2-86 集う4 ~白銀~
遠い… 遠い… 遠すぎる…
最初は、青春18きっぷで所沢から関ヶ原へ向かった。距離にして約450km。名古屋での宿泊を覗けば7時間の旅だった。
関ヶ原に着いてからは、濃霧に飲まれるまで"関ヶ原合戦行軍コース"を歩いた。約16km。6時間程で回れるはずだった。
泉から関所までは、ハナナちゃんの足で2時間程度。おおよそ8kmくらいか? 8時間以上過ぎても今だ到達できないが。
爆心地から外円までは、20mしか無かった。負傷したハナナちゃんを運び出すのに、何時間かかったろう。
そして今、たったの5mがたどり着けない。まるで一年掛けて三千里の旅をしているかのようだ。
身体のあちこちが痛い。中でも捻挫した左足首が酷く痛む。走るのはもちろん、歩くのも辛い。
杖代わりになる小枝を見つけたのは幸いだったが、体重を掛けすぎるとポッキリ折れそうで怖い。
背中のワシリーサちゃんもやけに重く、私は時々混乱する。背負っているのは美少女だろうか? それとも子泣きジジイ?
倒木が邪魔をして、また回り道かと思う度に、心が折れそうになる。
意識が何度も飛びそうになる。諦めて何もかも投げ出したくなる。だけどそんな時、前を見る。
そこには暖かい希望の光がある。ハナナちゃんの命を護るベル妖精がいる。エコーちゃんが待っている。
諦めない。諦められない。諦めてたまるか!
あと5メートルだ! たったの5メートルだ! されど5メートルだ。
遠い… 遠い… 遠すぎる…
必死の行軍を続けていた中、ワシリーサちゃんは、私の背中でむせび泣いていた。
巨大蛙"ジ・ライア"は半壊。足代わりだった"ライア"は原形すら留めておらず、遠隔操作の"ライ"も行方不明。
損害額だけでも大変だろうけど、ワシリーサちゃんにとっては、金には代えられない大切な存在だったろうことは想像できる。
ワシリーサちゃんさえも大きな犠牲を払ったんだ。このまま死んだら絶対許さないぞ! ハナナちゃん!
しかし、気力だけではどうにもならない。
「少し……休憩しよう」
ワシリーサちゃんをそっと下ろすと、私はその場に座り込んだ。
だめだ……。
走れた時には軽々と跳び越えられたのに、今はちょっとした段差すら越えられない。
バリアフリーの重要性が嫌になるくらい分かったよ! クソッ!
どうすりゃいい。どうすりゃいいんだ。
今、この場には、怪我や体力を回復させる方法が三つある。
王宮戦士君がくれた"ソーマ"。大回復が期待できる。
ワシリーサちゃんが持ってきた"魔法紙"。中回復が見込まれる。
エコーちゃんの特殊能力"光の粒"だ。小回復が限界だ。
大怪我のハナナちゃんに"ソーマ"を飲ませたいが、私は心身共にボロボロで届けられない。
今、自由に動けるのはエコーちゃんだけだ。エコーちゃんに"ソーマ"を託すか? だめだ。上手くいく未来が見えない。
エコーちゃんに捻挫を治してもらうか? しかし、酷く腫れてて"光の粒"では簡単には治らないだろう。それにハナナちゃんの容体が悪化した時、エコーちゃんが側にいないと対応できない。やはりエコーちゃんに来てもらうのはダメだ。
今、側にはワシリーサちゃんがいる。彼女なら"魔法紙"の呪文も読めるだろう。それで、魔法紙はどこだ? …たしか、達筆すぎて読むのを諦めた時、風呂敷に戻したはずだ。爆風で飛ばされてなければハナナちゃんの側に……。問題外だった。くそっ!
王宮戦士君が手助けしてくれないだろうか? 今も遠くから金属音が響いている。たとえ戦闘が終わっても、あの中2病発言だ。近づくと死ぬとか言ってる子に期待は出来ないだろう。
となると、残る方法は身軽になるくらいか?
確かにワシリーサちゃんを置いていけば、這いずっていく事も可能だろう。だけど、ワシリーサちゃんを独りぼっちにして大丈夫か?
だめだ。今のワシリーサちゃんは無防備だ。何かあったらと思うと恐ろしくて、独りになんて出来ない。
あっそうだ!
いっそのこと私が"ソーマ"を飲んで、ワシリーサちゃんを連れて行き、"魔法紙"でハナナちゃんを治す! ……というのはどうだ?
これまでの中では、実現可能な画期的アイデアだ。でも、これは博打になるぞ。
風呂敷包みが無事に見つかればよいが、見つからなければハナナちゃんを治す方法を失ってしまう。
そんな大勝負をして大丈夫か? だけど、他に方法は………
「お、お父様! お父様!」
ワシリーサちゃんの慌てた声に、突然思考が遮られる。
「あれを! あれを見て!」
彼女が指さす方向を見ると……犬? いや、狼だろうか?
泉方面にイヌ科の動物が現れ、こちらを見ていた。月に照らされて輝く白い毛並みが、幻想的で美しかった。
イヌ科の白い動物は三匹いて、仲が良いのか寄り添うように密集している。
ん? あれ? 何かおかしいぞ。あれって、まさか………
「あれが"森の番犬"? 本当にケルベロスなのか!?」
「それも白銀の"番犬"ですわ! ワタクシ、生まれて初めて見ました!」
私は初めて見る三首のイヌに感激し、ワシリーサちゃんも美しい白銀の毛並みにため息をつく。
しかし、それも長くは続かない。
"白銀の番犬"の背後に広がる闇に、数え切れない数の眼光が現れた。
百匹か? 千匹か? まるで森にいる全ての"番犬"が集まり、群れを成しているようだった。
「お、お父様! 怖いです!」
「だ、大丈夫だよリーサちゃん。森に悪さをしない限り"番犬"は安全だって、ハナナちゃんも言ってたし……」
目の前の惨状は、私達のせいじゃないから大丈夫だよね? ね? ね?
あ……もしかして、"ジ・ライア"は言い逃れできないか?
突然"白銀の番犬"が単身飛び出した。そしてあっという間に近づいてくる。
私は最後の力を振り絞り、ワシリーサちゃんを背負って立ち上がるが、だめだ。足が動かない。
逃げるか? 無理。
戦えるか? 無理。
諦めるか? 絶対嫌だ!
じゃあいっそ話し合うか? ははっ、そりゃ傑作だ!
動物と話せるとかロマンだよな。子供の頃はドリトル先生が大好きだったよ。
ダメだ! 何も思いつかない! せめてワシリーサちゃんだけでも……って、あれ?
"白銀"は私達を素通りしてしまう。そして駆けていく先には……。しまった! 狙いはハナナちゃんかっ!?
もう、なりふり構っていられない! 私が"ソーマ"を飲んで"白銀"と戦う!
敵わない事は嫌になるほど分かってる。でも、ハナナちゃんをこのまま見殺しになんて出来るものか!
ズボンのポケットに入れていた巾着を取る。中にあるのは目薬のような小瓶。蓋には御札のようなものが貼られ、封印されている。これを剥がして……
「見て! お父様! 見てください!」
背中のワシリーサちゃんが、必死に右腕を上げ指さす。
見ると、"白銀"はハナナちゃんの側に座り、悲しそうに鳴いていた。
まさかあいつも、"白銀"も、ハナナちゃんの知り合い!?
怪我を負ったハナナちゃんを心配しているのか?
封印を破りかけた小瓶を、慌てて巾着に戻す。
あ、危なかった! もう少しで自ら希望を打ち砕くところだった。
正に危機一髪だ。
「なあリーサちゃん。アイツに話しが通じると思う?」
「えっ!? お父様、"番犬"とお話しできますの!?」
「分からないけど、"白銀"がハナナちゃんを心配してるなら、試してみる価値があると思わない?」
「そう……ですわね。想いが一緒なら、伝わるかもしれません。やりましょう、お話し合い!」
ここから二人の必死の説得が始まった! しかしグダグダすぎるので詳細は省略。
苦労に苦労を重ねた結果、"白銀"は私達を信用し、たったの5メートルだが背中にも乗せてくれた。
そして、ついに私達は、ハナナちゃんを救えるのだ!
次回最終回?
はたして今日中に書けるのか?




