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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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7年越しの墓参り

 東の国に来たのは、実ははじめてだ。


 西の国には行ったことがあるけれど、東には今まで行く機会がなかった。

 東は食べ物がうまいって聞いてる。先日の港町で食べた料理を思うに、あながち嘘ではないだろう。

 先々楽しみだ……というか、何より飛那姫ちゃんの産まれた土地を見て回れるのが、一番うれしい。


 無理矢理同行すること、今日で6日目。

 話には聞いていたものの、ハイドロ号に乗っている間はピンと来なかった、彼女たちの職業。

 この数日間は野宿することの方が多くて、本当に二人だけで傭兵として旅をしてるんだということがよく分かった。

 野宿を快適にするための魔道具を美威ちゃんが大量に持っているけれど、男でも大変なのに、女の子にはもっと過酷だと思う。


 今、東の国の季節は真夏に向かっているけれど、冬なんかどうしてるんだろう。

 野宿に愚痴はこぼしても、へこたれない二人はすごい。

 

 俺は前方の馬に相乗りしている、二人の女の子を眺めた。

 さらさらストレートな黒髪に白い肌の、美威ちゃんの見た目は東の民の特徴そのものだ。

 黒髪、赤髪、茶髪、この三つは東の人間に多い。

 肌は白いか、黄味がかった白から浅黒いのが普通だろう。

 飛那姫ちゃんは、普通の東の民からすると、大分色素が薄い感じがする。

 透き通るような白い肌は、日に焼けることもないのだと聞いた時には驚いた。


 この東の国に来てからというもの、彼女は何かを考えこんでいることが増えた。

 時折、どこか目の前のここではないところに意識が飛んでいるようだった。

 せっかく故郷の地に帰ってきたというのに、元気がない風にも見える。

 なんだろう、気になるな。


 峠を越えて、開けた場所に出たところで、飛那姫ちゃんが手綱を引いた。

 俺もその後ろで馬を止める。


「……東岩だ」


 飛那姫ちゃんが、前方の山間に見える町を見て、ぽつりと言った。

 どこかゆかりの町らしい。


「大丈夫? 飛那ちゃん」


 飛那姫ちゃんの前に同乗している美威ちゃんが、首を回して尋ねた。

 大丈夫って、どういう意味だろう?


「うん、平気だ。東岩に行くつもりはないし……墓は町から少し離れてるから」

「お世話になった人のところには、寄って行かないの?」

「ああ、どの面下げて今更……って感じだからな。ひどいこと言って出て来ちゃったから」

「そっか……」


 墓参りに行くとは聞いてたけど、誰の、とはちょっと聞きづらくてまだ聞けてない。

 このタイミングで、聞いてもいいかな。


「墓参りって、誰のお墓なの?」


 俺が尋ねると、飛那姫ちゃんはじとっとした目で俺を振り返った。

 ああ、これは「まだいたのかお前」もしくは「関係ないだろ」って顔ですね。


「私の剣の師匠だよ。お前には関係ない」


 後者だったか。

 剣の師匠ね……飛那姫ちゃんの剣の師匠だなんて、きっとものすごく強い人だったんだろうな。


 道中、何体か異形にも出くわしたけど、俺の出番なんか皆無だった。

 美威ちゃんの出番もほとんどない。

 出現から10秒も経たないうちに、敵が目の前からいなくなっているからだ。


 飛那姫ちゃんの長剣はちょっと変わっていて、空中から出て来て、また空中に溶けて消える。

 魔法剣てものを見たのは、飛那姫ちゃんの持っているのがはじめてだ。

 色んな意味ですごい武器だと思った。

 持ち歩く必要がなくて便利だね、と言ったら呆れた顔をされたけど。


 山を下って馬を進めるうちに、町が近いことを知らせる立て看板が出て来た。


『この先 東岩あずまいわ


「飛那ちゃん、右の道を下りたところが墓地みたいよ」


 美威ちゃんが地図を片手にそう教えた。

 馬の首を回して少し下ると、ぽつぽつとお墓らしきものが見え始めた。

 向こうの方に小さい教会も見える。


 人気のない墓地のとある場所まで来ると、飛那姫ちゃんは馬を降りた。

 鞍に下げてあった荷物から、途中の町で買ってきた一升瓶を取り出すと、白くて小さい墓石の前に立つ。

 俺も、美威ちゃんも馬を降りた。


「師匠……久しぶり」


 ぽつりと言った、彼女の表情は後ろからは見えないけれど。

 なんとなく、声をかけてはいけない気がした。

 美威ちゃんも、黙って俺の隣に立っている。


 墓には、枯れかけた花が供えられていた。

 誰かお参りに来てる人がいるってことだ。


「今更何しに来たって言われるかもしれないけどさ。全部終わったよって、報告と……あと、今ちゃんと元気にやってるから、心配いらない」


 しゃがんでしばらく手を合わせた後、飛那姫ちゃんは枯れた花を手にとって、代わりに一升瓶を置いた。


「花は似合わないよな、師匠。酒の方がいいだろ?」


 気安い言葉が、慕わしさを感じさせた。

 多分、彼女にとって大事な人だったんだろう。


「飛那ちゃん……師匠って、どんなひとだったの?」


 美威ちゃんが聞いた。

 飛那姫ちゃんは立ち上がると、白い墓石を見下ろしたまま「そうだな」と呟いた。


「見た目は暑苦しくてむさ苦しい感じのおっさんで、はじめて会った時には無精ひげにだらしない格好だったもんだから、相当印象悪かった」

「え? そうなの?」

「あと、酒が好きだからいつでも酒臭い。あー、でも、亡くなる前は大分マシになってたかな」

「なんかひどい言われようだけど……」

「事実なんだから仕方ない」


 多分、美威ちゃんはそういうことを聞きたかったんじゃないと思うんだけどな。

 分かってないふりをして、話したくないだけなのかもしれない、と思った。

 口にすると、余計に辛くなってしまうことってあるから。


「さて、じゃあ行くか」

「え? もういいの?」

「ああ、気が済んだ」


 墓に背を向けて、馬の口を取った飛那姫ちゃんは、道の向こうからやってきた人影に気付いたみたいだった。


 小さい黒髪の男の子。

 ルーベルよりもまだ小さい。


 元気に走ってきて、墓の前の俺たちを見ると、きょとんとして立ち止まった。


「……だれ?」


 ええと、道を塞いでいるのが邪魔だったかな?

 俺は馬を引いて草むらにどかすと、男の子に声をかけた。


「お墓参りに来た人だよー。邪魔で通れなかったね。ごめんねー」


 笑顔で道を空けたら、男の子は立ち止まったまま飛那姫ちゃんが置いた一升瓶に目を移した。

 首をかしげて、もう一度俺の顔を見上げる。


「もしかして、父ちゃんのお墓参りに来た人?」


 男の子のその一言で、飛那姫ちゃんが目を瞠ったのが分かった。

 父ちゃん、てことは、飛那姫ちゃんの師匠さんの息子さん?


「父ちゃん、お酒好きだったんだよね? 母ちゃんもたまに持ってくるよ」

「……母ちゃんの、名前は……杏里か?」


 横から、おそるおそるといった感じで飛那姫ちゃんが尋ねた。


「そうだよ。母ちゃんのことも知ってる人?」


 ぐっと、何かを飲み込んだかのような表情の後、彼女は「ああ」と言葉を絞り出した。 


「……ああ、知ってる」


 今にも泣き出しそうな顔で笑う飛那姫ちゃんを、俺は不思議な気持ちで眺めた。

 会ったの、はじめてなのかな。


風托(ふうたく)、先に走って行くなと言っているだろう」


 新しく声がした方を振り向くと、後を追ってきたらしい男が小走りで駆けてくるのが見えた。

 その姿を見て、笑っていた飛那姫ちゃんが息を飲んだ。


 歳の頃は30後半くらいかな。

 短い赤茶の髪に白い肌。切れ長の目の男はすぐ近くまで歩いてくると、飛那姫ちゃんに気付いていぶかしげに目を細めた。


「……この墓に人が来るとは珍しいと思ったが……いや、まさか……」

「……」

「飛那姫、なのか……?」


 飛那姫ちゃんの表情から、会う予定になかった人物だということが分かった。

 困った様な、うろたえたような、普段見ない顔をしていた。


「……お久しぶりです」

「生きていたのか……」

「はい。なんとか……弦洛(げんらく)先生、少し老けましたね」

「お前……久しぶりに会ってそんなことしか言えないのか? まるで風漸(ふうざん)の馬鹿が言いそうな台詞だ」

「はは、確かに言いそう……」


 少しの沈黙が二人の間に流れて、俺も美威ちゃんもなんとなく声を発することが出来ないでいた。

 安堵に混ざった緊張感と、何かを必死に許容しようとする空気みたいなものを感じたせいだろう。

 昔なじみの再会、というだけではすまされないような事情があるのかもしれない。


 先生、と呼ばれた男が俺と美威ちゃんを見て、ふっと目元を緩めた。


「元気そうで何よりだ。連れ立つ仲間がいるとは驚いたぞ」

「あ、こっちは相棒だけど、あっちはタダのストーカーだから」


 ひどい紹介のされ方だけど、もう慣れた。

 いや、この扱いに慣れるってどうなんだ?


「飛那姫」

「はい」

「杏里に、顔を見せに行ってやれ」

「……いや、それは」


 促されて、飛那姫ちゃんは男から目をそらした。


「まさかこのまま帰るつもりだったのか? あいつは……今でもあの時、お前の手を離したことを後悔してるんだぞ」

「……杏里さんが」

「せめて生きていたと、安心させてやってくれないか」

「……」


 視線を落として、飛那姫ちゃんは首を横に振った。

 なんだか重たい話になってきたけど……俺、ここにいていいのかな?


「私には、そんな資格ないから……」

「本当に師弟揃って同じようなことを言うんだな……いい加減呆れるぞ? 大体、ここでお前がまたどこかに消えるのを、俺が許すと思うのか?」


 おお、弦洛先生とやら、飛那姫ちゃんに対して強気だ。

 結構怖いもの知らずな人なのかも。


「……思わない、けど」

「じゃあ、腹をくくれ」


 飛那姫ちゃんはちらりと視線を落として、墓の前の男の子を見た。

 摘んできた花を酒瓶の隣に置いて手を合わせているその子は、とてもいい顔をしていた。

 愛されて育っていることが一目で分かるような、幸せな顔だと思った。


「……分かった。会いに行くよ」


 飛那姫ちゃんは覚悟を決めたように、そう言った。

 夕方の光に照らされたその横顔はあまりにも綺麗で、俺はそんな彼女に見とれずにはいられなかった。


師匠の墓の前で出くわしたのは、その息子と医師の弦洛。


次回は、行く予定になかった東岩に向かいます。

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