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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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見晴らしの塔の再会

「本当に、もう行っちまうのかい?」


 東岩の杏里さん宅に2泊させてもらった私達は、次の目的地に向けて出発しようとしていた。

 目的地はここからもっと東にある、見晴らしの塔だ。

 そこに住む『東の賢者』なる人物を、訪ねることになっている。

 私の「明るい老後計画」のために、魔道具製作に関するヒントをもらいに行くつもりなのだ。


 飛那ちゃんの足下には風托がかじりついている。

 この2日間で、すっかり懐いてしまったらしい。

 弦洛先生は朝から急患で診療所を離れられないから、見送りは出来ないってすまなそうに言っていた。

 お医者さんて大変よね。


「うん、行くけど……また遊びに来るよ」


 明るい薄茶の髪を撫でながら名残惜しそうな杏里さんの手を取って、飛那ちゃんが困った様に笑った。

 自分の身長を抜かされてしまったと残念そうに言っていた割に、まだまだ子供扱いされてるのよね。少し気恥ずかしくも嬉しげな顔が、微笑ましく思える。


「あんたと風漸の『また』はいつになるか分からないからねぇ……」

「いや、まあそれは確かに……でも本当に来るから! 今度はちゃんと土産持って! な、風托?」


 ポン、と頭に置かれた手には反応しないで、風托はしょぼんと下を向いていた。

 その顔は不満いっぱいで、どう見ても飛那ちゃんにここを出て行ってもらいたくないという様子だ。

 飛那ちゃんは仕方なさそうに笑ってしゃがみ込むと、風托を腕の中に抱きしめた。


 私も子供は嫌いじゃないけど、こういう自然な抱きしめ方は多分、出来ない。

 それは彼女と私の、幼少期の違いにあるんだろう。

 風托と飛那ちゃんを見ていて、彼女もきっと、小さい頃にこうやって家族や杏里さん達に大事にされていたんだろうな、となんとなく思った。


「また来るよ。それまでに剣の稽古、ちゃんとしておくんだぞ」

「うん……お姉ちゃん、絶対またすぐに来てね……約束だよ……!」


 半泣きで名残惜しそうな風托を杏里さんの足下に渡すと、飛那ちゃんは私の方に向き直った。

 目があった彼女はここに来たときとはうって変わって、すっきりした顔をしていた。


「行こうか、美威」

「うん」


(来れて良かったね)


 私は心の中でだけ、そう言っておいた。


「杏里さん、色々ありがとうございました」

「ああ、美威ちゃんも、マルコもまたおいで」


 私がお礼を言うと、杏里さんは温かいまなざしで返してくれた。

 ああ、この人は本当に私達を風托と同じような子供として見てるんだろうな。

 こんな風に「母」を感じる度に、小さい頃の私にもこの温かさを分けてあげたかったと思ってしまう。

 ふとした瞬間に考えても仕方のないことを考えてしまうのは、私の悪い癖だろう。


「来ます! 大変お世話になりました!」


 いや、マルコはもう来なくていいと思うよ……


「それじゃあ杏里さん、体大事にしてね」

「ああ、飛那姫、道中気をつけて……いってらっしゃい」


 杏里さんの言葉に少し戸惑ったような顔をした後、飛那ちゃんは照れたように言った。


「行ってきます」


 杏里さんと風托は、私達が道の向こうの角を曲がるまで、見送ってくれていた。

 東岩は自然がたくさんあって、小さいけれど温かいものがいっぱいある町だった。

 私はきっと、飛那ちゃんとまたここに来ることがあるんだろうな。


 

 ここからは東の果てを目指すつもりだけど、実は見晴らしの塔自体は東岩からそんなに遠くない。

 私はインパルスに入力した地図上の数値データを参照しながら、最短ルートを考えていた。

 うん、これなら多分、今日の明るいうちには着くかな。


 それにしても……インパルス、マジで優秀だわ。

 通ったところの地図を詳細に記録してくれる上に、地点登録も出来るから次に東岩に来ようと思った時にもどこからでも来れる。

 距離計測から高度計測までなんでも自動でOKなんて、バカ高いだけはあるわね……

 レブラス、嫌味で態度と口が悪い男なんて思ってごめんね!


「美威ちゃん、ここは多分馬では無理なんじゃないかなー」


 マルコがそう言って、地図を見ながら馬上から指摘した。

 飛那ちゃんと違って、方向感覚に優れているマルコは、地図を読むのも地形を読むのも上手い。

 人には何らかの取り柄があるってことよね。

 マルコの言うとおり、目的地周辺にある険しい山林は迂回するルートがないので、歩いていくことになりそうだ。

 私達は途中の農村で、馬を引き取ってもらうことにした。



「歩きかあぁ~……」


 農村で腹ごしらえもすんで、私は山道をとぼとぼ歩いていた。

 普通の道だったらまだいいんだけど、山道は疲れる。


「ブツブツうるさいぞ。美威が行きたいって言ったんだろ?」


 歩き始めた時とまったく変わらない様子で、飛那ちゃんが言う。

 もう2時間くらい歩いているのに……

 飛那ちゃんて、足が疲れたーとか感じたことあるんだろうか。

 もういっそ、浮遊呪文で飛んでいった方がいいかも。


「飛那ちゃんはいいわよね……」

「だから日頃から運動しておけって言ってるのに」

「飛那ちゃんだって、魔力なかったら私と変わらないわよっ」

「いや、さすがにそれはないだろ」

「ある! 腕だって足だってこんなに柔らかくて筋肉ついてないくせにっ!」

「ばっ……くすぐったい! 変なとこ触るなっ!」


 腹いせに飛那ちゃんの二の腕を揉んでやったら、全力で逃げられた。

 力では敵わなくても、くすぐることは出来るのよ。

 この勝負、私の勝ちねっ。


「飛那姫ちゃんはくすぐったがり……」

「マルコ、メモはいらないから」


 そんなくだらないやりとりをして気を紛らわせながら、私達は山道を登っていった。

 インパルスが「目的地まであと300M」って教えてくれる辺りで、ようやく平地になった。

 本当にもう、なんてところに住んでるんだろう。

 次に来ることがあったら、魔力の無駄遣いと言われようとなんと言われようと、絶対飛んでこよう。


 平地に出たことで、目的地の「見晴らしの塔」が見えるようになった。

 5階建てくらいの長細い、それほど大きくもない四角い建物だ。

 レンガで作られた外壁にところどころツタが巻き付いていて、落ち着いた雰囲気を醸し出している。


「ああ~、やっと着いたー」

「お疲れ様、美威ちゃん」


 そういうマルコはあんまり疲れていない。

 私だけ? こんなに疲労困憊なのは。


 塔に近づいていくと、視線の先に木工作業をしているらしい男性が二人、見えてきた。

 こちらに気付いたのか、会釈してくれたので私も返しておく。

 運動系のガタイからして、賢者本人じゃなくて下働きの人かなんかだろう。


「こんにちは」

「どーも、お邪魔します」


 私とマルコはなるべく丁寧に挨拶をした。

 あれ? 何故か飛那ちゃんが着いてきてない。

 どうかしたのかな?


 向こうで立ち止まってる飛那ちゃんは気になったけど、私はひとまず目の前の二人に向き直った。


「あの、こちらに東の賢者さんが住んでいるって聞いて来たんですが……」

「ああ、必要なのは薬かな?」


 男の一人が、ごつい見た目に似合わず愛想良く答えてくれた。

 作業をしていた男達は中年にさしかかろうかという年頃で、鍛えられた肉体に、精悍な面立ちをしていた。

 一人は短髪、もう一人は長髪を後ろでまとめているけど、どちらも黒髪で、肌の色から見ても地の人間なのだろうと思った。

 

「あ、ええと。薬をもらいに来たわけじゃないんです」

「俺たち、魔道具について東の賢者さんに話を聞きたくて来たんです」


 話していると、飛那ちゃんがようやく、私達の後ろまでやってきた。

 振り向くと、彼女は様子が変だった。

 明らかに混乱したような顔をしている。

 目の前の男達を見て、何か動揺しているように見えた。


「魔道具の知識か……おそらく相談には乗ってもらえると思うが、話を通してくるからちょっと待っててくれないか? おい、余戸(よど)、お前ちょっと行ってきてくれ。俺はここを片付けておくから……」


 長髪の男が、短髪の男に向かって言った。

 ちょっと心配してたんだけど、わりと簡単に話が通りそうだ。堅苦しいところでなくて良かった。


「ああ、分かった……」


 そう答えた短髪の男が、顔を上げて私の後ろに視線を止めた。

 方向からして、間違いなく飛那ちゃんを見てると思うんだけど……

 もしかして、知り合い?


「まさか、精鋭隊の……?」


 飛那ちゃんがそう呟いたことで、二人の男がさっと顔色を変えたのが分かった。


(え? 何?)


 その場にピリッとした緊張感が走る。


「……いや、まさか」

「しかし、似すぎている」


 男達はそんなことを口にしながら顔を見合わせた。

 お化けでも見たような表情をして、飛那ちゃん以上に動揺しているように見えた。


「精鋭隊の……余戸と衣緒(いお)……じゃないか?」


 ためらいがちに、飛那ちゃんが二人のことをそう呼んだ。

 やっぱり知り合いだったんだ。

 でも再会を喜ぶ前に、みんな混乱してるように見えるのは何でだろう。

 精鋭隊って騎士団のことだよね? あれ? ってことはもしかして……

 絶句している男二人を見て、私は飛那ちゃんを振り返った。


「飛那ちゃん、知り合い?」


 私のその言葉で、男達は完全に理解したような顔になった。

 二人はほとんど同時にその場に片膝をつくと、深く礼の形を取った。


「「……姫様!」」


 私もマルコもびっくりして、思わず一歩退く。


「ご存命であられると、風の噂では聞いておりました……!」

「またこのような形でお会いできるとは……!」


 ええと、多分……知り合い、なのよね?

 大の男二人に跪かれて、私もマルコも唖然だ。


「私も、まさか精鋭隊に生き残りがいるなんて、会えるなんて思ってなかった……」


 飛那ちゃんは複雑な顔で、それでもうれしそうに二人を見下ろした。

 生き残りってことは、きっと紗里真王国の人なのね……


「姫様は立派な成人女性になられて……見違えました」

「いや、ちょっと待って。私はもう……」


「あれ? お客さんだった?」


 飛那ちゃんと男二人の会話を遮ってかけられた声に、私達は首を回した。

 塔の入口から出て来た若い男の人が、こちらを見ていた。

 あ、もしかしてこの人が「東の賢者」かな?


「薬草を採集しに行こうと思ってたんだけど……後にした方が良さそうだね?」


 そこに立っていたのは、虫除けと日よけを兼ねた薄手のローブをまとった、物腰の柔らかそうな男の人だった。

 飛那ちゃんより少し高いくらいの身長に、茶色いふんわりした髪。同じ色の瞳がおだやかに微笑んでいる。

 なかなか見かけることのない、レベルの高いイケメンだった。


「……うそ」


 そう呟いた飛那ちゃんを見たら、信じられないものを見たような顔で、固まっていた。

 あれ? こっちの人も知り合いだった?


「……いいえ姫様、嘘ではありませんよ」

「正真正銘、本物です」


 跪いていた二人が、優しい声で飛那ちゃんにそう言った。

 次の瞬間、私はかなり信じられない光景を目にすることになった。


 走り出した飛那ちゃんが、塔から出て来た男の人に思い切り抱きついたのだ。

 彼女の勢いを受け止められなくて、尻餅をついた男の人も、頭の上にハテナが一杯見えそうなほど狼狽しているのが分かった。


「え? え? ど、どうしたのこれ? 余戸! 衣緒!」


 イケメンは、飛那ちゃんに抱きつかれたままオロオロしてた。

 今一番ショックなのは、マルコだと思う。


「落ち着かれてください」

「少しは鍛えられませんと……女性一人受け止めきれないでどうするのですか」


 男二人は立ち上がって、そう笑った。


「妹君ですよ、蒼嵐様」


第2章の主要登場人物である、飛那姫の兄が出て来ました。

蒼嵐がどのような兄なのかは、下記の短編をお読みいただけると分かります。


「ぼくの妹」 https://ncode.syosetu.com/n9549fa/

「妹に捧ぐ一皿」 https://ncode.syosetu.com/n8959fb/


次回は、マルコに語ってもらいましょう。

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