1-9 回想 〜ヤマビコ=サン〜
だめだ。ちっとも眠れない。
今は何時だろう。そう思いながら腰のベルトに付けた携帯ホルダーに手を伸ばす。が、そこに携帯電話は無かった。森で落としたのだろうか。それとも泉に水没中か…。どっちにしても回収は絶望的だな。
私の愛機はSOLAR PHONE SH007。ソーラーパネルの付いた携帯電話だ。一応防水対応機。
少なくとも5年以上の付き合いで、そろそろバッテリーが保たなくなっていた。機種変するには良い頃合いだろう。無事戻れたらスマホに……いや、電話機能以外ほとんど使わないし、ガラケーで十分だ。頻繁に外出するわけでもないし、仕事に行くのも自転車通勤だったしな。ネットはパソコンの方が良い。何より画面のサイズが違うものな。
ま、あくまで無事に戻れたらの話だけどさ。
主に雪が原因で視界が白一色になり、方向、高度、地形などが識別出来ず、自分が何処にいるか分からなくなってしまう現象を、“ホワイトアウト”という。私は織田裕二主演の同名映画でこの名を知った。
今回は濃霧が原因だが、ホワイトアウトと呼んでも遜色ない程に視界が最悪だった。両手を目の側に近づけても見えないのだから。
目を閉じれば黒い闇が広がり、目を開ければ白い闇が広がる異常事態。
今思えば、あれが怪異の始まりだったのだろう。
しかし私は、それが異常事態とは思い至らず、関ヶ原特有の自然現象か、もしくは何者かの人為的悪戯ではないかと疑っていた。
理由はあの臭いだ。何故か濃霧には名古屋を思わせる数々の料理の臭いが充満していたのだ。
目を閉じると名古屋の繁華街にいるような錯覚が起きる程で、それが異常事態を嘘っぽく感じさせていたのだった。
……ちょっと待てよ?
名古屋を思い起こすグルメな臭いと、ホワイトアウトを引き起こすほどの濃霧?
名古屋と濃霧…。
そこから連想するものと言えば、今朝のアレだ。
名古屋駅上空を覆っていた、高層ビルの高層部が隠れて見えなくなるほどの濃霧。
これから今思いついた妄想を吐き出そう。
先に断っておくが、厨2どころではない。小学生じみた妄想である。
名古屋を漂っていた濃霧は、実は意思を持った生命体である。例えるなら、テレビ東京の人気番組『空から日本を見てみよう』の“くもじい”だ。
仮に“きりじい”&“もやみ”と名付けておこうか。
二人(?)は昨日、名古屋でグルメを堪能したのだ。そして今朝は名古屋駅上空にいて、私を見張っていた。
電車に乗り込んだ私を見つけた二人(?)は、関ヶ原まで追いかけてきて、私に襲いかかってきたのだ。
濃霧がグルメの臭いで溢れていたのは、“きりじい”&“もやみ”の胃袋の中だからと考えると辻褄は合う。
ははっ…“きりじい”に“もやみ”か。
小学生どころじゃないな。これじゃ園児向けの絵本の発想だよ。
胃袋の中にいたのなら、何時間も濃霧の中にいた私が消化されなかったのは何故だっての!
鯨に飲み込まれて胃の中で生活してた、ピノキオのおじいさんじゃないんだからよ!
子供じみた戯れ言はここまでにして、改めて振り返ってみよう……
濃霧によるホワイトアウトで身動きが取れなくなった私は、少し道の横(と思われる方向)に数歩移動し、しゃがみ込んだ。山の歩道だから車やバイクは通らないだろうが、念のためだ。
住宅地が側にあってもここは山道。迂闊に動けば確実に迷う。遭難間違い無しだ。とにかく霧が晴れるのを待つしかない。
まったくよ。あともう少しで大谷吉継公のお墓参りが出来たって言うのにさ。勘弁してくれよ、もう!
しかし、待てども待てども濃霧は晴れなかった。時間を確認したかったが携帯の表示すら見えない。
ここにきて寝不足が祟ったか、何も出来なくて退屈したせいか、急速に眠くなってくる。もういいや。寝ちまえ。
すやぁ………
それからどれだけ経っただろう。何かの音で目が覚めた。驚いて辺りを見回すが、あいもかわらず真っ白いままだった。
いや、違う。自分の手足が見えるじゃないか! どうやら確認できる程度には回復したようだ。視界1メートルくらいだろうか?
どうやら希望が見えてきたようだ。日も落ちてないようだし、もう少し霧が晴れて来たら移動しよう。
その時だ。背後からガサガサと音が聞こえたのは。枝を揺らした際に、葉っぱが擦りあって出る音だと思う。
振り返ると、濃霧の中にボンヤリと灯火が見えたような気がした。もしかして懐中電灯? つまり、人がいる!?
「おーい!」と私は声を張り上げる。するとすぐに返事が返ってきた。
「おーい!」と。
間違いない! 人だ! しかも可愛い女の子の声だった! しかし何故女の子がこんな所に?
ああそうか。なるほど分かった。“歴女”さんだな。
歴史好き、もしくは歴史通な女性のことをそう呼ぶらしい。きっと私のように行軍コースを歩いていて、濃霧に巻き込まれたのだろう。
気になったのは方角だ。明かりが見えた方角は、明らかに山道から外れていた。もしかして濃霧の中、遅参した徳川秀忠軍のように強行行軍して、遭難してしまったのではないだろうか。
「大丈夫ですか〜!」心配になった私は、そう声をかける。すると、
「大丈夫ですか~!」と可愛い声で返された。優しい娘さんだな。
いや、私の心配は良いんですよ。それより自分の心配をしてくださいよ!
「私は大丈夫ですから〜!」
「私は大丈夫ですから~!」可愛い上に健気か……ん?
ここに来てようやく、おかしな事に気がついた。
霧の向こうから聞こえる声は、紛れもなく可愛い女の子の声だ。具体的に言うと、女児のような幼い声ではなく、声優さんの声に近い。
にもかかわらず、アクセントもイントネーションも私と完全に一致している。まるでこ山びこだ。
もしかして、ボイスチェンジャー的な何かで、私の声を変換しているのか?
反響する声がここまで変わるなんて、自然現象ではあり得ない。だけど、誰かの悪戯にしてはスケールがでかすぎないか?
何なのだ、これは!! どうすればよいのだ!?
はっ!!!
こ、これはまさか…、私に唄えというのか、あの唄を……。
くそっ! やってやる! シャア少佐だって、戦場の戦いで勝って出世したんだっ!
そんなよく分からないテンションで熱唱したのは、作詞 おうち・やすゆき、作曲 若月明人、『やまびこごっこ』であった。な〜つかしぃなぁ。
するとなんたる真似っ子さん!
完璧なタイミングで後から付いて唄ってくるではないかっ! 真似すんなやっ!
しかしどう考えてもやまびこさんではない。どちらかと言えばこだま……いや、エコーか?
山彦。木霊。それにエコー。現象としてはどれも同じだが、正体は違う。
山彦は日本の山の神、精霊、もしくは妖怪である。
木霊は樹木に宿る精霊だ。つまり外見上は樹木そのものである。
そしてエコーはギリシャ神話に登場する森のニンフ。ニンフとは精霊もしくは下級女神の事である。つまり……
エコーだけは、紛れもない女の子なのだ。
出勤直前のうpでございます(><)
何かミスがあったらごめんなさいです。