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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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7歳の私

 かつて多くの血が流れた紗里真の王都は、高台のここから見えそうなほど近くにあった。

 あの頃に何があったか、平静なふりをして語れるくらいには時間が経った。

 嫌な思い出ばかりじゃなくて、楽しかったことを楽しかった気持ちで思い出せるようになったのは、本当につい最近になってからのことだ。

 兄様と会えて心がフワフワしてる今日の私は、余計に城にいた時のことを思い出してしまう。


「飛那ちゃんはさ、やっぱりお兄さんに自分を思い出して欲しいでしょ?」


 客室のベッドに転がった美威が、窓際に腰掛けた私にそう尋ねた。

 高台のこの場所は星が近い。キラキラ輝く黄色い光が一つ落ちていくのを見つけて、私は心の中でそっと兄様が自分を思い出してくれるように、祈った。


「そりゃ……覚えてて欲しかったし、思い出して欲しいよ。でも、言っても仕方のないことを望んでもな」


 出来ることなんて、所詮今みたいに祈るくらいのものだろう。


「蒼嵐さんて飛那ちゃんとあんまり似てないのね。見た目はイケメンだし、似てるところもあるけど、性格が全然違うっていうか」

「私は父様似で、兄様は母様に似てるからかなぁ」


 イケメンか、そういう風に兄様を見たことはなかった。

 確かに昔も侍女達には人気だったもんな……浮いた話は聞いたことなかった気がするけど。


「飛那ちゃん、蒼嵐さんと話する時、すごく丁寧な言葉になるけど……あれ、無意識なの?」

「……言われてみれば、意識してなくても自然にそうなるな。反射なのかも」


 兄様との思い出が8歳直前で途切れている私は、その姿を目にすることで自然王女時代の話し方に戻ってしまう気がする。そもそも、兄様に対しての話し方は敬語以外あり得ないだろう。


「兄様が、東の賢者ね……」


 学問に関しては希代の天才と言われていた兄様だから、納得の肩書きだ。

 兄様の頭の中は、私からすると宇宙でも詰まってるんじゃないかと思うくらい、広くて深い。小さい頃からそう感じていた。


「魔道具は、独学で学ぶ方法がなくて残念だったな」

「うん。まあ仕方ないわよ。またもうちょっと歳食ってから考えようかな」


 知恵を借りに来たという意味ですっきりしたらしい美威は、そんな風に答えた。


「それにしても蒼嵐さん、イケメンだし博識だしカッコいいわぁ……あんなに温和な感じなのに、飛那ちゃんのお兄さんだなんて、信じられない」

「イケメンかもしれないけど、腕力はゼロだからな?」


 相変わらずの非力っぷりは我が兄ながら悲しいものがある。でも昔より魔力が増えたような感じはあった。兄様も、きっと成長してるんだろう。


 明日の朝、目を覚ましたときに全部夢だったなんてことがないようにと、祈るような気持ちでベッドに入った。



 早朝、城の庭園で猫を追い回す夢を見て目が覚めた。

 どうでもいい夢と言えばどうでもいい夢だったけど、やっぱり城の風景は私の中にしっかり記憶されているらしい。

 窓から外を覗くと、余戸の姿が見えた。どこかに行こうとしているようだった。

 明るくなってきているとはいえ、まだ4時半じゃないか。随分と早いな……

 私は手早く着替えると、靴を履いて窓から身を乗り出した。


「余戸」


 一声かけて、3階の窓から飛び降りる。私が窓から飛び出るのを知っている元精鋭隊の兵士でも、降り立った姿にちょっと驚いているようだった。


「姫様……今のお姿を蒼嵐様が見られたら、きっと驚かれますよ」

「そうか?」


 そういえば、城のバルコニーから飛び出るなと、令蘭と一緒になって口うるさく言われていた覚えがある。


「こんなに朝早く、どこに行くんだ?」

「仕掛けておいた罠を見に行くのと、採集ですよ」


 朝食の狩りをかねて採集に行くという余戸に、私は着いてくことにした。

 森の中に仕掛けてあった罠には、野ウサギが一匹かかっていた。

 食べてしまうのは可愛そうだけど、私だって必要な時には狩りをする。食べるために獲る時は、ありがとうと手を合わせる以外に余計な情を抱かない方がいいと私は思っている。

 余戸は手早くウサギを仕留めて、袋に詰め込んだ。


 道の途中でも食材になる野草や果樹を採りながら歩いた。当時の話をしたり、今の生活の話をしたり、久しぶりの会話を楽しんで1時間も歩くと、私達は塔に戻ってきた。

 兄様達が普段どんな風に生活しているのかを垣間見れた気がして、有意義な時間だった。


 朝食の準備を手伝うと言ったら猛反対されたので、私は仕方なく剣の稽古をすることにした。ウォーミングアップを終えたところで、なんとなく喉が乾いたので塔の中に戻ることにする。

 一階に入ると、昨日の応接室の戸が開けたままになっていた。

 奥のキッチンからは、朝食の支度をする余戸と衣緒の声が聞こえている。


 応接室の白い大理石のテーブルに、丸い銀のお盆が乗っていた。

 お盆の上には水差しとコップが置いてあって、余戸達が私が飲むために用意してくれたんだろうと思った。

 テーブルの真ん中にはガラス瓶に入ったカラフルなアメもあった。ラベルには見慣れない文字で、こう書いてあった。


『アンファンティ・アゼイン ~1回につき3個まで~』


「?」


 何だろう、と思いながら私はガラス瓶の蓋を回した。

 甘い匂いがする丸いアメを一つつまみ出すと、ぱくっと口に放り入れた。

 うん、フルーツの味がする。1回につきとか書いてあるから薬じゃないかと思ったけど、ただのアメだ。

 蓋をして瓶を戻すと、水を飲んで私は部屋を出た。

 美威はもうそろそろ起きただろうか。私は階段を登って3階に戻ろうとしたところで、なんともいえない違和感を覚えた。

 階段の一段一段が、なんだか昨日と違う気がする。


「……結構急な造りなんだな」


 呟いて、3階の部屋の戸を開けようとしたら、またおかしなことに気付いた。

 扉がでかい。

 昨日は色々混乱してたからか、この塔がこんな変な造りだったとは知らなかった。ドアノブが目の前にあって、違和感がすごい。

 ガチャリと開けて入ると、ベッドではまだ美威が寝ていた。放っておけばいつまでも寝ていそうな相棒の隣に立つと、私は声をかけた。


「おい、美威。そろそろ起きろ。もう6時半だぞ」

「うーん……まだ6時半でしょ……」

「何言ってるんだ、寝過ぎだろ。起きろって」

「んー? なんか、飛那ちゃん、声が少し変じゃない……?」


 寝返りを打った美威が、そう言ってうっすら目を開けた。

 なに寝ぼけてるんだ。別に風邪とか引いてないぞ。どこも変じゃない。


 ぼんやりと私を見ていた美威が、いきなりパチッと目を見開いた。


「え……飛那、ちゃん?」

「? なんだ?」

「えっ、えええっ?!」


 いきなり目の前で叫ばれて、私は耳を塞いだ。

 なんなんだ、起き抜けから人の顔見て叫ぶ奴があるか!


「いきなり叫ぶな!」

「え、だって……」


 唖然とした顔の美威は、起き上がると口をパクパクしながら、サイドボードの上にあった鏡をわしづかみにして私の目の前に差し出した。


「一体なんなん……」


 美威の行動の意味が分からなかった私も、そこではじめて異常な事態に気がついた。

 鏡に映った自分の姿を、穴の開くほど見つめる。


「……え? どういう、こと……?」


 鏡の中には、大きいまん丸な目をした、少女の姿があった。

 記憶に間違いがなければ、これは小さい頃の自分の姿だ。いや、というか、これが今の自分なのか?

 ぴったりしたTシャツを着ていたはずなのに、ダボダボのビックTシャツになってしまっている。

 下に履いていたスパッツも、気付けばゆるゆるだった。


「なんだこれ?! 美威、何が起こった?!」

「こっちが聞きたいわよ!」


 私より身長が低いはずの美威が、私を見下ろしている。

 これ、明らかに私、子供になってないか?


「私が出会った頃の飛那ちゃんより、小さいわよね……見たところ、7歳くらいじゃないかしら。何があったの?」

「いや、私にも何がなんだかさっぱり……」


 さっきまで森を歩いたり、剣の稽古をしていたはずなんだけど。

 

「あ」


 まさか、さっきのアレか?

 私はテーブルの上に置いてあったアメを思い出した。ラベルに、なんて書いてあったっけ?


「アンファ、なんだっけ……アゼイン? なんとか?」

「アゼインは『作用』の古代語だけど……何? なんか思い当たることがあった?」

「さっき、テーブルの上にあったアメを食べた」


 私と美威は階段を駆け下りて応接室のテーブルの上を確認しに行った。

 さっきは届いたはずのテーブルの中心に、手が届かない。美威が私の頭を通り越して、ガラス瓶を手に取った。


「これ? アンファンティ・アゼイン……1回につき3個まで……」

「それ食べたんだ。アメかと思ったんだけど……」

「直訳すると、『若返りの作用』だと思うわ」

「……げっ……」


 食べてしまった。ていうか、なんでこんなところにそんなものを置いておくのか。

 私が愕然としていると、背後から余戸が食事を運んで部屋に入ってきた。


「おはようございます、美威さん。よく眠れましたかな?」

「おはようございます。あの、余戸さん……これ……」


 皿を抱えて私が目に入っていないらしい、余戸が美威の持っているガラス瓶を見た。


「ああ、蒼嵐様が置かれたんですね。今日引き取りに来られるお客様の薬ですが……後で梱包する予定なので、そちらの後ろの棚に移しておいていただけますか」

「はい。いえ……その、これ、アメだと思って……食べてしまったうかつな子がいるんですけど」

「だって! 水と一緒に置いてあったから!」


 私が声をあげたおかげで、余戸が足下の私の存在に気がついた。


「姫、様……?」

「……うん」

「姫様?!」


 もう一度叫ばれて、私は耳を塞いだ。もう、なんでもいいから早いところ何とかして。 


「これを、飲んでしまったのですか……?」

「だからごめんてば……アメを置いておいてくれたのかと思って」

「これは、さる貴族のご老体から受注いただいた品物で……1つで10歳若返る錯覚を見せる作用があると、蒼嵐様が仰っておりました」

「錯覚を見せるって、どういうことだ? これ、いつ元に戻るの??」

「詳しいことは蒼嵐様でないと分かりませんが……」


 なんだか大変なことになってしまった。

 本当にちゃんと元に戻るんだろうか……


「まるで昔の姫様を見ているようで、驚きました」

「いや……10歳若返るってことは、これ、7歳なんでしょ……そりゃ、昔の姿もいいとこだよ」

「でも飛那ちゃん、すごい可愛いよ。もうそのままでもいいんじゃない?」

「良くない!」


 ひどいことを言い出す美威に、私は猛反発した。

 こんなにちっちゃい体で、人生イチからやり直すようなマネ出来るか!


「おはよー。なんか騒がしいね?」


 マルコが降りてきて、部屋に入ってくるなり私を見て固まった。


「え? 誰? この美少女」

「飛那ちゃんよ」

「は?」


 じーっと私を見下ろしていたマルコは、こめかみを抑えるとうなりはじめた。

 

「いや、そんな馬鹿な……だって飛那姫ちゃんは上から91の57の……」

「ちょっと待てマルコ! なんでお前が私のスリーサイズ知ってるんだ?!」

「……あれ? 本当に本人?」

「マジではらわた引きずり出して腸結びにするぞ……」

「ずい分小さくなっちゃったけど、本当に飛那姫ちゃんみたいだね……」


 キッチンから食事を運んできた衣緒も、私を見て目を丸くした。

 みんなに囲まれて、私はその場にしゃがみ込むと大きなため息をついた。


「甘いものだと思ってなんでも食べちゃうから、そういう目に遭うのよ……」


 美威が呆れたように、みんなに見下ろされている私に言った。

 なんだかもう情けないやら、焦るやらで泣きたい。

 誰か何とかして! ヘルプ!


甘いもの好きな飛那姫。

なんだか分からない物を、よくよく確認しないで食べるのはやめましょう。


次回は、蒼嵐に語ってもらいます。

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