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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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兄の憂鬱、親友の憂慮

 目の前で始まった兄妹喧嘩を黙って見ていたら……短気な飛那ちゃんは、さっさと塔を飛び出して行ってしまった。


「分からず屋って言われた……」


 どよーんと頭を抱えている蒼嵐さんは、テーブルに突っ伏しそうな勢いで落ち込んでいた。

 そんなにショック受けなくても……あれがどちらかと言うと、いつもの彼女だと思うんだけど。昔はそうじゃなかったのかしら。

 なんかフォローしてあげた方がいいのかなぁ……


「大丈夫ですよ、蒼嵐さん。お腹が空いたらすぐに戻ってきますから」


 テーブルの上に並んだ朝食を指さして、私はそう声をかけた。


「……美威さん」

「はい?」

「美威さんに魔道具の全知識を学ばせてあげるって言ったら、飛那姫はここにいてくれるかな……」

「……はあ」


 いや、無理じゃないですか。

 そう言いたいのを飲み込んで、私は薄笑いで答えた。


「姫様はあの通り非常にお可愛らしい方でしたので……王子の姫様への溺愛ぶりは、城では有名だったのですよ」


 横から余戸さんが、そう耳打ちしてくれた。

 ああ、そうなんだ……それ、要するにシスコンてヤツですね。

 イケメンでカッコいいと思っていたのに、妹が一番可愛いとか、兄妹揃って残念過ぎる。

 色んな意味でため息が出た。



 その後、飛那ちゃんは朝ご飯もろくに食べないで出て行っちゃったのに、お昼過ぎになっても、おやつの時間になっても帰ってこなかった。

 本当、強情だなぁ……

 喧嘩の内容を考えると私も無関係じゃないし、せっかく会えたお兄さんと仲悪くなっちゃったりしたらいやなんだけど、どうしてくれよう。

 私まで頭を悩ませながら玄関を出ると、マルコがいた。


「マルコ、飛那ちゃんどこにいるか分かる?」


 特定の人を魔力で追跡出来るマルコがいると、飛那ちゃんが迷子になっても探し出せるのでありがたい。


「うん、もちろん。さっき見に行ったんだけど、帰れって追い返された」

「ああ……私が行った方がいいかしらね」

「いや、美威ちゃんが行くよりも……あっちの人が行った方がいいんじゃないかな? 兄妹間のことだし」


 マルコがそっと指さした先に、森の方を見たまま心配そうな顔で立ち尽くしている蒼嵐さんがいた。


「ま、確かにそうね……飛那ちゃん、どうせどっか高いところにでも登ってイジけてるんでしょ?」

「よく分かるね? あっちの崖っぷちにある大きい木に登ってたよ」


 飛那ちゃんは一人になりたい時や迷子になった時、誰も登って来れなさそうな高いところに行くクセがある。

 大抵は私が飛んでって迎えに行くことになるんだけど、今回その役目に向かうのはマルコの言うとおり、私じゃない方がいいかもしれない。


「蒼嵐さん」


 声をかけると、飛那ちゃんに少し似た茶色い瞳がこちらを振り向いた。


「飛那ちゃんなら、いるところ分かりますよ」

「えっ? 本当かい?」

「迎えに行くなら教えますけど、その前に少しお時間いいですか?」

「? ああ、うん……」

「私の知ってる飛那ちゃんについて、お話します」


 このまま行っても多分、また衝突するだろうし。私が言葉を尽くせば、緩衝材くらいにはなるだろう。


「私が彼女と会ったのは10歳の時ですから、その前の彼女がどう過ごしていたのかについては、聞いた話でしか知りません……けど、8歳から仇討ちに行くまでの2年間は、剣の稽古に明け暮れて、かなり大変な思いをしたみたいですよ」

「仇討ち……」

「先生との、約束だったんだそうです。みんなの仇を討つために国を乗っ取った人達に復讐するって。でも結局、すっきりしない仇討ちになってしまったみたいで……」


 私は飛那ちゃんから教えてもらった、私と会う直前の彼女について、何があったのかを蒼嵐さんに話して聞かせた。

 私が話していいことかどうか分からなかったけれど、離れていた間に何があったのか少しでも知ってあげて欲しいと思ったから。

 蒼嵐さんは真剣な顔で黙ったまま、私の話を聞いていた。


「飛那ちゃんは私と会って、もう一度生きてみようという気になったと、言っていました。私もそうです。多分……彼女がいなかったら、私もここにはいなかったと思います」


 幼かったあの頃、飛那ちゃんと出会っていなかったら。

 きっとどこに行っても私は何も出来ず、何も分からず、自分で自分を壊してしまっていただろう。


「私達、その頃に約束をしたんです。あの、二人で傭兵になろうって言ったわけじゃなくて、あくまで傭兵は私達のスタイルに合った職業だったってだけで……綺麗なものを見に行こうって。もう嫌なことばかりを見なくてもすむように、これからは二人で世界を見に行こうって、約束を……したんです」


 私達は7年前、この東の地を出る時にそう約束した。

 言葉にして二人でした約束と、心に刻んだ自分だけの誓いがあるから、飛那ちゃんは蒼嵐さんにあんなに怒ったんだと思う。


「その約束があって、お互いがいて、それで今の私達は成り立ってるので……多分、傭兵を辞めて、旅もやめてここにいるってことは、彼女には受け入れられないことなんだと思います」

「……そうか」


 また落ち込んだ気配を感じて、私は慌ててフォローを入れた。


「あの、蒼嵐さんのことは飛那ちゃんから聞いてました! すごくお兄さんのこと好きだったんだろうなあって思ってたんで、別に彼女が蒼嵐さんと一緒にいたくないとかそういうことではなくってですね! 飛那ちゃんは、多分……無くしてしまったものが多すぎて、臆病になってるだけなんです。旅をやめて、今のこの生活がなくなって、私がいなくなることが怖いんだと思います……ただ、それだけです」

「うん、そうだね」


 必死に説明する私に相づちを打つと、蒼嵐さんは穏やかに笑った。


「ありがとう、美威さん。僕は駄目な兄だな……妹の気持ちも分かってやれず、妹の大事な友人にもこんなに心配をかけてしまうなんて」

「いえ、そんな……」

「うん、もう大丈夫……飛那姫を、迎えに行ってくるよ」


 そう言った蒼嵐さんは、少し寂しそうで、それでも何かを飲み込んで納得したような顔をしていた。


「あっちの方向にある、その辺りで一番大きい木を探してください。飛那ちゃん、いつもてっぺんまで登るんで……飛翔呪文で行くといいと思います」


 普通では登れないところまで行ってしまう彼女を、迎えに行ける人間は限られている。

 蒼嵐さんは少し頷くと、呪文を唱えることもなくふわりと、お日様が傾きはじめた西の空に向かって飛んで行った。

 ちゃんと仲直りして帰ってくるといいな。


「美威ちゃん……」

「わっ、びっくりした……なに? マルコ」


 背後から幽霊みたいなトーンでかけられた声に振り向くと、涙ぐんだマルコが立っていた。


「何? どしたの?」

「いや、飛那姫ちゃんの仇討ちとかの話聞いてたら、なんか辛くなってきて……」

「あんたに話した覚えはなかったんだけど……私、後で飛那ちゃんに怒られちゃうじゃない」

「人には言えない過去って、誰にでもひとつやふたつあるけど、飛那姫ちゃんのはまた壮絶だなぁ……もう辛い思いをしないように、俺が支えてあげたい……」

「人の話聞いてる?」


 悪い人じゃないんだけど……どうにも言動が軽いのよね、マルコって……

 飛那ちゃんが殴りたくなる訳が分かる気がする。


「お兄さん、飛那姫ちゃんと仲直り出来るといいね」

「……そうね」


 本当、悪い人じゃないんだけど。色々うかつだ。


「マルコ……その、『お兄さん』呼び、やめた方がいいわよ」

「え? そうかな?」

「うん、『東の賢者』様を敵に回したくなかったらね……」


 親切な私は、予定外な旅の同行者にそれだけ忠告しておいてあげた。


色々あって今の自分達がいて、譲れないものがあるということを、美威の説明で少し理解してくれた兄。


次回、妹をお迎えに行きます。


※活動報告にも書きましたが、編集作業と年の瀬の忙しさが加わって、更新が1~2日に1度になる予定です。いつも見に来てくださっている方には恐縮ですが、完結までちゃんと続きますので、次話をお待ちいただけるとうれしいです。

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