2-65 集う3 ~胸騒ぎ~
くそっ! くそっ! くそっ! くそっ!
私は走った。
悪態をつきながら走った。
何処へ向かっているかって? グラウンド・ゼロに決まってる!
私に選択肢など、初めから無かったのだ。
言い訳ならいくらでも出来る。
ハナナちゃんの話だと、関所まではあと少しらしい。
なるほど。確かにハナナちゃんの俊足ならあと少しだろう。10分とかからないかもな。
だけど私の鈍足ではどうだ? 運動不足の私では、1時間以内でたどり着けるかすら怪しい。
なんとか関所へ辿り着けたとしよう。
救援要請が承諾されるまでに、どれだけの時間を要するだろうか?
王宮戦士を捜し、事情を説明して、必要なら身元を明かし、頼み込む。それが私に出来るのか?
口べたで、説明が苦手で、人見知りなコミュ症なんだぞ! そんな私に出来るのか?
それでも必死の説得が功を奏し、救援を承諾してくれたとしよう。
シカクは強敵だ。そして王宮戦士が強くても限度がある。
立ち向かうのなら、相応の準備が必要ではないか?
準備にどれだけの時間がかかる? 今夜中に出撃してくれるのだろうか?
もっと致命的な問題がある。
もし、関所や王宮戦士がお役所仕事だったらどうなる?
必死に訴えたところで「担当外だから他を当たってくれと」と、たらい回しにされるかもしれない。
もし仕事が17時までなら、関所の門はすでに固く閉ざされ、明日の9時まで待たされるかもしれない。
一刻一秒を争うというのに、直ちに救援に向かう未来がイメージ出来ないのだ。
対して、突然音が消えたのは私が走り出して間もなくだ。3分か5分ほどしか経ってない。
だったら一度引き返して状況を確認し、その上で関所に向かっても良いのでは?
もちろん、関所への到着はその分遅れる。だけど、関所で無駄に足止めを喰らう可能性を鑑みれば、微々たるものだ。
その程度の遅れで、ハナナちゃんの頼みを疎かにした事にはならないだろう。
言い訳ならいくらでも出来るのだ。
だけど………
私には分かっていた。ハナナちゃんは救援なんて、はなっから期待してないのだ。
何故ハナナちゃんは誰も頼らず、独りで泉に篭もっていたと思う?
誰かを頼れるような子なら、とっくにワシリーサさんを、彼女の隠れ里を頼っていたさ。
私には分かっていた。ハナナちゃんの望みは、私を戦場から遠ざけることなのだ。
救援要請なんてただの思いつき。真意は私を戦いに巻き込みたくなかったのだ。
つまり、私は今、ハナナちゃんが最も望まない事をしている。
私は今、ハナナちゃんにとって最悪の状況を生み出そうとしているのだ!
ごめん! ごめんよハナナちゃん!
私が役立たずなのは知ってる。足手まといなのも知ってる。
だけどダメなんだ。胸騒ぎが止まらなくて、居ても立ってもいられないんだ!
私の"嫌な予感"なんて当たったためしがない。
そりゃそうだ。私のは"予感"じゃなくてただの心配性だからな。
家を出る時、ちゃんとカギをかけたか、ガスの元栓を閉めたか心配になって、何度も何度も確かめてしまうマヌケだ。
でも確かめないと一日中気になって、仕事が手に付かなくなってしまう。
だけど希に、ごく希に、かけ忘れ閉め忘れが判明するんだよ。
そんな時は、引き返して良かった。確かめて良かった。…と、ホッと胸をなで下ろすんだ。
つまり私はただ、心の内の不安を解消したいがために、命の危険を顧みず、戦場に戻ろうとしているわけだ。
我ながら思う。「バカじゃねーの?」って。冗談抜きで死地に向かってるんだものな。
だから私は腹をくくった。
ここで死ぬならそれもいい。運が無かったと諦めるさ。
必死に生きてきたつもりだけど、40を過ぎても何も成し遂げられなかった。
だからもういいさ。私が死ぬのは別にいいさ。私が死ぬのは……ね。
やがて森が開け、ハナナちゃんと別れたあの場所へと辿り着いた。
私は倒木の影に隠れると、息を整え、聞き耳を立てる。
静かだった。草木が夜風にそよぐ以外の音が聞こえない。
周囲には小動物もいないようだ。爆風に飛ばされて死んだか、逃げ出したかだろう。
ハナナちゃんはどこだ? シカクはどこだ? 倒木の葉っぱが邪魔をして、ここからは何も確認できない。
やはり爆心地に近づくしかないようだ。
光って目立つエコーちゃんを懐に隠すと、放射状に倒れた木々に身を隠しながら、前へ進む。
可能な限り背を低くしてコッソリ移動し、聞き耳を立て、気配が無い事を確かめた上で頭を起こし、周囲をそっと見回す。
目星を付けたら再びコッソリ移動。そうやって少しずつ、少しずつ、爆心地へと近づいてゆく。
それを繰り返して5回目になるだろうか?
いた……
見つけた!
シカクだっ!
距離にして10メートルくらいだろうか。
金色に輝く立方体は、音を立てずに浮遊していた。
その不思議な光景に、つい見とれてしまっていたが、ハッと我に返り、私は慌てて身を隠す。
聞き耳を立てるが反応は無かった。気付かれなかったのか?
私は木々の隙間からそっと覗き、シカクを観察する。
やはり、動く気配はなかった。
どういうことだ? 私を"無害な虫けら"とでも判断したか? だったらありがたいが。
視界が狭くて、たまたま私に気付いてないなら、迂闊に顔を出すのは危険だ。用心はした方が良いだろう。
さて、シカクはいる。ではハナナちゃんは?
腹をくくって数秒間顔を出し、周囲を見渡すが、ハナナちゃんは見あたらなかった。
もしハナナちゃんが逃走したなら、当然の結果だ。ここにいないんだからな。
もしハナナちゃんが隠れているなら、やはり当然の結果だ。能力をフル活用して隠れるハナナちゃんを、私に見つけられるわけがない。
逆に私は、ハナナちゃんには丸見えだろうな。
もしかしたら、「なにやってんのオトっつぁん~~っ!!」と、声にならない絶叫を上げている最中かもしれない。
シカクに危険を感じなかった私は、少し大胆になる。
思い切って、倒木から身を乗り出したのだ。ハナナちゃんの悲鳴が聞こえてきそうだ。
私の上半身が丸見えになるが、それでもシカクは反応しない。
罠か? それとも活動そのものを停止している?
まあいい。今はとにかく手掛かりだ。動かないならありがたい。シカクをじっくり観察しようじゃないか。
金色に輝く六面ダイスのような立方体。それがシカクの第一印象だ。
一辺は大体2メートル。それが地上1メートルくらいの高さで浮遊している。
浮遊と言ってもフワフワと浮かんでいるような感じではなく、座標が固定されているというか、見えない台座に乗っかっているような感じだ。
あれ?
立方体の向きのせいで気付かなかったが、よく見ると、立方体は不自然に傾いていた。
まるで夜空を見上げているようなのだ。その方角……私の背後には何がある?
振り返ると、そこには月が出ていた。綺麗な満月だった。
四角いシカクが、丸い月を見上げている……のか?
もしかして、月が綺麗だから、ハナナちゃんを追うのも忘れて見とれているとか?
あのシカクに人の心があるなら、あるいは……。まあ、違うよな。
じゃあなんだ? もしかして、ハナナちゃんの逃走経路が月の方角だったとか?
月の光でハナナちゃんを見失い、シカクは満月をじっと見つめているとか。
真相は分からない。私には確かめようもない。
整理してみよう。
森が突然静かになったのは、シカクが戦いを止めたからだ。理由は分からない。
シカクは何故か、月の方角をジッと見つめたまま停止。私の事は気にもかけない。
ハナナちゃんはシカクの手を逃れ行方不明。どこかに隠れて救援を待っているか、逃走に成功したかだ。
こんなところか? 思ったほどの成果は得られなかったな。
更なる情報が欲しければ、リスク覚悟でシカクに近づくか、時間をかけて周囲を探索するしかなさそうだ。
どちらも現実的では無いな。独りの捜索もこれ以上は限界だ。素直に救援を呼んだ方が良い。
私の胸騒ぎも気の迷いだったのだろう。いつものことだもんな。きっとそうだ。
さあ行こう。救援を呼ぼう。身を潜めているハナナちゃんが、首を長くしながら待っている。
急いで関所へ行かなくちゃな。
……………
…………
………
……
ああ、くそっ
踏ん切りを付けて、関所へ向かうことにした矢先に……! なんで思いついてしまうんだよ!
思いつくならもっと早く思いつけよ! バカ野郎!!
進みかけていた私は、今一度、道を戻った。
確か……確かハナナちゃんが言っていた。
シカクの正面には禁忌の遺跡と同じ印がついていると。そう言っていたような気がする。
私は倒木に隠れながら可能な限り近づくと、再び身を乗り出し、目を凝らす。
シカクは本当に、満月の方向を見上げているのか?
見上げているなら、六面体のうちの月に向いた面には、印が付いているはず。
イメージとしては6面ダイスの1のような感じ。遠目には赤い1つ目に見えるんじゃないだろうか。
その印はどこにある? 月側か? それとも他の面か?
くそっ! 眼が悪くてよく見えない! 確かめるには近づくしかない。
だけど、ここから先には、隠れられそうな場所が無い。
いや待て!
待ってくれ!
まさか……まさか……シカクは……
夜空の満月を見上げているんじゃなくて……
地面を……見下ろしている……のか?
恐ろしい考えが脳裏をよぎる。
ヤツは何を見ている? 視線の先に何がある?
ヤツはっ
ヤツはっ!
ヤツはっ!?
体調を崩しそうな激しい動悸。冷や汗が頬をつたう。
突然、光の粒が視界を覆う。懐から飛び出したエコーちゃんだった。
エコーちゃんは私の顔に抱き付いてきた。必死に止めようとしていた。
だけど私は止まれない。確かめずにはいられない。
エコーちゃんを手で祓い、私は倒木から飛び出していた。
くそっ! くそっ! くそっ! くそっ!
私は走った。
悪態をつきながら走った。
何処へ向かっているかって? 胸騒ぎの正体に決まってる!
私に選択肢など、初めから無かったのだから。
そこで私を待ってたのは……
絶望さんだった
遅れて申し訳ありません。やっと書けました。




