2-60 集う2 ~夕暮れ~
「ハナナさんはワタクシと出会った時のこと、覚えてらっしゃる?」
「……あれ? いつからだっけ?」
「5年前からですわよ。お忘れですの?」
「ごめ〜ん」
「もう! だったら思い出させてさし上げます!
あの時ハナナさんは"エンジャーズ"という名の冒険者パーティーに所属しておりました」
「へぇ〜。あの頃か」
「窮地に陥っていたワタクシのお父様を助けていただいたとかで、"エンジャーズ"を客人として里に招きましたの」
「そうだっけ? あの頃は毎日が冒険だったからなぁ。覚えてないや」
「そうそう! 聞いてくださいな、お父様!」
「えっ!? わ、私ですか? なんでしょう?」
「あの頃のハナナさんって男の子にしか見えなかったんですのよ!
ぶっきらぼうだけれど、強くて、優しくて、綺麗な顔をしていて……
おまけに隠れ里には同世代の子がいませんでしたから、ハナナさんに話しかけられる度にドキドキしてましたの」
つまり…どろろ的な感じか。
「すると……女の子だと知った時は……?」
「丸一日寝込んでしまいました」
「そっかーーー。罪深いな、ハナナちゃんは!」
「そうです。罪深いですのよ、ハナナさんは!」
「え〜〜〜〜! なんだよ! アタシが何したって言うんだよ!」
ワシリーサさんは私の正体に気付いる。そう見て間違いない。
しかし彼女は意に介せず、何事も無いかのように、ハナナちゃんと会話を弾ませている。
むしろ、プライベート情報をわざと私に漏らしているようにも思える。
先ほどの鋭い眼光は、もう感じない。きっと正体はワシリーサさんだったのだ。
私の正体に確証を得たので、疑う必要が無くなったのだろう。
ハナナちゃんとの仲をアピールしてるのも、自分が敵でないというアピールなのだろう。
でも、それならどうして直接言わないのかな?
「…ところで、いいの? カワズヒメ。もうじき日が落ちるよ?」
「まあっ! いけない、もうそんな時間?」
ワシリーサさんは"ライア"だったか…。下半身と合体したフロッグゴーレムの向きを甲羅岩に向ける。
しかし、歩くのが苦手なようで、ノロノロと動きが遅かった。
「ハナナさんはこれからどうしますの?」
「とりあえずは、オトっつぁんと一緒に関所に向かう。そっから先は…どうしようかな?」
「故郷には戻りませんの?」
「王国に? やだよ、あんな窮屈なとこ。やれ世間体だの、やれ協調性だの、やれ女神の血筋だのと、面倒くさいことばかり押しつけてくるしさ。
おまけに女の子みたいな格好させられるんだぜ。息が詰まって死んじゃうよ!」
「え〜! 見てみたいけどなぁ。ハナナちゃんの女の子みたいな格好♪ 絶対可愛いし」
「い・や・じゃ! こればっかりはお断りだからっ! オトっつぁんの頼みでも、ダメ!」
「ちぇ〜」
「そうだな…。関所に着いたあとは…。自由気ままな一人旅でもしようかな?」
「ハナナさん、ワタクシの"ライ"は、ちゃんと持ってます?」
「カワズヒメのお守り? ああ、ちゃんと持ってるぜ♪」
ハナナちゃんは腰のポーチから、小さなカエルを出してみせる。乳白色の石を彫って作られたカエルの像は、今にも動きそうだ。
「もしもの時、きっとハナナさんの役に立ちますわ。無くしちゃダメですよ」
「分かった分かった。カワズヒメだと思って大事に持ってるよ♪」
「ハナナちゃんのお父様♪」
「あ、はい。何でしょう?」
「機会がありましたら、是非"コーガイガ"に遊びに来てくださいね。歓迎いたしますわ♪」
「そうですね。機会がありましたら、是非!」
「それではハナナさん。お父様。それにベル妖精さん。ごきげんよう」
フロッグゴーレムと合体したワシリーサさんは、ピョンと頭上に跳び上がり、甲羅岩のてっぺんに落下すると、池に飛び込むようにポチャンと消えた。
「じゃ、行こうか、オトっつぁん」
「ところでハナナちゃんよ」
「ん? なに?」
「何でワシリーサさんにホントのこと言わなかったわけ?」
「……なんだっけ?」
「なんだっけって……あの子に黙ってるよう合図してただろ!」
「ああ、あれか。うん。黙ってたら面白いかなって思っただけで、特に意味は無い♪」
「ゴラァ〜〜〜!!!!」
「あははは♪ ゴメンゴメン。でもまさか、カワズヒメが最後まで気付かないとは思わなかったな〜」
「え!?」
「ん? なに?」
「……いや、何でもない」
つまり、ハナナちゃんは騙している気でいるけど、ワシリーサさんはまるっとお見通しで、騙されているフリをしているって事だよな。
知らぬはハナナちゃんばかりなり…か、でも、それが二人の友情のカタチなら、私の口からバラしちゃいけないような気もする。
「あとでもいいから、ワシリーサさんにはちゃんと話しておいてくれよ」
「分かってるって♪」
「ほんとう?」
「ホントホント。覚えてたらね♪」
「……ったく、もう」
「えへへ♪」
憎めない笑顔で誤魔化すハナナちゃんであった。
「さあ、行こうぜ♪ 日暮れには間に合わなかったけど、関所までもう少しだ♪」
次回より"集う3"
悪夢が始まる。