表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/190

1-7 回想 〜セキガハラ〜

 眠れない。

 朝から歩き通しで、精根尽き果てているのに、ちっとも眠気が起きない。

 寝床に不満があるわけではない。確かにベッド代わりの長椅子は木製で堅く、決して快適とは言えないが、地べたに横たわるよりは遥かにましだ。リュックが枕代わりになっている。野宿だが風もなく、熱くも寒くもない。温もりは囲炉裏とハナナさんの心遣いから十分いただいた。気がつけば服も乾いていたし。それでもまあ、布団が恋しくないと言えば嘘になるけどな。

 私が眠れないでいるのは、答えの出ない問いかけを、頭の中で何度も何度も繰り返しているからなのだと思う。

 どうしてこうなった? 何故こんな所にいる? 何処で何を間違えたのだろう…。

 静かに輝く月を見つめながら、私はこれまでを振り返る…。


 きっかけは、ちょっとした思いつき。ほんの気まぐれだった。

 3月の後半に入り、思いがけずまとまった時間が出来てしまった。

 せっかくだから何かやることにした。どうせやるなら普段やらない事にチャレンジしようと思った。

 なんとかして変えたかったのだ。ダメダメな自分を。

 最初に考えたのは城巡りだった。ちょうど一ヶ月前からタワーディフェンス型のブラウザゲーにハマっていたので、聖地巡礼を前向きに検討していたのだ。ババ様かわいいよババ様っ!

 そこでネットで地図を眺めていたところ、別のものが目に付いた。

 関ヶ原だった。

 その瞬間、すっかり忘れていた学生時代の妄想が、30年もの時を越え、呼び起こされる。


「徳川率いる東軍と石田率いる西軍が激突した関ヶ原は、言うなれば東西を分ける日本列島の狭間。特別な場所に違いない!」


 思い出したのは本の虫だった厨2の頃。懐かしくも気恥ずかしい蒼き情熱。紛う事なき黒歴史だが、40を過ぎた今では一周回ってホッコリしてくる。

 しかし私は昔から行動力がなく、実際に現地へ行ったことは一度も無かった。つまり関ヶ原は、厨2な私にとっての聖地! ヤングな私の思いが詰まった魂の旅! これはもう、行かねばなりますまい!

 早速、乗り換え案内で“東京→関ヶ原”を調べ、旅行プランを検討する。


 プランA 新幹線の利用

 新幹線を使えば片道約12000円。所要時間は三時間近く。なんとか日帰りできそうだが、貧乏人に旅費だけで24000円は厳しい。問題外。

 プランB 在来線での移動

 各駅停車でなら片道約7000円。所要時間は六時間半だ。三月に野宿は辛いので宿泊の必要がある。関ヶ原は堪能できるが、往復14000円でも宿泊費込みだとあまり安く感じない。微妙。

 いや……待てよ? そうだ! 今、学生達は春休み! この時期には、もっと安くて自由に乗り降りできる、とっておきの方法があった!

 “青春18きっぷ”……だっ!

 というわけで、

 プランC 青春18きっぷの活用

 青春18きっぷは春期、夏期、冬期に期間限定で発売される“お得なきっぷ”で、価格は11850円。年齢にかかわらず誰でも利用できる。

 一人で五回、もしくは五人グループで一回利用可能。1回毎に一日中乗車可能で、乗り降り自由。つまり目的地に向かう途中で下車して、別の観光地を堪能する事も可能なのだ! あくまでその日限りではあるが。ちなみに春季のきっぷは四月十日までしか使えない。詳しいことはググってくれ。

 私の場合、連れがいないので一人での利用となる。つまり五回利用可能。必要なのは往復二回分だ。だから三回分が余ることになる。それをどうするかって?

 もちろん城巡りに使うのさっ! 方向は逆だが、宇都宮城跡地を見に行くのも悪くない。ババ様かわいいよババ様っ! 


 さて、移動手段は手に入れた。次は宿泊施設だ。恐らく一番安いのはネットカフェだと思う。6時間くらいの利用なら、料金も二千円以内に留められる。それにネットはつなぎ放題。コミックも読み放題。おまけにドリンクも飲み放題と来た。最高だなっ! 

 ただし、ネットで探す限り関ヶ原駅近辺にネットカフェは見あたらなかった。あったとしても移動手段がJRである以上、駅から離れた場所では意味が無い。試行錯誤の結果、名古屋駅の側にあるネットカフェを選んだ。名古屋からなら関ヶ原まで約50分。この程度なら問題無い。


 移動に青春18きっぷ。宿泊にネットカフェ。財布に優しくて完璧なプランだな。しかしこれだけではまだ足りない。

 関ヶ原にある史跡の大半は陣地跡。何も知らない人には石碑が立っているだけで退屈この上ない。歴史ロマンを肌で感じるには、前知識として関ヶ原の合戦を学んでおく必要があるのだ!

 幸い、近所のDVDレンタル屋に関ヶ原を題材にしたドラマがあったので、早速借りて観た。大河ドラマ『葵 徳川三代』だ。第一話のスペシャル回『総括関ヶ原』が実に素晴らしく、何回も見返してしまった。お薦めの一本である。


 準備を完璧で幸福に整えた私は、もよりのJR駅の自販機で18切符を買い、夜に名古屋駅に到着するよう14時頃に出発した。

 途中で人身事故でもあったのか、ダイヤが乱れてハラハラしたが、30分ほどの遅れで無事到着した。

 せっかくなので駅の立ち食いそば屋できしめんを食べる。美味かった。

 駅を出て、23時まで時間をつぶしてからネットカフェへ。横になれるマット席を選択。本来なら睡眠を取るべきだが、電車の中で散々眠ったので、まったりとした時間を過ごす。久々に『結界師』を読んだけど面白いな。

 そして早朝5時、ネットカフェを出る。『結界師』は10巻までしか読めなかった。続きが気になるが、今夜もう一度泊まる予定だから、その時までお預けとしよう。いくら面白いくても、本来の目的を忘れては本末転倒だからな。

 外に出ると、雨が降っていたようで、アスファルトが濡れていた。空を見上げるとすごい濃霧で、名古屋駅側にある高層ビルは、高層部が濃霧に隠れて見えなくなるほどだった。

 名古屋駅の改札で駅員さんに2回目のスタンプを押してもらい、ホームに向かう。

 始発電車はダイヤが乱れることもなく、定刻通り関ヶ原駅に到着した。通り過ぎる通勤通学客を尻目に改札を出る。

 そしてついに! 私はついに! 天下分け目の合戦の地に降り立った!

 ……まあ、看板はあるけど、町並は普通かな。うん。

 関ヶ原のアスファルトも濡れていた。空は曇っており、山々にはあちこちに霧がかかっている。だけど傘は差さなくても良さそうだ。

 早速、駅前にある“関ヶ原駅前観光交流館 いざ!関ヶ原”に向かう。どんなお土産があるのだろう。ワクワクが止まらないぜ!

 しかしここで、私は過酷な現実を突き付けられてしまう。致命的な大失敗を犯していたのだ。

 開店時間は9時だったのだ!

 時計を見ると6時40分。つまり、二時間以上待たないと交流館は開かない! 完全なリサーチ不足だ!

 辺りを見回すが、時間をつぶせそうなお店は見あたらない。しくじった。駅前なら近くにコンビニくらいあるだろうと慢心していた。

 こんな事なら名古屋のネットカフェにもう少しいれば良かった。時間制で料金が発生するから、ついつい出ちゃったんだよな。失敗した~。

 仕方ない。とりあえずリュックをコインロッカーに入れて、時間まで適当に時間を潰そう。そう思って関ヶ原駅に戻ると……コインロッカーが無いっ!!!

 いや、無いわけではない……のだが、設置場所は“関ヶ原駅前観光交流館”の中。つまり、営業時間しか使えないのだ。

 ぐぬぬ。名古屋駅のコインロッカーを利用すべきだったか……。い、いいもん! これくらいの荷物ヘッチャラだもん! 無計画なぶらり旅こそが18きっぷの醍醐味なんだもん!

 はぁ……しょうがない。一旦大垣駅まで戻って時間を潰すかな…。などと考えながら交流館の前に置かれたチラシを物色していると……

 見つけてしまった。観光用の地図。

 その名も“関ヶ原合戦 史跡めぐり”!!

 さっきまで落ちるところまで落ちていた私のテンションが、たちまちMAXまで跳ね上がった!

 これだよ! これが欲しかったんだ!! これさえあれば、今からだって史跡めぐりが出来る!

 地図には二つのコースが記させてあった。

 1つ目は“決戦コース”。「気軽に回れる!ビギナーにおすすめな道」とのことで、行程は約3km。徒歩だと約1時間で回れるとのこと。

 2つ目は“行軍コース”。「もっとしっかり歴史散策をしたい方のための道」とのことで、こちらの行程は約16km。徒歩約6時間である。

 約1時間では交流館の開店時間に届かない。ならば、“行軍コース”一択でしょう!

 大丈夫大丈夫。何も無理して全部回る必要は無いのだ。例えば小早川秀秋の陣跡がある松尾山は、コースからだいぶ離れているので、キャンセルすれば結構な時間短縮になる。疲れたら途中で引き返せばいいわけだ。古戦場跡の上に町が作られているから、駅まで戻る道はあちこちにあるしね。

 私は自販機で飲み物を買い足すと、地図を片手に歩き出した。歴史ロマンを全身で感じるぜ!


 いざ!関ヶ原!

《次回予告》

天下分け目の関ヶ原。ロマン溢れる史跡めぐりに突如暗雲が立ちこめる。いや、暗雲ではない。

それは“ミスト”か“サイレントヒル”か、立ちこめたのは真っ白な濃霧。ホワイトアウト現象は視界を奪い、進むも退くもままならない。

孤立無援の雄斗次郎。迷えるオッサンに明日はあるのか?

はじめてのオトギ生活。次回は「霧の関ヶ原」

霧の中で響く乙女の声は、天使の囁きか? 悪魔の誘いか?


仕事が忙しく、連続更新できるか自信がなかったので、ここで一旦区切ります。

出来ればもう1話、日曜までに更新したいのですが、どうなりますやら。

それまでおさらばでございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ