2-73 集う3 ~あれ?~
私はハナナちゃんの側に座り、目を閉じる。
これでひとまず身体は休まるだろう。しかし、心が安まるはずも無い。ついつい色々と考えてしまう。
ハナナちゃんの怪我は心配だ。
はたしてガングワルドの医療技術でハナナちゃんは治せただろうか。怪我は治っても酷い後遺症を残ったかもしれない。
幸いこの世界、オトギワルドの回復魔法や治療薬はチートレベルだ。
私が昨夜、右手に負った深傷も、ハナナちゃんの塗り薬で一晩で治ってしまったものな。
本当に悔やまれる。私なんかのために使い切ってしまうなんて!
それにしても、シカクはどうしてエコーちゃんを殺そうとしたんだ?
"掃除屋"を殲滅したのはまだ分かる。集団で接近してきたし、狙いがハナナちゃんだとは分からなかったのだろう。
だけどエコーちゃんは、敵対行動を取ったワケじゃない。ハナナちゃんを回復させようとしただけだ。
いや……それこそが敵対行動だったのか?
シカクにとってハナナちゃんこそが一番の脅威であるため、エコーちゃんの回復行為を敵対行動と判断したとか…
それならハナナちゃんに止めを刺した方が、手っ取り早いし確実なんだよな。
何故ハナナちゃんを追い詰めながら、止めを刺さ無い?
止めを刺す気が無いなら、何故ここに留まっている?
そもそも、ハナナちゃんが戦ったシカクは、本当にこいつなのか?
ハナナちゃんがチェストプレートごと喰らった致命傷は、どう見ても打撃系だ。拳で殴るとか、弾頭を打ち込まれるとか。
しかし、さっきシカクが"掃除屋"に放った光球は、生命だけを腐敗させる特殊な攻撃だった。
攻撃方法がまるで違うのだ。敵に応じて攻撃方法を変えているか、あるいは別個体?
別個体としたら、そいつは何処にいる?
いや……待てよ? シカクが二体いるとしたら……
あくまで仮説だけど、辻褄はある。
一体は打撃系の攻撃をするシカク。ハナナちゃんに致命傷を負わせる。
もう一体は腐敗系の攻撃をするシカク。ハナナちゃんに近づく者を片っ端から殲滅する。
つまり二つのシカクは敵対関係にあり、腐敗系は打撃系からハナナちゃんを守るためにここにいる……とか?
そうなると、二体目のシカクは何処にいるんだって話だよな。この説には無理があるか。
それならいっそのこと、シカクが二重人格だったって説を提唱した方が良いんじゃないか?
人格が変わる度に、ハナナちゃんを狙ったり、守ったりしてるって考えた方が、まだマシな気がする。
いかんな。思考の迷宮に捕らわれてるみたいだ。
シカク以外の事を考えてリセットしよう。
私は何気なく周囲を見渡す。
ハナナちゃんは……
チェストプレートを外す前は死んでいるようだったが、今は眠っているように見える。
時々咳き込んで血を吐くが、呼吸が出来る分ずっとマシだろう。
エコーちゃんは……
光の粒を出し過ぎて疲労困憊といった感じだったが、休んでいる間に元気を取り戻したようだ。よかった。
とはいえ、唯一の回復持ち。今はシカクが邪魔して使えないが、もしもの時のためにチカラは温存しないといけない。
怪我はもちろん、正気を失わないよう気をつけないとな。私が。
ワシリーサちゃんは……
っていうか、小さなカエルちゃんだな。彼女はハナナちゃんの側にいて、決して離れようとしない。
大好きなハナナちゃんの意識が戻らないから、心配で心配でしょうがないのだろう。
あれ? そういえば……
「あの……ワシリーサさん?」
「え? はい?」
「いつの間にか"ちゃん"付けで呼んでてごめんね。馴れ馴れしかったよね」
「いえ、むしろ新鮮でした。そのように呼ばれたのは生まれて初めてでしたし」
「ははは、そうだよね。お姫様だもんね」
「ですから……これからも"ちゃん"付けで呼んでいただけますと、嬉しく思います」
「そ、そう…。じゃあワシリーサちゃん」
「はい。なんでしょう? ハナナちゃんのお父様」
いやいやワシリーサちゃん、それは違うってもう知ってるでしょ? まあいいや、それは後回しだ。
「ちょっと気になったんだけど、ワシリーサちゃんは今どこにいるの? 流石にそのカエルの中じゃないよね?」
「"ライ"は……このカエルは、遠隔操作しているだけですわ。今のワタクシは"石渡の部屋"におります」
「石渡の部屋? それはなんです?」
「"石渡の術"を使う際に生まれる中間地点です。ワタクシは大岩に入るとまず"石渡の部屋"に来ます。ここから進みたい門を選んでそこに入ると、別の大岩から出られるのです」
「ん? ずっと"石渡の部屋"にいるのですか? それは何故?」
「"ライ"の遠隔操作には目や耳も使います。その間は無防備になりますので、一人になれる"石渡の部屋"は都合が良いのですわ」
ようするにVRゴーグルを付けてオンラインゲームをしているようなものか。このカエルちゃんはアバターってワケだ。
あれ? ちょっと待てよ?
「確認ですが、ワシリーサちゃんは"石渡の部屋"に閉じ込められているのですか?」
「……いいえ。壊された門は甲羅岩だけですし、その気になればいつでもコーガイガの里に戻れますわ」
「えっ!? えええっ!?」
「は、はい?」
「それって……つまり……」
「はい。なんでしょう?」
もしかして……
ワシリーサちゃんを介せば、助けを呼べるのでは?




