」


 第一王子なのに妹に権力を持って行かれることが決まってるって、普通なら嫉妬しそう。

 兄弟同士で権力争いとか、派閥がどうとか、よく聞く話よね。でも蒼嵐さんの飛那ちゃんへの態度を見る限り、そう言った敵意は欠片も感じられない。

 いや、敵意って言うか、むしろ妹ラブしか感じないし。

 この兄妹は、いい意味で王族らしくないと思う。


「いいお兄さんなのね、昔から」

「うん、兄様は私のことをすごい可愛がってくれたし、父様も母様も、兄様と私をちゃんと同じように大事にしてくれた。正直私は、今でも兄様が王になれば良かったと思ってる」


 私は人の上に立つような人間じゃないしな、と飛那ちゃんは苦笑いした。

 彼女の視線の先、道の向こうには立派なお城が見えた。


(あれが飛那ちゃんが住んでた紗里真のお城なのね……)


 遠目から見てもかなりの大きさだ。私達は小規模な国にはよく出入りするけど、大国に足を踏み入れたことは南の国くらいしか記憶にないので、ここの城はすごく大きく感じる。

 中もめちゃくちゃ広そう……

 あそこで暮らしていた小さい頃の飛那ちゃんを想像すると、よく迷子にならなかったものだと思う。


「まあそんな訳で、王にしか開けられない宝物庫の鍵が、王位継承の証である神楽になってるんだ」


 飛那ちゃんが言うには、宝物庫は城の地下にあって、入口の造りは扉っぽくないから知らない人には分かりにくいそうだ。

 強力な魔法もかかっているらしく、鍵がなければまず盗賊ごときには荒らされたりしないだろうという話だけど……

 マジでお宝があるかも! ビバ金銀財宝!!


「お宝の山……一度でいいから見てみたかったのよねぇ」


 現実に見る機会がやって来るなんて、夢にも思わなかった。

 ダンジョンの奥深くに隠された神秘の秘宝ではないけれど、「宝物庫」の響きには十分心が躍る。


「あのな、美威……言っておくけど、国費だからな?」

「うん、分かってる。飛那ちゃんのものってことよね? それすなわち、私のものでもあるってことよね?」

「全然分かってないぞ」


 もちろん冗談だけど。

 いいじゃない、少しくらい宝物庫の風景に夢見たって。


「あー、ノド渇いた……ねえ二人とも。あそこのジュース屋、うまそうじゃない?」


 マルコが、少し先の黄色い看板を指さした。うん、冷たいフレッシュジュースは、この季節に欠かせないお店よね。

 宿に荷物を置いて身軽になったマルコが、鼻歌交じりでジュースを買いに行った。私と飛那ちゃんも後を追う。


「おばちゃん、ストロベリーミルクと柑橘ミックスとライムスカッシュ、1つずつちょうだい」


 店先のメニューを見て、的確な注文をしたマルコに心の中で拍手を送る。

 もちろん甘~いストロベリーミルクは私のだ。柑橘好きな飛那ちゃんも文句なしだろう。


 ジュースが出来上がるのを待っていたら、背後でドサッというか、ゴツッというか、なんか変な音が聞こえた。


「げっ、誰か倒れたみたいだよ?」


 振り返ったマルコが、足下の汚れた感じの男を見つけて私に言った。

 見れば分かる。熱射病かな……なんでわざわざ私達の後ろで倒れるかなぁ。


「おっさん、大丈夫? ……って、あれ? この人……」


 マルコがそう言って、突っ伏してる男の顔をのぞき込んだ。

 暑苦しいマスク、どっかで見た気がするわね。


「さっき、ギルドにいたおっさんだよね。ああ……熱中症だな、こりゃ」


 どうしようか、とマルコが振り返った上から、バケツに入った氷水が浴びせかけられた。

 男は倒れたままだったけど、マルコは飛び上がった。


「つっ冷てえぇっ!!」

「こうすればいいんじゃないのか?」


 店頭にあったジュースを冷やす用のバケツをひっくり返した飛那ちゃんが、自分の分のジュースを片手に涼しい顔で言った。

 飛那ちゃん、どちらかと言うとマルコにかかってるってば。


「水借りて悪いねおばちゃん。おい美威、ここに氷入れとけ」

「私は自動製氷機じゃないわよ……」


 これだけ空気中に水分があれば、バケツ一杯分くらいの氷を作るのは簡単だけど。

 氷系魔法で氷を作って空のバケツに戻すと、私は後ろで転がっている男に回復魔法をかけてあげた。

 人助けだと思えば仕方ないけど、出来れば後で労働料をいただきたい。


「う……うう……」


 男はうめきながら目を開けた。


「み、水……」

「ライムスカッシュで良かったら、飲みます?」

「美威ちゃん、それ俺の……」


 私が差し出したジュースを見るなり、男はひったくるようにコップを取った。

 顔に張り付いていたマスクを引き下ろすと、ごくごくと一気に飲み干す。

 よほど喉が渇いていたみたいね……


「あ、ありがとう……すまねえ……」

「これだけ暑いんだから、きちんと水分を摂らないとダメですよ」

「ああ、そうだな……恩に着る」


 男はささっとマスクをあげて、私に頭を下げた。

 この暑いのにマスク……具合でも悪いのかしら?

 その時、座り込んだ男の腹から、グウ~……という音が聞こえてきた。


「……水分だけじゃなくて、ご飯もちゃんと食べないと、倒れますからね?」

「あ、いや……金がなくてな。もう3日前からメシ、食ってないんだ……」


 ああ、今面倒なことを聞いてしまった。

 

「あんたら、ほら吹き甚五郎(じんごろう)の知り合いかい?」


 ジュース屋のおばちゃんが、私達に尋ねた。


「ほら吹き甚五郎?」

「そいつのことだよ。ギルドの傭兵さ。」


 この人ホントに傭兵なんだ? ふーん。


「知り合いではないけど……」

「じゃあ、関わるのもほどほどにね。昔はよく働く男だったんだけど……今じゃほら吹きの怠け者で通ってるんだ」


 おばちゃんにそう言われて、マスクの男は肩をすくめてうなだれた。


「……面目もねえ」


 うーん……気の毒だけど、私もさっさと宝物庫を見に行きたいから、関わり合いたくないかな。

 もうさっさとこの場を離れようと思った時、飛那ちゃんが男の前にしゃがみ込んだ。


「お前、紗里真の時からここに住んでるのか?」


 あ、嫌な予感。


「ああ……生まれも育ちも紗里真だ」

「……そうか。私達、これから昼メシなんだ。定食ひとつくらいなら、おごるぞ」


 紗里真の民だったなら、餓死しそうなところを放っておけないってことなんだろうけど。

 私は早く宝物庫に行きたいのに~!


「なんか飛那姫ちゃんが優しい……『さっさとのたれ死ね』とか言わないんだ?」

「いや、さすがにそれはないでしょ。あんたが普段からどういう扱いをされてるのか、今よく分かった気がするわ」


 意外そうに言うマルコに呆れながら、私は男に視線を戻した。

 なんか、涙ぐんでるわね……


「ほ、本当か……? 見ず知らずのオレに……?!」

「おごるの、1000ダーツまでな。相棒がうるさいから」


 ジュース屋のおばちゃんが何か言いたそうだったけど、飛那ちゃんは男をすぐそこの食堂に連れて行ってしまった。

 言われてみれば確かに、昼ご飯の時間だった。


「美威ちゃん、俺たちも行こう?」

「はあ……分かったわよ」


 ひとつため息をついて、私とマルコもおいしそうな匂いの漂ってくる食堂に足を向けた。


大井甚五郎(37)登場。気の毒な大工です。

大工と言えば「甚五郎」……短絡でしたね。すみません。


次回は、飛那姫がスカウトマンになります。

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