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2-79 集う4 ~最後の希望~

 シカクが牙を剥くのは何時だろう?

 王宮戦士が敵対行動を取った時か? それとも、宿場町の人々が射程距離に入った時か?

 いずれにせよ、シカクから一斉に放たれた光球は、周囲を一瞬で腐乱地獄に変えてしまうだろう。

 宿場にいるのはどんな人達だろう?

 多くは冒険者や旅の商人だろうか? 彼らは危険を覚悟しているはずだ。ここまでの災厄は想定してないと思うが。

 だけど家族連れはどうだ? 都会の生活に夢見る娘や、田舎に帰る母子がいたら?

 彼女ら一般人は、抵抗どころか逃げる事すら敵わないだろう。

 若くて、幼くて、無害で、優しく、美しい人達が、生きながら腐ってく……

 そんな地獄が脳裏に浮かんで、私は吐き気を覚えた。


 どうする? どうすればいい?

 シカクは王宮戦士でないと倒せない。

 最も近くにいる王宮戦士は関所を護っていて、身動きが取れない。

 助けを求めて関所に近づけば、宿場の人々が犠牲になる。

 だけどこのまま何もしなくても、ハナナちゃんが死ぬ。

 進むも地獄。留まるも地獄。

 私は、私はどうすればいい?


 まるで時が止まったかのように、沈黙が訪れる。

 しかし実際には、貴重な時間はどんどん失われていた。

「関係……ありませんわ」

 沈黙を破ったのは、ワシリーサちゃんだった。

「そんな事、関係ありませんわ、お父様。

 ハナナさんを救う方法が他に無いのなら、迷う事なんて一つもありません。

 急いで関所に向かいましょう」

 無理に明るく振る舞うワシリーサちゃん。その声は震えていた。


「ふざけんなよ! クソガエル!」

 次に沈黙を破ったのは、シュウの言葉を代弁するエコーちゃんだった。

「オレ達冒険者は、根無し草のろくでなしさ。裏じゃ、人様に話せないような汚れ仕事だってやってる。

 だけどな、冒険者にだって仁義ってやつがある!

 いくら助かるためとはいえ、素人さんを生け贄にするなんざ、決してやっちゃならねぇんだ!

 それで生き残ったって終わりだ! もう誰からも信用されない。冒険者としても、人としても、終わっちまうんだよ!」

 確かに……思い当たる。

 ハナナちゃんがコーガイガの隠れ里を頼らず、泉に篭もっていたのも、ワシリーサちゃん達を巻き込みたくなかったからだ。

 シカクが襲来した時、私を先に逃がしたのも同じ理由だ。

 関係の無い人間を巻き込みたくない。誰よりもそう望んでいるのは、ハナナちゃん自身なのだ。


 そこで私も沈黙を破る。

「じゃあ、どうすれないい。シュウ君。君はどうすればいいと思ってるんだ?」

「そんなの、決まっているだろ………」

 しばしの沈黙の後、シュウ君は答える。

「これ以上苦しまないよう、楽にしてやれ。それしかない」

 楽にしろ…だって?

 それはつまり……つまり……


 ハナナちゃんを介錯しろと? 殺せと言うのか?


「お黙りなさい! エコー・ベル!! 妖精風情が偉そうにっ! アナタに何が分かるというのですっ!」

 激高するワシリーサちゃんは、エコーちゃんとシュウ君の区別が付けられなくなっていた。

「分かってないのはお前だ! クソガエル!」

 対するシュウ君も、ワシリーサちゃんがカエルなのだと思っているらしい。

 ベル妖精と小さなカエルが、罵倒の応酬を繰り返していた。

 シュールなギャグを見せられているような錯覚に陥るが、とても笑えるような状況ではない。

 その罵倒には命がかかっているのだ。


「オッサン! あんたなら分かるだろ? その娘っ子の名誉を汚しちゃダメだっ!」

 エコーちゃんを介して、シュウ君が訴える。

 ハナナちゃんが望む事は分かる。無関係な人を巻き込むなら、きっと死を選ぶだろう。

 でもそれじゃ、私は何のために戻って来たんだ? ハナナちゃんを助けるためじゃなかったのか?

 瀕死のハナナちゃんを楽にしてやるためだったのか?

 それに……

 

「お父様! お父様! お願いです! ハナナさんを、見捨てないで!

 ハナナさんは、たった独りのお友達ですの! ハナナさんがいなくちゃ、生きていけません!

 お願いです! お願いです! お願いです!」

 ワシリーサちゃんがカエルの"ライ"を通して必死に訴える。

 ハナナちゃんを介錯すれば、ハナナちゃんの名誉は守られるだろう。

 だけどその場合、ワシリーサちゃんはどうなる?

 ワシリーサちゃんの心はどうなる?

 ハナナちゃんを諦めるという事は、ワシリーサちゃんの心も諦めるという事だ。

 本当にそれでいいのか?


 ハナナちゃんを諦めれば、ハナナちゃんの名誉は守られ、宿場の客も犠牲にはならない。

 だけど、私の苦労は全て水泡に帰し、ワシリーサちゃんの心が壊れる。


 ハナナちゃんを助ければ、ハナナちゃんの名誉は汚され、宿場の客が犠牲になる。

 私もワシリーサちゃんも地獄に堕ち、ハナナちゃんの心が壊れるかもしれない。


 いずれにせよ、命の選択が出来るのは私だけ。決断し、実行できるのは、現場にいる私だけなのだから。

 

 私は、私はどうすればいい?

 進むも地獄。留まるも地獄。

 だけどこのまま何もしなくても、ハナナちゃんが死ぬ。

 助けを求めて関所に近づけば、宿場の人々が犠牲になる。

 最も近くにいる王宮戦士は関所を護っていて、身動きが取れない。

 シカクは王宮戦士でないと倒せない。

 どうする? どうすればいい?


 シカクは

 王宮戦士でないと

 倒せない…


「二人とも、ちょっと黙ってくれ!」

 大声を出して、罵倒の応酬に終止符を打つ。

「私に教えてほしい! "野薔薇の王国"に王宮戦士は何人いるんだ? 関所以外にもいるんじゃないのか?」

 エコーちゃんを介してシュウ君が答える。

「確か……百人だったはずだ。そう聞いた覚えがある」

「そんなにいるのかよ! だったら……」

「だけど、大半は何らかの任務を受け持ってるだろうし、助けを求めるにしても、本部は王国の首都"ノイバラ"だぞ。遠すぎるって!」

「なんでわざわざ本部に行くんだよ! シュウ君と違って私やリーサちゃんは国民じゃないんだ。首都どころか国土にだって入れないよ」

「それもそうか…。じゃあどうすんだ?」

「関所にいる王宮戦士に連絡を取ってもらう。関所から離れられなくても、応援を呼ぶくらいしてくれるんじゃないか?」

「来てくれたとしても、どれだけ時間がかかるか分からんぞ」

「確かにね。連絡、準備、出動。どれもそれぞれに時間がかかるだろうさ。だけど、優先順位を上げる事は出来ると思うよ」

「そんな事が!? マジかよ!」

「ああ、大マジさ」

 続いてカエルの"ライ"を手に取り、ワシリーサちゃんに話しかける。

「リーサちゃん、いくつか確認させておくれ。君は今、"石渡の部屋"にいるんだよね?」

「は、はい」

「確かそこから、関所に向かう門があるって言ってたよね?」

「はい。確かに」

「次に、王国から報奨金が出ている件だけど…。それだけ王国は私を真剣に捜している。そう言う解釈でいいんだよね」

「その通りだと思いますわ」

「そうか……。よし、分かった!

 リーサちゃん! 君に頼みたい事がある! ハナナちゃんを助けるために、どうしても必要なんだ!」

「ハナナさんのため……も、もちろんです! 何をすればよろしいですか?」

「まず、今から関所に向かってほしい。"ライ"のように遠くからカエルを操るのではなく、直接会いに行くんだ。その方が深刻さが伝わるからね」

「直接……はい、分かりました!」

「次に王宮戦士か関所の責任者に会って、助けを求めるわけなんだが、ここて2つの事を必ず伝えてほしいんだ。

 まず、禁忌の遺跡から現れたシカクが関所の側にいる事。コイツは王宮戦士でないと倒せないくらい危険なヤツだって事は強調しておいてほしい。救援隊がただの冒険者じゃ、無駄死にするだけだしね。

 その上で、シカクが人質を取っていると伝えてほしいんだ。人質の中にガングビトがいるってね。王国が本気で私を捜しているのなら、優先順位は上がるはずだよ」

「な、なるほど…。きっと、きっと最優先で来てくださいますわ♪」

「私が行けたらいいんだけど、保護と称して拘束されるのがオチだからね。人質として残るしかないんだ。

 多分、これがハナナちゃんを救う最後のチャンスだと思う。大変だけど……頑張ってね!」


 "ライ"は横たわるハナナちゃんの側まで跳ねると、しばしの間ハナナちゃんの顔を見つめていた。そして振り返ると…

「エコーさん、シュウさん、先ほどは取り乱してしまい、酷い事を言ってしまいました。本当にごめんなさい」

「ああ、いや、オレこそゴメン……」

「お父様。しばしの間、ハナナさんをお願いいたしますね。

 では、行ってまいります」

 そう言い残すと"ライ"は躍動感を失い、小さな石の置物に戻った。


 頼む……。頼むぞ、ワシリーサちゃん。

今回はメッチャ苦労しました〜〜〜(><)

なんとか今日中にうpできてホッとしています。

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