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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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大海蛇現る

 船に襲いかかる横揺れは、高波を受けたかのように激しかった。

 色んなものが棚や壁から落ちてきて、床に転がっていく。


 ハイドロ号には揺れ防止装置の魔道具が積んであるって聞いてたけど、万能ではないらしい。

 これだけ波に揺さぶられた感覚があると、あらためて「船」に乗っているのだということを実感させられる。


(私、泳げないんですけど……!)


 カナヅチの身としては、ゾッとする事態だ。


 飛那ちゃんはバルコニーの手すりに掴まったまま、海の中に現れた巨大な灰緑の塊を凝視していた。


 水面から突き出た細長い身体は、ぱっと見、ヘビみたいだ。

 明るい日に照らされた全身に、光る大きな鱗がびっしりはりついて見える。

 でもその大きさはとてもじゃないけれど、ヘビなんて小さな生き物には形容出来なかった。

 水面からの高さが50Mを超えるハイドロ号を、見下ろしている。

 これはもう、山って言ってもいいかも……


 異様なほど大きい頭に、赤紫に光る2つの目があった。

 しずくを垂らしながら、獲物に狙いを定めたように船を、こちらを見つめている。

 明らかに今まで出会った敵の中で最大級だ。竜も目じゃない。


 これ、絶対に戦っちゃいけないヤツでしょ……

 海って怖い!


「飛那ちゃん、たっ、盾は……?」


 これだけの異変があったのだ。

 操舵室からでも、尋常でない怪異の出現が見て分かるはず。

 なんで、すぐにもう一度盾を張らないのか。


「解除されたまんまだ。あれこれ考えてるヒマはないみたいだぞ。美威、こっち側だけでいいから、船の前に盾張れないか?」

「えええ?! 飛那ちゃん、まさかあれと戦う気じゃないよね?!」

「このままにしておいて、あいつが勝手にどっかサヨナラすると思うか?」

「……思わない」

「じゃあ考えるだけ無駄だろ」

「この船全長200M以上あるのよ?! 私一人で防御できる訳ないでしょ?!」

「いや、美威はやれば出来る子だから」

「……出来る範囲の想定、広すぎじゃない?」


 飛那ちゃんはあごをあげて上を見た。

 小さく揺れ続ける床に、ぐっとかがみ込む。


「先に行くぞ」


 言うなり、彼女は部屋の上の10デッキまでジャンプして行ってしまった。


「ちょっと飛那ちゃん!」


 守護魔法も何もかけないまま行ってしまった彼女に、ちょっと焦る。

 すぐに浮遊呪文で追いかけると、プール近くに立っている飛那ちゃんを見つけた。

 見れば他にも人がいて、みんな血相変えた風に船内の扉からバラバラと出てくるところだった。


 誰も彼も、一般民ではなさそうだ。

 おそらく、船に雇われた傭兵だろう。


「飛那ちゃん、守護魔法!」

「いらない。その魔力は船の盾に使え……あと、足場が欲しい」


 大頭のウミヘビもどきを睨んでいる飛那ちゃんが、海面をあごで指した。

 ああ、確かに……降りるところないもんね。


「足場って言われたって……」


 海の上にどんな足場を作れと言うのか。


 飛那ちゃんの右手の中には、いつもの青い魔力の粒子が集まっていく。

 キン! と音を立てて、薄く光る聖剣神楽が顕われた。


「美威」

「はい?」

「来るぞ……正面だけでいいから、防げ」

「え」


 ざわりとした魔力の波が、こちらに向かって打ち寄せてきた。

 大きく開いたウミヘビもどきの口は、客船をかみ砕くのに申し分のない大きさだ。


(う、うそっ)


 船の上にいる傭兵の何人かは魔法士らしい。

 いくつかの盾魔法が、船の向こうに張られていくのが見えた。

 でも薄いし、弱そうだし、あんなんじゃ絶対に防げるわけない!


「っ絶界の盾!!」


 ウミヘビもどきが開けた口よりはちょっぴり小さかったけど、私はなんとか自分から離れた船の向こうに、平面な盾を展開させることが出来た。

 自分から離れれば離れるほど強度を保つのは難しくなる。だからなるべく船体ギリギリで張ったんだけど。

 それは要するに、すぐそこまで近づいてこないと跳ね返せないってことで。


(めちゃくちゃ怖いっ!!!)


 迫ってくる赤い口で視界が埋め尽くされたかと思った。

 傭兵魔法士達の作った盾は、なんの抵抗もなくことごとく散っていく。


(え、これってもしかして責任重大?!)


 ガツンとした手応えなんてもんじゃない。

 盾とウミヘビもどきの牙が接触した瞬間、今までに感じたことのない衝撃が私に襲いかかってきた。

 飛び散った火花は、視界の向こうのものなのか、自分の頭の中だけのものなのか。

 目の前が、ぐらりと揺れた。


「うあっ……!」

「美威、踏ん張れ!」

「むぎぎ……む、無理無理っ……!」


 私の盾に噛みついたままのウミヘビもどきは、そのまま邪魔な壁をかみ砕こうとしているように見えた。

 耳の奥に、水圧がかかった時の耳鳴りみたいな、乾いた破裂音が聞こえてくる。

 物理的なものだけじゃない、魔力を乗せて攻撃されてる……!


「後10秒抑えとけ!」


 飛那ちゃんは、すごく久しぶりに神楽を構えると、剣の中の緑色の宝石に魔力をこめた。

 剣に風属性の魔法が宿る。


 彼女は当たり前のように甲板を蹴って、飛んだ。

 頭上に振りかぶった剣の行く先は、もちろんウミヘビもどきの頭だ。

 飛那ちゃんの性格はよく分かってるつもりだけど、コレに正面から向かっていく神経だけは未だに理解しがたい。


「とりあえず、挨拶代わりってことで!!」


 緑色の斬撃は、ウミヘビもどきが反応して頭をあげる前に振り下ろされた。

 少し離れたここまで飛んできた衝撃波は、風魔法ならではの強風とともに私の横を通り過ぎていく。

 眉間の位置にクリーンヒットだ。

 それを視界に確認した瞬間、私の盾魔法にのしかかっていた圧力が解放された。

 ウミヘビもどきが、盾から口を離したのだ。


(あ、危なかった……!)


 ぐらりと揺れた大きな頭が、ふらふらと後ろに下がっていく。

 あ、攻撃、効いてる?


 一撃を放った後、ウミヘビもどきの頭を蹴って戻ってきた飛那ちゃんが、甲板の床を滑りながら着地した。


「美威、こいつ一体なんなんだ?! すっげー(かた)い! 土竜より硬い!」

「え? ちょ、ちょっと待って。今図鑑引いてる場合じゃないし……」

「頭の中の図鑑には入ってないのか?!」

「海はあんまり興味なくて……」

「とりあえず、風魔法はダメだ。全然効いた気がしなかった」

「えっ? 今のあれで?」


 かなりの一撃だと思ったんだけど。

 正面でゆるく左右に頭を振っているウミヘビもどきの眉間を見たら、確かに傷一つ、ウロコ一つ剥がれていないように見えた。


「げええ……完全に化け物じゃない……」


 飛那ちゃんの攻撃が効かないなんて、万事休すだ。


「次、雷で行ってみる」


 そう言って飛那ちゃんは、今度は黄色い宝石に魔力をこめた。

 バチバチ痛そうな電気が走って、剣が黄色い輝きを放つ。


「2時の方向に足場、よろしくな」


 一方的にそう言うと、彼女は甲板を走って、更に船の上へと登っていった。

 よろしくって、言われても……!


 右から飛んだ彼女が、左に剣を構えているのが見えた。

 ちょうどウミヘビもどきの頭のつけ根、首(もうどこまでが首なのか分からないけど)のあたりを目掛けて左から斬り払う。

 時計回りに身体を転身させて、逆袈裟(ぎゃくけさ)に斬った二撃目は、私の目では追えなかった。

 昼間でも分かる稲光が、ウミヘビもどきを貫いたように見えた。


 飛那ちゃんが、体勢を整えながらも海に向かって落下していく。


(やばっ! 足場!)


氷雪の訪れ(グラキエース)!!」


 氷系魔法を使って、一時的に着地点の海水を凍らせる。

 本当に一部だけの足場だったけれど、飛那ちゃんはうまくそこに降りてくれた。

 しっ、心臓に悪い……!


 ウミヘビもどきは嫌がるように頭を振っていた。

 でも、やっぱり傷を負った感じはなかった。

 飛那ちゃんは氷の床を蹴って船に戻ってくると、10デッキの私のところまであちこち跳びながら駆け上がってきた。

 

「ダメだあれ……体中に絶界の盾でも張ってるんじゃねえか?」


 全然効いてないどころか、とっても怒らせてしまったように見える。

 ウミヘビもどきは、頭を振りながら、身体までぐにゃりと波間にうねらせた。

 それだけで、すぐ近くにいる船はたまらない。


 立っていられないほどの揺れが伝わってきたと思ったら、正面の海を割って、水かきのようなヒラヒラした何かが見えた。


(? なんか出てきた?!)


 そう思った瞬間、横揺れなんて生やさしいもんじゃない、衝撃が来た。

 船が勢いよく横から殴られたような……


 おそらく、船の中にいる全員が床に投げ出されたと思う。


「きゃーっ!」


 もちろん私もすっ飛ばされた。 

 隣にいた飛那ちゃんが抱えてくれなかったら、多分、頭から転がってた。

 プールの水が盛大に甲板に流れ出たことで、船がななめに傾いているのだということに気付く。


 水と一緒に何人かの傭兵が甲板の向こうに落ちていくのが見えて、ゾッとした。


「ってて……」

「飛那ちゃん! 大丈夫?」


 飛那ちゃんもどこかしら打ったようだった。


「擦っただけだ。立てるか?」

「無理だから浮いてるわ」


 私は床から少しだけ浮き上がってその場に立った。

 揺さぶられる足下を、飛那ちゃんは脚力とバランス感覚だけで立ち上がった。


「……あれ、尻尾か……?」

「そうみたいね……」


 ギリギリと船体を押しているものの正体は、ウミヘビもどきの頭の反対側、尻尾のように見えた。

 赤紫色の透明なヒラヒラが気持ち悪い。


 ギリギリ……ミシミシ……

 船体が、静かに悲鳴を上げていた。


海の巨大生物、UMA(未確認生物)として知られているシーサーペントです。

他にもリヴァイアサンとか呼ばれてますね。某ゲームなんかでこっちのが有名かも。

現存する生物のイメージでは、ラブカのシルエットが一番イメージに近そうです。


次回は、戦闘後半。ちょっと困ったことが起こります。

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