2-84 集う4 ~思い出せっ!~
"ライア"が粉々に砕け、初めて下半身が露わになったワシリーサちゃん。
服装は膨らんだスカートといった洋風アレンジもなく、雪子姫やゆきめのように極端に丈が短いわけでもない。
いたって普通の着物だった。そのまま時代劇に出てきても違和感は無いだろう。
足は和装らしく足袋を履いていたが、草履も靴も履いていない。どこかで脱げた……いや、元から履いてなかったのか?
もしかして"ライア"は車いす代わりだった? ワシリーサちゃんは足が不自由だったのか?
……今はそれどころじゃないだろ! 目の前の事に集中しろ!
二体のシカクは、"ライア"が脱出すると巨大蛙への攻撃を止め、今は私達をジッと見ている。そんな気がする。
もしかしたら私達をどうするか、処遇を相談しているのかもしれない。
おかげで、蛇に見込まれた蛙のように動けない。シカクが次にどんな手を打つか見極めなければ、逃走した途端殺されるだろう。
私ではなく、ワシリーサちゃんが………
そして二体のシカクが動きだした。
頂点に展開していた鉄球が、液体金属のように揺らぎ出すと、どんどん小さくなっていく。
これは……物理攻撃形態を解除しているのか? その動きはまるでCGのようだ。
やがて元の立方体に戻ると、ダメージを負ったシカクが徐々に近づいてくる。
……と思いきや、横を素通りしてハナナちゃんの元へ向かって行った。
ダメージ持ちの一体目は、あくまでハナナちゃんをターゲットにするようだ。
……ああ、まずい!
もしもの時はハナナちゃんを頼むって、エコーちゃんに言っちまった。
でも、私は動けない。迂闊に動いてシカクを刺激したら、何が起きるか分からないからだ。
無傷の二体目はどう動く? 恐らくワシリーサちゃんをターゲットにする気だろうけど……
ピンッ ピンッ ピンッ ピンピンピンピンピンッ
くそっ! 殺す気満々かよっ!!
私はワシリーサちゃんを抱き上げる。予想していたより軽い。身体も小さい。
ハナナちゃんとは同い年だと思っていたが、もしかして年下か? それとも発育不全の病弱美少女か?
とにかく、軽いのはありがたい。担いだまま逃げられるなら、生き残れるチャンスも上がる。
夜の闇に赤いレーザーが放たれ、徐々に近づいてくる。
狙いを付けられたら終わりだ! 遮蔽物でワシリーサちゃんを隠さないと! でもどこへ?
森の木々……は遠すぎる。心身共にボロボロで、辿り着くのは無理だ。
おまけに関所への道は一方通行で、道幅が狭い。むしろ危険かもしれない。
ならば、この円形バトルフィールドの倒木を利用するのは?
ネズミのように地べたを這いずり、隙間に潜り込めば、振り切れないまでも時間は稼げるはず……
時間……か……
時間! 時間!! 時間!!! 時間!!!!
そうさ! 私には時間を稼ぐ以外、何も出来ない! そんな事は分かってる!
だけど、助けが来るのは夜明けだぞ! あと何時間耐えきればいい!? 3時間か? 4時間か?
これまで生き延びたのだって奇跡なのに、これ以上どうすりゃいいんだよっ!
突然、左足首に違和感が生じる。姿勢を崩した私は仰向けに転倒した。
目に入ったのは美しい夜空だった。星が瞬き、月も輝いている。
神は天にいまし 世は全て事も無し か……。
ちくしょう…… ちくしょう…… ちくしょう……
「何で私にはチートが無いんだよっ! 異世界転生もののお約束だろうがっ!」
私は夜空に向かって叫んでいた。天空の神々に届くだろうか。
もうだめだ…
左足首が痛い。捻挫だろうか。それとも骨折か。いずれにせよ、走るのは無理だ。
もとより体力も筋力も若さも無かったが、今はスタミナも無い。意識を保つのも限界だ。
夜空に幾本ものレーザーが走る。ひと思いに殺さず、少しずつ狙いを定めるのは、恐怖心を煽るためだろうか。
赤いレーザー線は一つの方向にまとまり始めていく。ワシリーサちゃんが倒れている場所へ……
やがてシカクから腐食光弾が射出され、ワシリーサちゃんは生きながら腐っていくのだ。
ゴメンよ。ゴメンよ。ゴメンよワシリーサちゃん。私には無理だ。君を助けられない。
惨めで醜く殺されるくらいなら、せめてもの情けで、私の手で楽にしてあげられたら……
シュウ君が相棒君にしてあげたように、楽にしてあげられたら……
…………ちが…う…
違う! 違う! 違う! 違う!
思い出せっ! 思い出せ雄斗次郎! 映画"ミスト"を思い出せっ!
絶望して諦めた先に訪れた、あの胸くそエンドを! 二度と観たくなくなるトラウマエンドを!!
あんな風になっちゃいかん! あんな風にしちゃいかん! 一分でも! 一秒でも!
最後の最後まで足掻くんだ!
私は必死に起き上がると、転倒した際に投げ出してしまったワシリーサちゃんに這いよる。
何故かシカクは私を攻撃してこない。シュウ君も攻撃されなかった。きっと何らかのルールがあるんだ。
だから私がこの身で、ワシリーサちゃんの盾になればいい。
しかし、六つの頂点から発するレーザー線は最低でも六本。実際にはもっとあるはずだ。
全てをこの身でさばききるなんて不可能だ。勝算なんて無い。全ては水泡に帰すだろう。
それでも、それでも、ワシリーサちゃんを護るんだ!
ああ、エルピスよ! 希望の女神よ! 一生のお願いだ! 私を諦めさせないでくれっ!
クワァン!!
突然、金属と金属がぶつかり合うような音が響き、風が舞った。
それと共に、私の周囲に当てられていたレーザー光線が消える。
ちょうどワシリーサちゃんの顔を見ていたせいで、何が起きたか分からない。
振り返り、シカクがいた場所を見ると、シカクはどこにも見あたらない。
代わりにそこに立っていたのは……誰だ?
私に気付いた人影が話しかけてくる。
「もしかして、おじさんがガングビト?」
「あ……ああ。そうだけど……」
「よかった〜♪ やっと見つかった♪ おじさんのこと、昨日からずっと探してたんだ!」
そう言うと、小さな人影は笑顔を見せる。
褐色肌で銀髪で高い声。年齢は十二〜三歳の子供のように見える。
どっちだ? 声変わりしてない少年か? ボーイッシュな少女だろうか?
服装を見ると、勇者を彷彿とさせる赤い服に白いマント。右腕は肩から全体に包帯が巻かれている。
何よりもインパクトがあったのは、漫画"ベルセルク"のガッツの武器"ドラゴン殺し"を彷彿とさせる、
大きく、分厚く、重く、大ざっぱな作りの鉄塊を、右手で軽々と持ち上げていた事だった。
「君は……誰?」
「え? あ! ごめんなさい! ちょっと待ってね。ええっと、たしか……こうだっけ?」
アタフタしながら、その子はポーズを決め、そしてこう言った、
「お、おうきゅうせんし、けんざん!」