東の塔の賢者
銀細工のロケットの中には、一人の幼い少女の写真が入っていた。
明るい薄茶色の髪に、同じ色の大きな瞳。
丸く白い頬に形の良い唇が微笑んでいる。
黄色い小鳥を手に乗せたその屈託のない笑顔を見ていると、心が癒やされる気がした。
「そろそろ、行ってみるかな……」
窓辺に腰掛けた僕は、日の光にさざめく外の緑に目を移しながら、閉じたロケットを懐にしまった。
僕はこの写真の子が、どんな子か知らない。
遠い昔に死んでしまった妹だということは、従者達から聞いて知っている。
僕が記憶をなくしたのと同じ頃に、この世から消えてしまった、年の離れた妹。
会った記憶もない妹の写真が宝物みたいに思えるなんて、僕は少しおかしいのかもしれない。
でも、時が経った今でも、会ってみたかったと思ってしまう。
こんなに可愛い妹がいたら、さぞ毎日は光にあふれたものになっただろう。
僕がこの辺境の森の中に塔作りの家を立てて住み始めてから、もう5年以上が経過した。
町から遠く離れたこの場所に、住んでみようと思った理由は特にない。
強いて言えば、東の国の中でこの辺りが一番薬草が豊富だということくらいか。
ぼくは生まれつき魔力が少なかったらしい。
剣にも全く適性がなく、武闘と呼べるものの一切は苦手だったそうだ。
これは今でも変わらないけれど。
でも魔力は、生死の境をさまよったある時期を境に飛躍的に伸びた。
魔力が多い人間のほとんどは初めからそう生まれてくるのものだけれど、成長期になってから増えるタイプも少数いて、僕はどうやら後者の中でも稀なタイプだったらしい。
元々多方面に博識だったことも手伝って、今では「東の賢者」なんて呼ばれるようになった。
近隣小国からは頼りにされることが多くなって、こんな場所でもそれなりにお客がやって来る。
戦いは嫌いだけれど、それ以外でも人の役に立てることはたくさんある。
若くして隠遁生活を楽しんでいるといってもいいかもしれない。
好きな本を読んだり、薬草を採集して新しい薬を作ったり、この世の学問全てを研究して生きていくだけなら、たまに協力を仰ぎに来るお客を相手にしているだけで事足りる。
ここは東の最果て、見晴らしの塔。
人口、3人。
僕の小さな小さな国だ。
すごく短くなりました……前回との落差がすごい。
次話とくっつけたら長い上に変だと感じたので、独立させました。
次回は、飛那姫たちが東岩を出ます。




