2-74 集う3 ~告白~
「ワシリーサちゃん! もしかして"石渡の部屋"には、関所に行ける門もあるんじゃないのかい?」
「関所……ですか? "野薔薇の王国"の? ええ。確かにありますわ。その近くに出られる門が」
「だったら頼む! 私の代わりに王宮戦士を呼んで来てほしい! 救援要請をしてほしいんだ!」
「ワタクシが……救援要請?」
「ああ、そうだよ! 本当は私がハナナちゃんに頼まれたんだ! 関所には王宮戦士が必ず一人は常駐しているから、助けを求めてほしいって!」
「まあ、ハナナさんが?」
「私は途中で引き返してしまったし、今のハナナちゃんを放ってはおけない。だから、代わりにワシリーサちゃんに行ってほしいんだ!」
「…………」
「ワシリーサちゃん? 聞こえてる?」
「はい、聞こえています。あの……お父様? 本当にハナナさんがそのような事をおっしゃったのですか?」
「え?」
「いえ、その…疑っているわけではないのですが、にわかには信じがたいものですから……」
「それって……どういうこと?」
「確かに"野薔薇の王国"の関所には、王宮戦士が常駐しております。
その任務は関所防衛。関所に害成す如何なる脅威も撃退し、排除するが使命ですわ。
それはつまり、関所が常に脅威にさらされているという事でもあります。
もし王宮戦士が関所から離れれば、すかさず関所破りを目論む下賤共が現れましょう。
故に、王宮戦士は関所から決して離れられません。救援要請なんて無意味ですわ」
「じゃ、じゃあ、あのまま関所に駆け込んでも、救援は見込めなかった? 無意味だったのか!?」
「そうなりますわ。あり得ませんもの。だからこそ信じがたいのです。
ハナナさんだってそのことは重々知っていたはずなのに、何故そのようなウソを……
あ、あら? お父様? どうなさいました?……」
ああ………。なんてこった……。
ハナナちゃんが何故ウソをついたかって? そんなの決まってるじゃないか。
私を逃がすためだ。戦いに巻き込ませないためだ。
ハナナちゃんの馬鹿野郎! 大嘘つきの大馬鹿野郎め!
君はとっとと逃げ出すべきだった。こんな生きる価値も無いオッサンなんか放っといて、むしろ囮にして、スタコラサッサと逃げ出すべきだったんだ。
くそっ! くそっ! くそっ! くそっ!
許さねぇ! 絶対許さねぇぞ、ハナナちゃん!
絶対に助けてやるっ! 助けた後に、延々とくだを巻いてやるからな! 覚悟しとけよ!
「お父様? お父様、大丈夫ですか?」
「あ……ああ、大丈夫。泣いてないからっ」
「は…はい」
「そんな事より、ワシリーサちゃんは今、自由に動けるんだよね?」
「はい。一応は…。ですが、ワタクシ自身が動いている間は、"ライ"を操れません。お話が出来なくなりますの」
「動いている間は連絡が取れず、こうして話している間は身動きが取れないのか……了解した。
そこで相談なんだけど…」
「はい」
「関所の王宮戦士が無理なら、別の誰かに救援要請は出来ないだろうか。例えば……例えば……そう! コーガイガ!」
そうだよ!
ワシリーサちゃんの隠れ里は、忍の里じゃないか!
腕利きのニンジャマスターの一人や二人、いたっておかしくない!
「ごめんなさい。無理です」
「……………」
「うちの忍び衆は、此度の件ではお役に立てられません……」
「そういえば、昨日から仕事で出かけてるんだっけ? それじゃしょうがないね」
「それも……あります」
「それも?」
というと、他にもあるのか?
なんだろう……。
ワシリーサちゃんは、躊躇いながらも口を開いた。
「うちの忍び衆が受けたお仕事は……昔のクライアントからの依頼でしたわ。
頭領であるワタクシのお父様はお断りする気でしたけど、助けてほしいと泣き付かれてしまい…。これを最後にと渋々受けましたの」
「長く生きていれば、そう言う事もある。貸し借りとか、しがらみとか……。それは、仕方ないんじゃないかな」
「どんなお仕事だと思いますか?」
「そうだな…。ニンジャの仕事だろ? となると、諜報活動や汚れ仕事。あとは普通に戦闘要員かな?」
「実は、ガングビトの確保でしたの。それも生死を問わず……です」
「え!?」
それってつまり……私の確保って事か? それとも、ガングビトなら誰でもいい?
「ああそうか! 私には"野薔薇の王国"から報奨金が出てるんだよね。
忍び衆が総出で私の捜索をするくらいだから、多額なんだろうね。
脅かさないでくれよ♪ 冗談キツイぜワシリーサちゃん♪」
「違います! 違いますの!!」
突然取り乱すワシリーサちゃんに、冗談ではない、不穏な空気を感じる。
「王国からの公式発表は、今日のお昼頃です。リークもあるでしょうし、情報通なら事前に察知していても不思議はありません。
ですが、お父様達忍び衆がお仕事を受けたのは、昨日の朝なのです」
昨日の朝!? 昨日の朝って……
私が関ヶ原に辿り着いたのが、昨日の朝の7時過ぎだ。
それから史跡めぐりを始めて………
突然の濃霧で足止めを喰らったのは、大谷吉継公の墓の近く。10時半くらいだったと覚えている。
濃霧を脱出し、この森に迷い込んだのは、携帯電話を無くしたので正確な時間は分からないが、夕方前の昼下がりだったと思う。
つまり、コーガイガの忍び衆は、私が濃霧で身動きが取れなくなった辺りで、仕事を受けていたって事になる。
これは時系列的におかしい。私が迷う事を事前に知っていなければ、不可能なのだ。
「それってつまり、こう言う事なのかい?
そのクライアントこそが、"野薔薇の王国"が執り行った"移籍召喚の儀"を妨害した黒幕だと」
「正確には、黒幕の下請けですわ。孫請けかひ孫請けか……もしくは玄孫受けかそれ以下で、真の黒幕たる元請けが何者なのか、分からなくしているみたいです」
ああ、なるほど。こう言う事か。
私は最初から、オトギワルドの政治的陰謀に巻き込まれていたのだ。
ああ、くだらねぇなぁ。
「あの……お父様? 驚きませんの?」
「いや、驚いてるよ? でも、政治だの陰謀だのは、正直どーでもいいんだよね」
「どうでもいいって……お父様のお命や、身の振り方に関わる大問題ですのよ!?」
「私はね、ワシリーサちゃん。ハナナちゃんを絶対助けるって決めたんだ。何が何でも絶対助けるってね」
「は……はい」
「だからさ、ハナナちゃんを助けるためなら、陰謀に巻き込まれようが、身売りしようが、命を投げ出そうが、交渉材料になろうが、一向にかまわないんだ」
「え……ええ」
「ところが!…だ。このシカク野郎がいるおかげで全部パァなんだよ!」
「そ……そうなんですの?」
「例えばだ! コーガイガの忍び衆にだ! 私を確保させる代わりに、ハナナちゃんを助けてくれと交渉するだろ?
さあ問題だ。忍び衆の力でシカクは倒せるのかい?」
「無理だと思います。忍び衆は対人戦に特化しておりますし。仮に総出で挑んでも、シカクの腐食光球で全滅かも…」
「そういうこと。シカクを倒せない者と交渉したって、無駄死にが増えるだけなんだよ。
頼れるのが王宮戦士だけなら、やる事は決まってる。ハナナちゃんを関所に連れて行くんだ。
だからワシリーサちゃん!」
「は、はい!」
「引き続き、知恵と知識を貸してくれないか?」
「…………」
「頼むよ。ハナナちゃんを助けると思って。君が頼りなんだ!」
「も、もちろんです! もちろんですわ。いっぱい頼ってください!」