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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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亡国紗里真の城下町

 東の真国は他の3国と違って、南北に長い。

 紗里真はその中心に栄えた王都で、北のモントペリオルについで世界で2番目の規模を誇った王国だったはずだ。


 俺は肩に食い込む荷物にため息をつきながら、城下町の門をくぐった。

 見た目にはちょっとボロっとした感じがあるものの、とにかく城下壁がでかい。

 高さは20Mくらいかな。見えない位向こうまで続いているし……すげぇ……

 大国って言ったら南のグラナセアしか知らないけど、紗里真は本当にでかい国だったんだなぁ。


 飛那姫ちゃん曰く南東の門だっていうここから、城まではまだ何キロもあるって話だ。

 でかい城下町は規模が違うね……こんなところの王女様だったって言う彼女が今傭兵だなんて、突拍子もない話もあったもんだな。


 で、その飛那姫ちゃんは表情の抜け落ちたような顔で歩いていた。

 最近気付いたけど、彼女が無表情でいる時は心の中が大変になっていることが多い。

 先日聞いた話とかを想像してみるだけで、いくら昔のこととは言え、彼女がここに来るってことは、相当な決心がいることだったんじゃないかと思う。


「紗里真は……一番北に位置する城から、伸びた大通りが南門まで伸びてるんだ。城下町の中心部には大きい市場があって、そこからも東西に大通りが伸びてる」


 美威ちゃんに城下町の地理を説明しながら、飛那姫ちゃんは落ち着かない感じに見えた。

 ここはひとつ、俺が緊張をほぐしてやらなくてはいけないのでは?


「俺はじめて来たけど、明るい雰囲気の町だね。住んでる人はほとんど地の人みたいだけど……移民者もちらほらいるから、住みやすいのかもね」

「綺羅だった時は……もっとひどかった。みんな死と隣り合わせみたいな顔で歩いてたし、子供の姿も殆ど無かった」


 騒ぎながら走って行くチビっ子達を見ながら、飛那姫ちゃんがそう言った。

 いい所だねってアピールしようと思ったら、逆に暗いこと思い出させてないか? 俺。


「統治されてないから色々目に付くところはあるけど……圧政から解放されて、町が元気になったみたいで良かった」


 少し緩んだ口元に、俺は小さくガッツポーズを取っておいた。

 うん、飛那姫ちゃんは泣いてるより笑ってる方が絶対いいよ!


「あ、ギルドがある」


 美威ちゃんがそう言って、ギルドの看板を掲げた建物を指さした。

 中規模な大きさだけど、そこそこ賑わってそうな雰囲気だ。


「寄って行ってみる?」

「そうだな。情報屋の話も聞きたいし、覗いてみるか」


 ギルドに入る扉の手前で、飛那姫ちゃんが何かを見つけて驚いたように足を止めた。

 後ろから肩越しにのぞき込んだら、彼女はギルドの扉にある紋章を目を丸くして見ていた。

 傭兵ギルドのマークの上に、金色のカッコいい紋章が埋め込まれている。鷹が向かい合って羽を広げた中に、一振りの剣が突き立つ紋章。


 あれ? この剣、どっかで見たようなデザインだな……

 紋章の中の剣は、俺の知っている特徴的な形の長剣によく似ていた。


「飛那姫ちゃん、これってもしかして……飛那姫ちゃんの神楽?」

「ああ、紗里真の紋章だ……」


 うれしそうに言った飛那姫ちゃんは、金色の紋章を少しだけ撫でてから扉を開けた。

 うげっ、暑苦しい……この汗臭いむっとする空気に、飛那姫ちゃんや美威ちゃんは本当に似合わないと思う。

 男だらけのギルドの中に平然と入っていくと、飛那姫ちゃんは情報屋のカウンターに足を向けた。

 カウンター前には、先客が一人いた。


「いや、今日はお前に渡せる案件はないな」

「一昨日もそうだったじゃねえか! 今月はまだ1件ももらってねえんだぞ? 干上がっちまう!」


 なんか、モメてるみたいだ。

 このクソ暑いのにマスクをした30半ばくらいのマッチョな男と、情報屋の男が言い合っている。


「小さい仕事でもいい。何かくれ!」

「悪いが、今は本当にないんだ」

「……くそっ! もういい!」


 吐き捨てるように言うと、男は俺を押しのけて足早にギルドを出て行った。

 なんなんだ、一体……


「兄さん、今日は紹介できるような案件がないの?」


 俺はカウンターの中の情報屋に、そう尋ねた。


「ああ、流れの人かい? いや、あるにはあるよ。信用のおける人間になら紹介できるんだが……今のあいつは、ちょっとね」

「ふーん?」


 今のおっさんは、信用出来ない人物ってことか。

 俺と荷物を押しのけて、飛那姫ちゃんが横から割り込んできた。


「なんで扉に紗里真の紋章があるんだ? 綺羅だった時もあのままだったのか?」


 疑問ごもっとも。確かに、一歩間違えれば国家に対する反逆罪だろう。


「いや、もちろん綺羅の時は綺羅の紋章だったけど……あんなもん燃やしてやったよ。無くなっちまった国だけど、俺らは紗里真が好きだったんだ。今は統治する王がいないんだから、俺らが何を掲げたって勝手だろう? どこの店だって今でも紗里真の紋章を使ってるよ。余所の人には分からないかもしれないが、愛国心ってヤツさ」


 情報屋の言葉を聞いた飛那姫ちゃんは、表情を崩さないまま、すごくうれしそうに目を潤ませて美威ちゃんのいるところまで下がっていった。

 うん、良かったね。きっと飛那姫ちゃんのお父さんが、いい政治をしてたんだろうね。


 俺は胸がいっぱいになってしまった彼女の代わりに、情報屋の男と話をすることにした。


 聞けばこの町にも護衛や討伐の仕事はちらほらあるそうで、やっぱり異形がらみの案件が多いらしい。

 城壁があるおかげで町の中の被害は少ないらしいが……


「この1年くらいで城下壁が大分痛んできてるんだよ。外から異形共に襲撃されたりすることもあるからね。そのうちどこか崩れちまうんじゃないかって話だ」


 報酬を払う城もなくなったことから、大工ギルドも手を出さない状態で、城下壁は痛む一方だという。

 なんとなくボロっとしてるな、と思ったのは、見間違いではなかったみたいだ。


「城下壁を直すには、どの程度の修繕費がいるんだ?」


 少し落ち着いたのか、飛那姫ちゃんがまた出て来てそう尋ねた。


「紗里真の紋章といい、変なことが気になる姉さんだね? そうだなぁ……誰もよく分かってないだろうけど……金もなければ直す人間もいないってのが現状かな」

「大工ギルドがあるんだろう?」

「城下壁は直すのが難しいんだよ。欠けたところを埋めればいいってもんじゃないんだ。城大工の知識が必要らしいんだけど、そこまでの技術を持った大工も技師もほとんど残ってないし、大工ギルドも人手が足りてないからね」

「じゃあ……」

「城下壁が崩れても、誰も直せる人間がいないんだよ」


 飛那姫ちゃんは難しい顔で情報屋の話を聞いていた。

 まぁ、そりゃ気になるんだろうけど。ただでさえ目立つのに、聞いてることまで傭兵の仕事と関係ないんだから、そろそろ不審な目で見られるよ?


「ありがとう兄さん、俺いい加減この荷物が重いから、宿取ったらまた来るよ」


 俺は横から飛那姫ちゃんの腕を掴むと、美威ちゃんに目配せしてギルドの外に出た。


「離せバカマルコ!」

「飛那姫ちゃん、身元が割れてもいいの?」


 振り払われた俺は、殴られる前にそう尋ねた。

 飛那姫ちゃんは、うっと小さく唸って俺を睨んだ。


「俺の金髪も、飛那姫ちゃんのその薄茶の髪も、ここではとても目立つと思うのですが。言動まで目立つと、余計な詮索を入れられるかもよ?」

「それは、そうかもだけど……」

「弦洛先生だって、余戸さん達だって、成長した飛那姫ちゃんのことを一目見てちゃんと分かったでしょう? 飛那姫ちゃんのことを覚えている人が、ここにいないとは限らないと思うんだけどな」

「そ、それは……困る」

「ね?」


 ただでさえ普通でないオーラ出してるのに、バレたくないならおとなしくしていた方がいいと思う。

 美威ちゃんも、うんうん、と頷いてくれた。

 

「でも城下壁……崩れたら、困るだろ」

「そんなこと言ってもねえ……城下壁を直せるだけの国家予算なんて、いくら俺が腕のいい盗賊でも、それこそ国の宝物庫にでも盗みに入らないと無理だと思うよ?」

「……宝物庫?」

「すごいお宝なんて、そーゆーところにしかないでしょ?」

「……あるかも」

「え? 何が?」

「だから、宝物庫」


 真面目な顔で言う飛那姫ちゃんを、俺はなんとも言えない顔で見返した。

 紗里真に宝物庫があったってことかな? でも一度綺羅に乗っ取られて、さらにそれから7年も経って、そんなお宝が眠る場所があったとしても、無事に残っている訳はないと思うんだけど。


 俺がそう言うと、飛那姫ちゃんは首を横に振った。


「いや、きっと残ってる」

「飛那ちゃん、どうしてそう思うの?」


 宝物庫、の言葉を聞いて美威ちゃんの目がキラキラしてる。

 いや、国の宝でしょ? この人俺より先に盗みに入りそうな勢いだよ……

 飛那姫ちゃんは、そんな美威ちゃんの様子も目に入らないように、顔を上げた。

 視線の先を追うと、城らしき影が見えた。


「宝物庫は、誰にも開けられない。私にしか、開けられないんだ」

「「え?」」


 俺と美威ちゃんの声が重なった。


「宝物庫の鍵は、神楽だから」


美威にとって魅惑的な響きの「宝物庫」。

お宝ザクザクは、美威でなくても一度でいいからお目にかかりたい光景。

年末ジャンボに夢をかけた方がまだ現実的ですね。


次回は行き倒れの男に出会います。

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