自己嫌悪×2
夢を見ていた。
たくさんの異形が湧いて出てきて、斬っても斬ってもキリがない。そんな夢。
いい加減飽きてきたな、と思った頃、敵が全部いなくなった。
一休みするかと思って座ったら、体が動かなくなった。
氷みたいに固まって、指先ひとつ、動かない。
私ずっとこのままなのかな?
動けなくなって、死んじゃうのかな?
なんだかそんなことが昔にもあった気がする。
確かあれは10歳の誕生日。
傷を負って、行く当てもなくさまよってるうちに、倒れた。
雪の中で、冷えていく自分の体を見てた。
もう、このまま死んじゃえばいいと思ってた。
あの時命を取り留めた私は、なんで、もう一度生きる気になったんだっけか。
ふと、一人の女の子の顔が思い浮かんだ。
ああそうだ。そうだった。
一緒に行こうって約束したな。
世界を見に行こうって……
だから、まだ。
こんなところで、死んじゃいられない。
「……っ!」
跳ね起きたベッドは、自分のものじゃなかった。
船の中には違いなかったけど、見知らぬ部屋だった。
私達が泊まってる部屋もでかいと思ってたけど、ここはもっと広い。
「……大した回復力だな」
声のした方を振り返ると、見知らぬ男がイスに座って本を読んでいた。
テーブルを挟んだ向かいのイスから、ぴょんと男の子が降りて走り寄ってくる。
「お目覚めになって良かったです。もう少し時間がかかると思いましたけど……」
ターコイズブルーの瞳が無邪気に微笑むのを見て、私はなんとなく毒気を抜かれてしまった。
「ここは? 私は何で……」
「飛那姫さん、ですよね? マルコさんから聞きました。シーサーペントは海に帰りましたよ」
「シーサー……ペント……あっ!」
思い出した。
あの化けヘビに一撃食らわせた後、なんか知らないけど意識が飛んだんだった。
全身だるくて気持ち悪いのはそのせいか?
あれから何があったんだ?
「美威は?」
私は相棒の姿を捜した。
少し離れた隣りのベッドに、美威が寝てた。
なんか透明なマスクみたいなのが顔についてる。
「美威?」
私はベッドから飛び起きると、美威に駆け寄った。
明らかにいつもより顔色が良くない。
「おい、美威! どうした?!」
肩を掴んで声をかけたら、後ろから男の子が引っ張って私を止めた。
「だ、だめですよ、飛那姫さん……!」
「寝かせておけ。まだ魔力が安定していない。無理に動かすと二度と目を覚まさなくなるぞ」
物騒な言葉が背後の男から聞こえてきた。
なんだそれ……
「あんた、医師か?」
「医療の知識は多少あるが、医師ではない。俺は薬師だ」
「薬師……なんで私達はここにいるんだ? 助けてくれたのか?」
「君を助けたのはそこのパートナーと、もう一人の仲間だろう。俺は薬を用意しただけだ」
「……何があったか、教えてくれるか?」
無愛想なようにも、冷たい感じにも見えたが、信用出来そうな男だと思った。
医師とか薬師ってのは、みんなこんな風に愛想のないものなんだろうか。
薬師の男は私が意識を失った後、何があったかを簡単に説明してくれた。
まさか自分が死にかけていたとは思わなかったから、本気で驚いた。
「美威は、疲れて寝てるだけなのか?」
私を助けるために、6時間くらいぶっ通しで魔力を注いでいたらしい。
疲れたなんて言葉じゃすまないだろう。
「その娘は、俺が薬を持っていった時には、魔力の代わりに寿命を削って古代魔法を継続させていた。命の火を削ればそれが尽きるまで魔力は生み出せるが、疲労の度合いは普通に魔力を消費する時とは比べものにならない。倒れて当然だ」
「……寿命を削ってって……」
なんだよそれ。
そんなことしてまで、高等な魔法を使い続けたってことか?
その間、私はのんきに寝てたって……?
「……っの馬鹿……!」
私が逆の立場でも、同じように手段を選ばないで何だってするだろう。
だから、それしか言えないけれど。
そんな風に助けられたって、ちっともうれしくないのに。
「馬鹿の部分には同感だ。常識外れもいいところだろう。正直、命の火を使ったところで、あそこまで時の歯車を維持していられるとは思わなかった。君たちは……一体何者なんだ?」
「……ただの、傭兵だよ」
私達は、それ以上でも、それ以下でもない。
部屋の壁の時計が、10時を差していた。
ここ、こいつらの部屋なんだよな? ベッドを占領してたら、寝れないんじゃないのか?
かろうじて、そんなところに気が回った。
「……美威は、ここに寝かせておいてもいいのか?」
気になって尋ねると、男はなんでもなさそうに頷いた。
「自分から目覚めるまではそこに置いておいた方がいいだろう。そのマスクもつけたままにしておけ。魔力をなるべく外に放出せずに安定させておく医療用の魔道具だ」
「そうか。一度、部屋に戻って……着替えてきてもいいか?」
服が湿っていて気持ち悪かった。
何より、少しだけ一人になりたかった。美威が起きた時に、こんな顔は見せられない。
「かまわん」
「……すまない。美威を頼む」
最悪の気分で廊下に出ると、9デッキの先端の部屋だったことが分かった。
なんだ、同じ階なんじゃないか……
首を回したら、床の上に見慣れた男が座って膝を抱えていた。
「……お前、そんなところで何してんだ?」
うたた寝でもしてたのか、マルコは声をかけたら驚いたように飛び起きた。
「飛那姫ちゃん! 目が覚めたんだね?! も、もう大丈夫なの? どっか痛いとことか、具合悪いとことか……」
「うるさいし騒がしいしうっとおしい。お前のその声で具合悪くなりそうだ」
「ああ……この安定の返し。うれしくて泣きそう……抱きしめてもいいですか?」
「いいわけないだろう。脳ミソ腐ってんのか?」
「ははは……」
マルコは、はーっと息をつくとまたその場に座り込んだ。
「良かった……ホント」
なんかよく分からないけど、心配かけたみたいだな。
一応、謝っておくか。
「……悪かったな、迷惑かけたみたいで」
「迷惑なわけないでしょう。何をおっしゃる……あ、でも飛那姫ちゃん、今は俺のこと放っておいて大丈夫です」
「……なんだ、気持ち悪いな。まあ、言われなくても放っておくけど。じゃあな」
「いや、やっぱり少しはかまって」
「なんなんだよお前はっ」
部屋に戻ろうとしたら、後ろから服を引っ張って止められた。
なんか弱ってるみたいだから、回し蹴りは勘弁しといてやるけど。代わりに軽く睨む。
「俺ね、一人前になるまで家に帰れないんだよね」
「は?」
唐突に、マルコが意味不明な言葉を口にした。
「オヤジにね、武者修行して来いって言われてさ。家追い出されたの」
「は、あ……?」
「一人前って、何だと思う?」
「だから、突然なんの話だ?」
いきなりの身の上話とやぶからぼうな質問に、私は怪訝な顔で反問した。
「俺、美威ちゃんが頑張ってる間、何も出来なかったんだよね」
「は?」
「薬師が薬作ってる間、美威ちゃんがあんなに頑張ってる間、これっぽっちも役に立たなかったわけ」
「……」
「やっぱりこれって、俺が好きな子一人助けられない、駄目で役立たずな半人前ってことなんだよなぁ……」
要するに、うじうじ自己嫌悪してるってことかな……
しかもこれ、私が原因か?
面倒くさいぞ。
私はマルコを見下ろして、ひとつため息を吐いた。
「なんかよく分かんないけど、出来ることと出来ないことがあるなんて、当たり前だろ? 私だって、美威が怪我した時に回復魔法なんて使えないし。悩んだところで白魔法は使えるようにならない。でもそこで、自分の出番がなかったからって、役に立たないだなんて思うのは、ちょっと違うんじゃないのか?」
「……えっ?」
「私だったら、自分の出番に出来ることをするよ」
少しだけ弁護してやったら、マルコが顔をあげてものすごく意外そうに私を見返した。
「……なんだよ」
「飛那姫ちゃん、もしかして慰めてくれてる?」
「……」
「これはもう俺への愛の告白と受け取って……」
「違う!」
なんでこいつは、いつでもこうなんだ。
真面目に相手にして損した、と私はマルコに背を向けた。
今一番自己嫌悪したいのは、むしろこっちなのに。
少しの間、本当に一人になりたい。
出てきた部屋は901号室。
私達の907号室はすぐそこだ。
ガチャリとドアを開けて、マルコを目だけで振り返ったら、いつもみたいにヘラヘラした顔で手を振ってた。
「おやすみ~飛那姫ちゃん、また明日~」
私は返事をせずに、バタンと戸を閉めた。
後になって美威から聞いた話では、私が海に落ちそうになった時に助けてくれたのはマルコだったらしい。
あのまま海に落ちてたら捜している間に死んでたかもしれないし、シーサーペントの毒が流されて解毒薬が作れなかったかもしれないそうだ。
なんだ、結構尽力してくれてたんじゃんか。
そう思って何度か礼を言おうとしたんだけど、いつもおちゃらけているあいつに腹が立って、未だに言えずじまいだ。
でもいつか、どこかで、機会があったら。
少しぐらい借りを返してやってもいいかな、と。
珍しく私はそんな気分になったのだった。
次回、ほんわか日常に少しだけ戻ります。
ハイドロ号編も残すところあと2話の予定です。