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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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時間をとめて

 飛那姫ちゃんは、よく出来た人形みたいな顔をして眠っていた。

 いや、美威ちゃんの魔法で時間を止めているのだから、眠っているのとはちょっと違うのかもしれない。


 綺麗な顔から首にかけて、紫斑が浮かび上がっているのが痛々しかった。

 ポツポツと降り出した雨に、俺は空を見上げた。

 さっきまで、綺麗な星空が見えていたのに。


 あれから4時間以上が経った。

 もう日はすっかり沈んで、少しのライトが灯っただけの、10デッキの甲板には人気がない。

 いつもならこのプールサイドにはお洒落なダイニングバーがオープンしていて、人が集まる時間帯なのに。


 クルーはまだ船内の対応で手一杯のようだ。

 揺れでごった返したものを片付けるのが先で、食事の支度まで手が回らないんだろう。

 船は無事に東の大潮流に乗り、進路自体は問題なく進んでいるらしいけれど。

 とんだ航海になったもんだと思う。


 あのシーサーペントを追い払うのに、攻撃魔法を使って、でかい盾とかも張って、今まだ美威ちゃんはここで時間と戦っている。


 一度船内に戻って、少しの食料と飲み水を持ってきたけれど、美威ちゃんは首を振っただけで返事もしてくれない。

 多分、相当キツイんじゃないだろうか。


(俺、何にも出来ないからなぁ……)


 自分があまりにも無力で嫌になることって、きっと誰にでもあるんだろうけど。

 今この瞬間に、俺は本当に自分で自分を呪いたいくらい役立たずだと、思わずにはいられない。

 雨は、いよいよ本格的に降り出した。


「美威ちゃん……雨、降って来ちゃったね」


 暗くなってきて気付いた。時を止める魔法を使っている彼女からは、うっすら白っぽい光が立ち上っていた。

 蒸気みたいにゆらゆら……魔力が漏れてる訳ではないだろう。

 少なくなった魔力の代わりに、自分の命を燃やしているようにも見えて、ちょっと怖かった。


「……マルコ」


 ふいに、美威ちゃんがぽつりと俺を呼んだ。


「はいっ、ここにいます!」


 飛那姫ちゃんの前に座る、美威ちゃんの横に俺もしゃがみこんだ。


「何? なんか手伝えることある?」

「……水」

「水? 飲みたい? 持ってきてるよ」

「じゃなくて、プールの、水……」

「はい?」

「頭からかけて」

「は?」


 いきなり何言い出すんだ?


「ちょっと今、意識が飛びそう……雨じゃ足りないのよ」

「ええ?」

「あと、ちょうどいいから……飛那ちゃんにもかけて。毒、流した方がいい……」

「え? あ、そうか。そうだね……」


 俺は一度船内に戻ると、レストランの厨房までひとっ走りして、バケツを拝借してきた。

 プールの水は半分以上無くなってたけど、バケツ一杯の水くらいなら余裕だ。


「じゃあ、本当にかけるよ?」

「オッケー……」


 気は進まないけど、これも手伝いだ。

 美威ちゃんの頭の上から、ざばっと水をかけてやる。

 続けて何杯か汲んできて、飛那姫ちゃんにもかけた。


「ありがとマルコ……もういいわ」


 言いながら、美威ちゃんは片手で自分の頬をぺしぺし叩いた。


「よぉおっし、もうひと頑張りするわよぉ……!」


 気合いを入れたようで、強がりにしか見えなかった。


(早く出来上がれよ、解毒薬……)


 信心のない俺が祈ったって仕方ないんだろうけど、それくらいしか出来ない自分が歯がゆい。

 飛那姫ちゃんのためにも、美威ちゃんのためにも、この耐えるだけの時間が早く終わればいいと思う。


 あの髪の長い薬師の男は、解毒薬を作ると言って引っ込んだっきり戻ってこないけれど、従者だかの子供がちょろちょろ様子を見に来てた。

 せめて、もうすぐ出来上がるとかの情報が欲しい。


 温かい雨は降り続いていた。

 時間はどんどん流れていって、美威ちゃんはたまに頭を振ったり、自分を叩いたりする他はずっと飛那姫ちゃんを見ていた。

 彼女の手を握ったまま、時を止め続けていた。


 二人は一体いつから一緒にいるんだろう。

 きっと、美威ちゃんが今必死になっているのと同じくらい、飛那姫ちゃんも美威ちゃんのことを大事に思ってる。

 いつも二人を見ている俺には、それが分かった。

 お互いに支え合って旅を続けているだろう彼女たちが、ちょっとうらやましく思えた。俺も、そんな風に真剣になれる相手が欲しいのかもしれない。


 もう何度見上げたか分からないプールサイドの時計は、9時になるところだった。

 雨はあがって、また星空が見え始めていた。


 たまにふらっとする他、美威ちゃんは全く動かない。

 魔力を消費し続けてる彼女に比べたら、俺なんて何も大変なことはないんだけど。

 まだかまだかと思いながら待つしかない時間は、確実に俺の神経をすり減らしていった。


「……お待たせしました!」


 船内扉を勢いよく開けて、あの男の従者が甲板に飛び出してきた。

 その後ろから、髪の長い男がボールみたいな壺を持って出てくる。

 甲板に上がって美威ちゃんの姿を見るなり、男は顔色を変えた。


「……馬鹿なことを」


 眉をひそめてそれだけ呟くと、薬師の男は美威ちゃんの隣に座り込んだ。

 針のついた筒を取り出して、男は丸い壺を床に置いた。

 少しの後、「チーン」とタイマーが切れたような音を立てて、壺の蓋が開いた。


「……薬、出来たの?」


 美威ちゃんが、うわごとを呟くような声で尋ねた。


「ああ」


 壺の中の黄色い液体を針のついた筒に吸入すると、男は飛那姫ちゃんの腕を取った。

 針を立てられたのは痛そうだったけど、これでなんとかなったんだろうか。


「おい、もういい。後はルーベルが抑える。時を動かせ」


 薬師の男がそう声をかけたけど、美威ちゃんはぼうっと白い煙をあげたまま、飛那姫ちゃんを見ていた。 


「おい! 聞こえてるのか?! もういいと言ってるんだ! これ以上続けるとお前自身が危ないぞ!」


 怒鳴られてハッとすると、美威ちゃんは顔を上げた。

 振り返った彼女の顔色はすごく悪かった。


「……もう、大丈夫?」

「ああ。お前が時を止めてると薬も効かん。早くその古代魔法を解除しろ」

「……あ、そっか……」


 体に吸い込まれるようにして、白い煙が美威ちゃんの周りから消えた。


「良かったぁ……間に合って……」


 ふらりと倒れ込む彼女の体を、薬師の男が腕を出して支えた。

 それ、ちょっと役得じゃないか?

 美威ちゃんは、完全に意識を失ってしまったようだった。


 飛那姫ちゃんは、従者の子供が白い回復魔法の光で包み込んでいた。

 顔の紫斑が少しづつ、薄くなっていくように見えた。

 薬、本当に間に合ったんだ。


 俺は、肺の奥から安堵のため息をついた。

 なんか、うれしすぎてもう泣きたい。

 安心したらどっと疲れも出てきた。

 

 座り込んだ俺とは逆に、薬師の男は美威ちゃんを抱えて立ち上がった。


「ルーベル、解毒魔法はもういい。これはここに転がしておくわけにもいかないだろうから、一旦連れて行く。お前はそっちを連れてこい。もう雨で毒も流れているだろうから触ってもいい」


 男はそんなことを言うと、そのまま船内へスタスタ歩いて戻っていった。

 これとかそっちとか、ちょっと二人に対しての扱いがひどくないか?

 置き去りにされた形の、白い魔法の光を消した子供に俺は向き直った。


「飛那姫ちゃんは俺が連れて行くよ」


 こういう役得は、逃さないでおきたい。

 笑顔の俺に、同じくらいのニコニコ笑顔で従者の子供が言った。


「お気遣いありがとうございます。でも大丈夫です。ぼく、こう見えて結構力あるので」


 そう言うと、子供は本当に飛那姫ちゃんをひょいっと横抱きに抱え上げた。

 130cmくらいしかなさそうな身長で、軽々と。


「……え、あれ?」

「ひとまずぼく達の部屋に行きましょう。あなたもお疲れになったでしょう? お茶をお出ししますから、お休みになられるといいですよ」

「……ああ、うん」


 いや、そうじゃなくて、俺が運びたかったのに……

 無垢な笑顔に気圧されて、俺はそれ以上何も言えなかった。


大海蛇撃退&時間との闘いに勝利です。


次回で、大海蛇編終了。

それぞれの心の思惑がありますが……誰に語ってもらうかは未定です。

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