2-63 集う3 ~刺客~
エコーちゃんと再会し、ワシリーサさんと出会った思い出の場所は、無残にも砕かれてしまった。
突如天空より舞い降り、甲羅岩を砕いた輝く黄金の立方体。幻想的で暴力的な光景に、私は目が離せなくなる。
あれは一体何だ?
第五使徒ラミエル? それとも黄金戦士ゴールドライタン? あるいはキングピラミッダー?。
だめだ! 笑ってられる状況じゃないのに、思い当たる情報が役に立たずなオタク知識しかねぇよっ!
すると、側で立方体を見つめるハナナちゃんが、ふと呟いた。
「あの印って…まさか……」
印? 印って?
目を凝らして立方体を見つめるが、私の視力でそれらしきものは発見できない。
じっと立方体を見つめていると、ハナナちゃんが思いがけないことを言い出した。
「すまねえ、オトっつぁん。ここでお別れだ」
突然の爆弾発言に、私は言葉を失う。振り返ると、ハナナちゃんが寂しそうに笑っていた。
「な……なんで?」
「覚えてるかな。カワズヒメがいた時、禁忌の遺跡に潜ったって話をしたよね。その時ドジを踏んで、シカクにロックオンされちまったんだ」
「シカクって…つまり刺客……四角……なに? ダジャレ?」
「まさか本当に四角いとは思わないよな♪ だけど、アイツこそがアタシを狙ってるシカクだよ。
アイツの横っ腹に、禁忌の遺跡と同じ印が描かれてるからね。間違いない。
アイツの狙いはアタシなんだ。アタシと一緒だとオトっつぁんが巻き添えを食っちまう。だから、関所には一人で行ってくれ」
「で、でも…」
「大丈夫。この道をまっすぐ進めば、じきに関所にたどり着けるよ。もし迷っても、エコーが道案内をしてくれるさ。
だろ? オトっつぁんを頼むぜ、エコー・ベル♪」
私の懐から這い出してきたエコーちゃんは、相づちを打つかのようにハナナちゃんを見ていた。
「ハ、ハナナちゃんはどうするのさ!」
「もちろん逃げるさ。ただ、オトっつぁんが先に行ってくれないと、逃げたくても逃げられないんだ」
「え? え? どうして?」
「あのシカクがどう動くか分からないんだよ。
ターゲットだけを追うタイプなら良いんだ。あたしが狙われるだけだから。でももし、目撃者を皆殺しにするタイプだったら、逃げ遅れたオトっつぁんが真っ先に狙われちまう。
だから、しばらくアタシが囮になって留まるしか無いんだ。派手に暴れて惹きつけるからさ、その間に関所に向かってくれれば………
ああ、そうだ! そうしよう! 逃げるついでに重要ミッションを頼んでいいかな。救援要請だ!」
「救援要請?」
「関所にいる王宮戦士に助けを求めて欲しいんだ。あいつらは"野薔薇の王国"に属してる。アタシが"野薔薇ノ民"だと知れば、きっと助けに来てくれる。
それにオトっつぁんは移籍召喚されたガングビトだ。ガングビトたっての頼みなら、きっと応えてくれるよ」
「助けを呼べばいいんだな?」
「そうだ! その通り!
アタシは囮になって、シカクの足止めをする。オトっつぁんは関所へ向かい、王宮戦士に助けを求める。
こういうのをなんて言うんだっけ? そう、適材適所だ! 頼まれてくれるか? オトっつぁん?」
「でも……私はそんなに早く走れないよ」
「大丈夫大丈夫。アタシは早いし、強いし、しぶといんだぜ! 装甲竜の体力削るために丸一日戦い続けた事だってあんだから♪」
ヴゥゥン
突然、低く重厚な音が森に響く。それは重機の起動音のようでもあり、怪物の唸り声のようでもあった。
シカクが……目を覚ました?
「時間がない。行け! 行ってくれオトっつぁん!」
そうだ。行かなくちゃ。いくらハナナちゃんが心配でも、残ったところで足手まといにしかならない。
「わ、分かった! 間違っても死ぬんじゃないぞ! ハナナちゃん!」
「あったりまえよ! 誰が死ぬもんか!」
私は走り出す前に、今一度振り返り、ハナナちゃんの勇姿を瞳に焼き付ける。
すっくと立ち上がり、腰のショートソードを抜いた戦士の背中は、凛々しくも頼もしかった。
関所に向かって走り出して間もなく、背後で戦いが始まった。音だけでもその激しさが分かる。
金属同士がぶつかり合う音や、大木をへし折る音、大地にめり込み石や土を舞上げるような音。
ドルビーアトモスも真っ青なリアル音響だ。
時折ハナナちゃんの女の子らしからぬ雄叫びや、立方体の咆哮らしきものが聞こえ、その直後に破壊音が響く。
冒険女子とシカクの戦いは、どんどん激しさを増していくようだ。
が…………
「え?」
私は思わず振り返った。森の道を走り始めて3分くらいだろうか?
流石に草木が邪魔をして、もうハナナちゃん達の戦場は見えない。
しかし、その突然の違和感は、私を立ち止まらせるのに十分だった。
音が消えたのだ。
私は戦場から少しずつ離れていたのだから、フェードアウトしていくのなら分かる。
だけど防音シャッターを下ろしたかのように、音は突然消えた。
まるで戦いなんて最初から無かったかのように、静寂がその場を支配したのだ。
なんだ? なんだ? なんなんだ?
一体何が起きている?