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没落の王女  作者: 津南 優希
第一章 滅びの王国備忘録
11/251

中央広場の暴徒とこの国の王

 最も日の高くなる昼の時刻。

 昨日捕らえた信者達の取り調べも終わらないうちに、また使徒団の暴徒が城下町に現れた。

 しかも今度は町の中心街、中央広場の市場で賑わっている場所だという。


 報せを聞いた王は、険しい顔で王座についていた。


「昨日の規模と違って、今回は100人程度の人数が集まっているようです。これほどまとまった人間が、一体どうやって城下町に入ったのか……何故中央広場を狙ったのかは分かっていませんが、私が早急に対処いたしますゆえ」


 理堅が同じように険しい面持ちでそう述べ、自分が向かうことを伝える。


「……いや」


 王は静かに立ち上がると、玉座を降りて歩き始めた。


「私が出よう」


 ざわっと、広間に控えている騎士団の精鋭隊長達からどよめきが起こる。

 理堅も驚いてその後を追った。


「国王自らが、暴徒などの鎮圧に向かわれると……?」

「何かおかしいか? ここは私の治める国だ。勝手は許さんし、民に暴力を振るうというのなら一刻も早く止めねばならぬ」

「それは……」


 それ以上、理堅は何も言えなかった。

 分かっていたのだ。王も耐えていることを。王子が行方不明になった原因を、使徒団を許せないと感じていることを。

 そんな輩が自国に侵入して、民に危害を加えていると知れば、自ら剣を取らずにはいられないのだろう。

 理堅は、深く頭を垂れた。


「私も、お供いたします」


 理堅の言葉に、王は少しだけ苦く笑った。


「……すまぬな」



-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 その時、私は城の屋上から城下町を眺めていた。

 中央の広場が騒がしいと、稽古中の騎士達が話しているのを耳にして来てみたのだけれど……

 単眼の遠眼鏡(とおめがね)を右目に当てて、物見台から広場を見ると、騒ぎの原因は民達の喧嘩のように見えた。

 手に長い棒や、時には刃物を持ったような男達が、屋台の出店を壊し、広場の真ん中で暴れている。

 ただの暴力にしか見えないその行為に、私は眉をひそめた。


「……騎兵隊はまだ来ないのかしら」


 何が原因なのか。暴れている男達の数は、ここから見ただけでもかなり多そうだった。騎兵隊が1隊出て、同じくらいの人数か。

 そう考えていたところに、兵が到着したようだった。

 私は野菜売り店の屋根を、棒で叩いて壊している男に目を止めた。2人の騎兵隊員が取り押さえようと近づいていくのが分かった。

 騎兵隊員の一人が、暴れる男の肩をつかんで店先の台に押さえつける。もう一人が縄でしばろうとしたところで、後ろから別の男が瓶のようなものを振りかぶったのが見えた。


「あぶなっ……!」


 ガシャンと言う音が聞こえそうなほどだった。

 後頭部に振り下ろされた瓶は粉々に砕け散って、騎兵隊員がその場に崩れ落ちる。

 そこにまた、別の男達が集まってきて、その中の一人が手にしていたものに私は顔色を失った。

 すでに意識を失って倒れている騎兵隊員に向かって振り下ろされたのは、漁に使うような鋭く尖った(もり)だった。

 倒れたその背中に突き立てられた切っ先を見て、もう一人の騎兵隊員が走り寄ってくる。

 なぎ払われた剣は、男一人の片腕を攫っていった。


 次々にあふれる流血を見ていられず、私は震える手で遠眼鏡を膝に下ろした。

 いつも平和なこの城下町で、何が起こっているのか。

 あの市場には行ったことがある。とても活気があって、小さい(いさか)いはあっても平和で、あんな血なまぐさいことが起こるような場所ではなかったはずだ。

 あんなに大勢の人間が、まるで戦争のように争っているなんて。


(嫌だ……!)


 こんなのは嫌だ。

 自分の近くで、この国の誰かが死んでいくのを見ているだけなんて。


 私は身を翻して物見台から飛び降りた。走り出そうとしたところで、後ろから肩を捕まれる。

 ロイヤルガードの護衛兵が二人、血相を変えた私の肩を押さえていた。


「姫様……! どちらへ行かれるおつもりですか?!」

「ご無礼、お許し下さい!」


 大の男二人に押さえられては、さすがに身動きが取れない。私は首を横に振って抗議の声をあげた。


「放して! 中央広場で……民や騎兵隊が……! 助けなくてはっ!」


 必死にふりほどこうとするが、護衛兵の二人は譲らない。


「なりません、高絽様に何があっても姫様を城の外へ出さないようにと、仰せつかっております」

「暴徒の制圧には騎士団が出ます故、しばしのご辛抱を……」


 当然だと思うが、自分も騎士団と一緒に助けに行きたいと言う意見は却下された。

 ざわざわしてくる胸の内を押さえられない。王族とは一体何なのか。

 城の中にこもって、自分は安全な場所にいて、騎士団を戦いに向かわせているだけで、民を守っていると言えるのか。

 子供心に理不尽な感情が、向かうところを知らない怒りとともに沸き上がる。


 その時、開門のファンファーレが鳴り響いた。

 騎士団が出るのだ。


「……離して。もうどこにも行かないから」


 ロイヤルガードの二人は警戒を崩さぬまま、力を抜いた私の拘束を解いた。

 騎士団の出立を見るために、私はもう一度物見台に飛び乗った。どの隊が出るのか見たい。


 砂煙を立てて降りた橋の上を、馬が駆け始める。

 精鋭隊の騎馬が出るようだ。


「あ……」


(父様?!)


 先頭の馬に続いて、周りを囲まれるように駆ける白馬に乗っているのは、間違いなく父王だった。

 見えたのは一瞬。

 あっという間に中央へ続く大通りへ入り、見えなくなる。


「父様……」


 つい今し方、自分ばかりが安全な場所にいて、と憤ったはずの感情が霧散していく。

 父様もきっと、自分と同じような気持ちで向かったのだろう。

 王として、民の為に剣をとり、自らが戦おうと。


 私はとても誇らしい気持ちになった。心から、父様に対する尊敬の念が沸いてくる。

 あの人が、私の父様で良かった。


 父様や騎士団の戦いぶりを見てみたい気持ちはあった。

 でも、先ほどのように人を斬るようなシーンはやはりもう、見たくなかった。

 私は葛藤したまま物見台を降りて、考えた末に部屋に戻った。


 そうだ、私があそこに行っても、きっと役には立たなかった。

 人を害する覚悟が、まだ自分にはないのだから。



-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 まもなく、暴動は鎮圧されたとの報せが入った。

 暴徒達が光の使徒団の信者だったことは、すぐに城中に知れ渡った。

 六芒星を左の手のひらに焼印されているのが信者の特徴だというから、確認すればすぐに分かる。


 一体、何のために彼らはこの国でこんな騒ぎを起こしたのか。

 先に捕らえられた信者同様、何日にもわたって取り調べが行われたが、有用な情報は出てこなかった。

 なぜなら、信者のほぼ全員が正気ではなかったからだ。


「奴らは、何故錯乱状態がとけぬのだ?」

「おそらく……なんらかの禁術にかかっている状態ではないかと。薬でしたら、とっくに効果が切れている頃合いだと思いますので」


 玉座の間で、王と賢唱が話している。

 

「術であれば、術者にしか解けぬでしょう」


 信者達はまともな会話どころか食事をとることもせず、弱っていく一方だ。

 このままでは1週間以内に、埋め尽くされた地下牢はまた空になることだろう。元はこの国の民であった信者も、三分の一ほどいるという。


 忌々しい思いにやりきれなさが混ざって、王は額を押さえた。


「あれから動きはないか……なんともつかみ所のない集団だ……」


 ふと、何かに気付いたように王が顔を上げた。

 前方の大扉が、ギィ、と控えめに開く。顔を覗かせたのは飛那姫だった。


「父様……」


 勝手に開けたことを叱られると思ったのか、飛那姫が申し訳なさそうな顔で玉座の間に体を滑り込ませた。


「飛那姫、どうした? ここは遊びに来るところではないぞ」

「父様の、お顔を見たかったのです」


 今ここにいるのは王と賢唱の二人だけだ。遠慮はいらないことを確認して、飛那姫は歩を進めた。


「賢唱様、先日は可愛いらしいお菓子をありがとうございました」

「ええ、お気に召していただけたようで何よりです」


 ひとまず、ちょこんと王女らしく可憐に挨拶してから、父王のところへ小走りに駆け寄る。


「これ、飛那姫……また侍女達にはしたないと言われるぞ」

「父様、父様。先日の中央広場での戦い、父様が向かってくださって、私はうれしかったです」


 目を輝かせた突然のセリフに、王は意表を突かれた顔になる。


「何?」

「私、王族は城の中でふんぞり返っている役立たずだと思わないですみましたわ。私も大きくなったら、父様みたいに民を護れるような、立派な剣士になります!」


 飛那姫はこのところ一緒に食事をとることも、寝る前に顔を合わせることもなかった父王に、どうしても伝えたかったことを口にする。

 本人は感謝の気持ちと重大な決意を表明したつもりだったが、父王は目を丸くしたまま固まっていた。


「くっ……くくくっ……」

「賢唱……」

「いや、失礼いたしました。あまりにも姫様がお可愛らしくて……」


 堪えきれずに笑い出した賢唱に、王は助けを求めるような目を向ける。

 飛那姫はきょとんとして、笑っている賢唱と父王を交互に見た。


「私、何かおかしいことを言いましたか?」

「いや、飛那姫。そなたの気持ちは大変うれしいぞ。父は幸せ者だ」


 そう言って微笑むと、王は飛那姫を膝に抱え上げた。

 久しぶりの触れ合いに、飛那姫は目をキラキラさせながら父王の逞しい胸にしがみついた。

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