2-82 集う4 ~守護神~
大胆にも啖呵を切ったワシリーサちゃんに、私は血の気が引く思いだった。
しかし、シカクに反応はない。良かった! 脅威とはみなされていない! 今止めればまだ間に合う!
「よ、よすんだリーサちゃん! 死んじまうぞ!」
いや、まて。まさかワシリーサちゃん、死ぬ気なのか!?
囮になってシカクを撹乱するから、その間にハナナちゃんを回復させて逃げろと?
「心配は御無用ですわ、お父様。勝算は、ございます!」
勝算がある!? アイツはハナナちゃんに瀕死の重傷を負わせたんだぞ! そんな相手に勝算が?
………いや、
ワシリーサちゃんは忍びの里のお姫様だ。切り札を隠し持っていたとしても不思議はない。
"ライ"を介してではなく、直接この地に現れたのも、切り札を使うためか。
不安はある。
その切り札に、ワシリーサちゃんの命を削るようなリスクがあったら?
シカクに通用しなかったら?
だけどもう、後がない。ワシリーサちゃんを信じて頼るしかない。
「分かったよリーサちゃん! 君に託す! 絶対に、絶対に、死ぬんじゃないぞ!」
「はいっ♪ お任せください、お父様♪」
満面の笑顔を残し、ワシリーサちゃんが跳ぶ。
これを今生の別れにはしないでくれ。頼むよ神様。頼む。頼む……。
「コラオッサン! 祈ってる暇があったら手を動かすんだよ! 思い出せ! 何を預かったか!」
シュウ君に叱られた私は、慌てて風呂敷を広げる。中に入っていたのは紙の束だった。
「これは……なんだ?」
試しに一枚めくって中身を見る。これは……日本語だ! 日本語で何か書いてある。
「おおっ! あのカエル娘、いいもん持ってきたじゃねーか。
こいつはな、オッサン。"魔法紙"って言うんだ。
この紙を持って、書かれている呪文を唱えりゃ、誰でも魔法が使えるって寸法よ!」
「誰でもって事は、ガングビトの私でも使えるのか?」
「もちろんだ。規模の大きな魔法となるとマナが必要になるが、魔法石を持ってりゃ代用できるぜ」
魔法石……。ああ、あれか! "掃除屋"を解体した時に出てきた黒い石。
ハナナちゃんから記念に一個もらったし、ハナナちゃんも換金するためポーチに入れていた。
多分、あれだけあれば十便だろう。
今はシカクが監視しているから無理だが、いつでも唱えられるよう、今のうちに呪文を把握しておこう。
さて、この魔法紙はどんな効果があるんだ?
…………
う、………
あああっ………
なんてこった………
達筆すぎて……読めないっ!!
この魔法紙、いつ作られたものなんだ?
戦前か? 明治大正か? 江戸時代? それとも戦国だったりする?
解読できるのかっ? 私にっ!!
そんな感じで、私がアタフタしていた頃……
ワシリーサちゃんと共に"ライア"が跳躍し、砕かれた甲羅岩の跡に着地していた。
半径二十メートルの"爆心地"。ちょうど良いバトルフィールドだった。
ワシリーサちゃんは祈りを捧げると、印を組み、呪文を唱え始める。
「剛霊無招来! 我らにチカラを!
偉大なるかな 我らが守護神!!
お出でください! "ジ・ライア"!!」
ワシリーサちゃんの頭上に、半径三メートルの巨大魔法陣が現れる。
そこから、巨大な塊が現れ、ワシリーサちゃんを押し潰すように落下した。
"石渡の術"が使えなければ、ワシリーサちゃんはそのままペチャンコだっただろう。
私がその塊に気付いたのは、その後だった。
突然の地響きと共に、シカクが反応した!
爆心地を見ると、甲羅岩跡に甲羅岩を上回る巨大物体があった。
それは全高五メートルの、巨大なカエルだった。
材質は恐らく岩石だと思われるが、それが生き物のように動いていた。
登場シークエンスを見ていなかったため、巨大カエルが召喚されたのか、"ライア"が巨大化したのかは分からないが、あの中にワシリーサちゃんがいる事は確信できた。
ピンッ ピンッ ピンッ ピンピンピンピンピンッ
ヴゥゥン
シカクの全ての頂点が開き、赤い目玉が現れる。
だが、最初に仕掛けたのは巨大蛙だった。
口を開くと長い舌をビュッと伸ばし、シカクに絡みつけたのだ!
そのまま凄い力でシカクを引き寄せ、ロープのように振り回すと、何度も何度も大地に叩きつける。
予想外の大迫力バトルと、予想を上回る善戦ぶりに、私は口をあんぐりと開けたまま、呆然と見ていた。
すげぇ。マジですげぇよワシリーサちゃん!
このままやっつけろ! 頑張れ! 頑張れ! 頑張れ!
そこで突然の反撃!
シカクが全砲門を巨大蛙に向け、一斉に腐食光球を放つ。
ビュン!! ビュビュン!! ビュビュビュン!! と、立て続けに放たれた光球は、全て巨大蛙に命中。
光球の連射攻撃により、周囲は昼間のように明るくなる。
その激しい猛攻に、巨大蛙はシカクを放してしまう。
ま、まさか、腐食効果が染み込んで、ワシリーサちゃんにダメージを与えているんじゃないのか?
ワシリーサちゃんは無事なのか?
いや、多分、光に驚いて怯んだだけだ。巨大蛙の動きに隙はない。
巨大蛙は舌をしまうと、自慢の脚力を活かして上空へと跳び上がり、一体どこまで跳んだのか、豆粒のように小さくなる。
なんだ? まさかライダーキックでも食らわせる気か?
シカクの光弾は真上に放たれている。これは………まさか全体重に重力を加算した、プレスアタックか!?
やばい!! やばい!! 爆風が来る!
エコーちゃんを胸ポケットに……ああチクショウ! 肌着しか来てなかった〜〜〜〜!!!
とにかくエコーちゃんを捕まえ、ハナナちゃんの顔の隣に置くと、ハナナちゃんの顔を上着で覆い、私も身を伏せる。
少しして、凄まじい衝撃音と、シカク落下時には及ばないものの、かなりの衝撃波が私達に襲いかかる。
砂埃が一時的に視界を奪うが、巨大蛙の猛攻は続いており、何度も何度もプレスアタックの落下音が聞こえていた。
音が止み、視界がクリアになって見えたのは………
地面にめり込み、身動きが取れなくなったシカクと、その上に乗っかる巨大蛙の勇姿だった。
まさかの完全勝利……なのか?
すげぇ! すげぇよ、ワシリーサちゃん! あのシカクをやっつけちまった!
嬉しくて踊り出したい気分だったが、踊り方が分からない。
とにかく両手を振り回し、跳ね回って喜びを表現する。やった! やった! やった!
いや……、いや、いや、喜んでいる場合じゃない。急いでハナナちゃんの怪我を治さないとな。
私に魔法紙の文字は達筆すぎて無理だったが、あれは隠れ里から持ってきたものだ。
ワシリーサちゃんならきっと読めるだろう。
よかった。よかった。本当によかった。
ん?
頭上で光るあの星はなんだ?
やけに明るいけど……