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没落の王女  作者: 津南 優希
第一章 滅びの王国備忘録
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大国への進入

 父様への報告を終えて、先生はまた城を発った。


 私は部屋のソファーに腰掛けて、まだぼうっとする頭で天井を見上げていた。

 頭が、うまく回らない。


 襲撃にあったというのは、兄様のいた部隊に間違いないらしい。戦闘の跡からは、7名の兵士の遺体が見つかったそうだ。

 魔法士1名と、精鋭隊2名、それに兄様の合わせて4名はまだ見つかっていないという。

 奇襲を受けて、精鋭隊達が兄様を護りながら逃がしたという可能性もあるから、周辺を探っているそうだけど……手がかりになるようなものは未だ見つからないそうだ。


 行方不明という言葉は、すごく残酷だと思う。

 生きているのか、死んでいるのか、どこにいて何があったのかすら分からないなんて。

 宙ぶらりんで、着地点すら見つからずに、下を見ると恐ろしさばかりが募る。

 父様も母様も私も、そんな気持ちのまま5日が過ぎ、よく眠れない夜ばかりが重なっていった。


 そして6日目の朝、捜索隊の一部を残したまま、先生が帰還した。

 たった1つ見つかったのは、森の中に落ちていた兄様の手帳だったという。

 襲撃の現場からそう遠くない、大木の根元に落ちていたという。走り書きで書かれている日記のような内容は、1日目で終わっていた。

 もう誰も、兄様が襲われたことを否定出来る人はいなくなった。



 そんな折、また信じがたい報せが入った。

 城下町のはずれで、光の使徒団を名乗る暴徒が十数名、暴れているという。

 私は稽古の手を止めて、にわかに動き始めた騎士隊を眺めた。


「この紗里真にまで……?」


 呆然と呟いた自分の言葉に、胸がざわざわする。


「紗里真に侵入するとは、愚かなことです。姫様、ご心配には及びません。暴徒共のすぐ側に騎兵隊が30名ほどいるようです。すぐに騒ぎは鎮火しましょう」


 隣に立つ騎士団長が、忌々しそうにそう言った。


 違う、そうじゃない。私にも分かる。

 暴動の規模ではなくて、王族反旗を翻すような使徒団が、この紗里真城下町にまで入り込んでいるということが問題なのだ。


 税や城下町の整備、臣下への配慮など、どれをとっても父様の統治に問題があるなんて話は聞いたことがない。いつでも民の為を思って政治を行う父様を認めないなんて、私からすればあり得ないことだ。

 そんな輩が、この国の門をくぐるところまで来ているなんて……

 沸き上がる怒りに、ギリ、と奥歯を噛みしめた。

 私が直接、叩き出してやりたいとすら思う。


「お稽古中、失礼いたします。賢唱様より午後のお茶にお菓子を献上したいとのお申し出がありましたが、ご都合はいかがでしょうか」


 いつの間にか側に来ていた大臣付の侍従の言葉に、令蘭が私を振り返る。

 こくりと頷くと、令蘭も頷いた。


「大変ありがたいことです。楽しみにお待ちしておりますとお伝えください」

「かしこまりました」


 令蘭の言葉を受けて、侍従が帰っていく。

 賢唱様からの差し入れ……単に私を心配して、ということではないだろう。何か、新しいことが分かったのかもしれない。


「令蘭、部屋に戻って着替えるわ。今日はもう稽古にならなさそうだから」


 部屋に帰って湯浴みをすませた後に、まず暴徒鎮圧の報せが入った。

 彼らはかなりあっけなく取り押さえられたらしく、城の地下牢へ運ばれたとのことだった。

 一体何の意図があって王国にまで侵入してきたのか。これから取り調べるらしい。


 コンコン、とノックの音とともに、賢唱からの差し入れが届いた。

 可愛らしい陶器の器に、白とピンクと水色の卵形のお菓子が乗っている。

 指でつまんで食べられそうな砂糖菓子だろうか。


「可愛らしいお菓子で大変気に入りました。ありがとうございました、とお伝えください」


 大臣付きの侍従が行ってしまうと、私は令蘭がテーブルに置いた砂糖菓子に手を伸ばした。

 器ごと持ち上げて、お盆の上にひっくり返す。


「飛那姫様、そのように扱われては……」

「いいのよ、これで」


 砂糖菓子の下から現れたのは、小さくたたまれた手紙だった。

 カサカサと開いて、目を走らせる。


『王子の件、確かにビヴォルザークがかどわかしたものと裏が取れました。しかしその後どのようにして外部に情報を渡したかに関しては不明です。単にそのような立ち話をしただけだと言われれば、それまでになる為、直接お話になりませんよう、くれぐれもお願いいたします。

 北のモントペリオルにおいてビヴォルザークは、紗里真との和平のために出向させられたというよりは、国外追放に近い形らしく、現在も密偵として重用されているということはないようです。大国関与の線は、薄くなりました。

 ビヴォルザークには祖国から連れてきた腹心の部下が2名おり、側近のわりに近くに控えていないことも多いことから、この部下達が動いてどこかに情報を流しているのではないかという見方が今は有力です』


 読めないところを所々令蘭に読んでもらって、私はまたふつふつとビヴォルザークに対しての怒りがこみ上げてくるのを感じた。

 あの大臣が何らかの形で紗里真を裏切っているのは、やはり間違いないようだ。ざわざわする気持ちを、深呼吸で押し殺す。


 コンコン、とまたノックの音がした。

 令蘭はさっと部屋から出て行くと、すぐに引き返してきた。その後ろから先生が入ってくる。


 最近は騎士団に合わせて動いているからか、軽装の剣士の姿しか見ていなかった気がするけど、今日の先生は普通の正装だった。

 透け感のある狩衣の薄紫が、長身のすらりとした雰囲気に合っていて、男の人なのにきれいだな、と見とれてしまう。


「姫様、今日は稽古を早めに上がられたと理堅殿から聞きました。お加減が悪い訳ではないのですか?」


 静かにそう問いかける先生の目は優しかった。

 先生だって大変な時なのに、私が心配をかけてはいけない。そう思った。


「問題ないですわ、先生。ご心配ありがとうございます」


 にっこり微笑んで返すと、先生はまぶしいものを見るように目を細めた。

 少し考えた風に手をあごにあてると、隣の令蘭を振り返る。


「令蘭……申し訳ないが、姫様と話をしたいことがあってね。少しだけ時間をくれるかい?」


 二人きりで話をさせて欲しい、と先生が言う。


「かしこまりました。外に控えておりますので、ご用が出来ましたらお声がけください」


 静かに扉を閉めて令蘭が出て行くと、部屋の中には先生と私だけになった。

 一人だけ椅子に腰掛けているのが居心地悪くて、先生にも椅子を勧める。

 今日は怒られるようなことはしていないと思う。きっと。

 でも先生と向かい合うと、居住まいが正されるというか、自然背筋が伸びてしまうのだ。


「あの、先生。お話というのは……」

「いや、蒼嵐王子が行方知れずになってからもう2週間だ。うちのおてんば姫様も、さすがに無理をしてキツくなっているのではないかと、心配になってね」


 二人きりの時には、くだけた物言いになる先生が、私は好きだ。

 慕わしさが感じられて、いつもより距離が近くなる気がする。


「無理なんて、してません」


 そう答えながら、今はあまり優しくしないで欲しいな、と思う。

 きっとまた、泣いてしまうから。


「本当に?」

「本当です!」


 精一杯笑顔を貼り付けて頑張っているのに、そんなことを聞かないで欲しい。

 思わず、答える声にも力が入ってしまう。

 そんな私をため息混じりに見ながら、先生はテーブル越しに私の頭に手を伸ばした。

 ぽんぽん、と軽く頭の上ではねる手のひらに、じわりと涙がにじみそうになる。


「無理、してません……」


 全然説得力のない顔で、強がりを返す。


「姫様。蒼嵐王子のことは……まだ分からないけれど、皆あきらめてはいないから」

「……はい」

「城下町まで来ている使徒団も、私が城には一歩も入れさせないから」

「……はい」

「だから、そうやって我慢ばかりしてないで、私が背負う分くらいは、安心していて欲しい」

「…………はい」


 頭を撫でてくれる先生の冷たい手が、いつもよりずっと温かく感じて、涙がこぼれた。

 一度こぼれてしまったら、もう無理だった。

 この何日かは父様にも母様にも心配かけたくなくて、ずっと泣くのを我慢していたのに。

 堰を切ったようにあふれ出す涙を、止めることが出来ない。


「我が姫はいつも令蘭を振り回したり、すごく強情だったり、誰かを困らせることが得意なはずなのに、変なところですごく大人びていて我慢をしてしまうから、心配だったんだ」

「先生、私……っ、兄様が死んじゃったらって思うと、怖くて……すごく怖くて……!」

「うん」


 先生の指が、頬をつたう私の涙をぬぐう。


「使徒団が、あちこちで暴れてるのに、私何も出来ない……!」

「君はまだ小さい。それにみんなから守られる側の人間だ。私も君に危ないことをして欲しくはないな」

「でも、私、許せなくて……兄様を城から出すように仕向けたり、襲ったりした人達を……絶対に許せなくて……」

「私もだよ。許さなくてもいいんだよ。君には怒る権利があるのだから」


 そう言って私がわあわあ泣いている間、先生はずっと頭をなでていてくれた。

 いつも兄様がしてくれたように。


 父様に仕えながら、他に情報を流しているビヴォルザークが許せない。

 兄様を襲った奴らも許せない。

 でも一番許せないのは、何も出来ない自分だ。

 非力な自分が、一番許せない。


 私がもっと大きくて大人で、力があったら、兄様と一緒に行けたのに。守ってあげられたかもしれないのに。

 最強の剣士を目指すだなんて、笑わせる。これじゃ何のために剣の稽古をしているのかすら、分からない。

 私は、誰の役にも立っていない。

 何も守れない。


 そう吐き出しながらひとしきり泣いたら、少しすっきりした。

 すごく疲れたけれど。


「今日は早めにベッドに入って、ゆっくり休むといいよ。きっとよく眠れる。何かあれば夜中でもいつでも、私を呼びなさい」


 先生はそう言い残して、部屋を出て行った。

 少し経ってから、腫らした目を冷やす用の水桶を抱えた令蘭が、足早に部屋に入ってきた。涙で汚れた服を、着替えさせてくれる。


 先生の言葉通り泣くだけ泣いた私は、その夜目を覚ますことなく、ぐっすりと朝まで眠ることが出来た。

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