2-54 集う2 ~人面~
「ヒエェ~~~~~~~~~~~~!!?」
どこに需要があるのか分からない、オッサンの情けない悲鳴を聞いて、ハナナちゃんが押っ取り刀で駆けつける。
「どうしたオトっつぁん!! 何があった!!!」
「そそそそっ、そこっ、そこっ!!」
「え? 甲羅岩? 甲羅岩がどうしたの?」
「ジ、ジ、ジンメンがっ!! ジンメンの甲羅が~~~っ!!」
私は震える手で指さすが、笑顔のお面は、いつの間にか消えていた。
「ジンメン? 人のお面って事? どこにもないじゃないか」
「い、いや、今確かに、岩から生えてたんだよ! ジンメンの甲羅みたいにっ!!」
「いや、だからジンメン……まあいいか。それで? どうしたの?」
「お面が笑ったんだよ! にやりというか、にぱぁというか、そんな感じで笑いかけて来たんだよ!」
「何かを見間違えただけ……で片付けられるような状況じゃないよな」
ハナナちゃんは周囲を警戒しつつ、心当たりを探る。
「それにしても…甲羅岩にお面? 岩から人の顔が生えたって……。ん? あれ? ひょっとして……
もしかして"イシワタリ"か?」
"イシワタリ"? "石渡"と書くなら日本の地名や人名にもある名前だけど…。
それともそのままの意味だろうか? 石を…渡る……?
突然、笑い声が辺りに響き出す。甲高く、フィルターを通したようにくもったその声は、とても不気味に響いた。
一体どこだ? どこから聞こえる? もしかして……甲羅岩か? 甲羅岩が笑ってるのか?
まさかこの岩、生きている!?
やっぱり、ジンメン!?
「なぁんだよ~、誰かと思ったら…」
突然ハナナちゃんが、気の抜けた声を上げる。
「からかうのも大概にしてくれよ、ヒメ!」
ハナナちゃんは警戒を解くと、甲羅岩に向けて話しかけていた。
え? なに? ヒメ?
すると、甲羅岩は笑うのを止め、品のある言葉で喋り始める。
「ハァ〜、楽しかった♪ ごめんなさいね、ハナナさん♪」
「な、なに? どゆこと?」
「あ〜、ゴメンなオトっつぁん。こいつはカワズヒメって言うんだ」
「カ、カワズヒメ?」
カワズってカエルの事か? つまり女の子で、蛙のお姫様? じゃあこの岩は、みんなのトラウマとは関係ないの?
「一応アタシのダチなんだけど、イタズラ好きで困ってんだ」
でもってハナナちゃんのズットモか。
「まあ、ヒドイですわ。ワタクシ達、永遠の愛を誓い合った仲ではありませんか!」
えええっ!? しかも百合ってるの!? ここにキマシタワー建っちゃうの!?
「だからキモイからヤメロって言ってんだろっ! オトっつぁんが真に受けてドン引きしてるじゃねぇかっ!」
スマヌ。世間での需要が高まる一方の同性愛ものを、個人の趣味として否定する気はないんだ。だけど私には正直キツイ。ついていけない。
だから、女×女も男×男も勘弁してほしい。切に願う。
「しょうがありませんわね。今日はこのくらいで堪忍して差し上げます♪」
くもっていた声が突然クリアになり、頭上から聞こえてきた。見上げると、甲羅岩のてっぺんに人影がある。
おかっぱの髪は炭のように黒く、肌は雪のように白い。肩幅から察するにハナナちゃんより一回り小さい感じで、赤い着物を着ている。
笑顔は可愛らしいが、眼光は鋭く冷たい。何か…底知れぬ闇を抱えているような印象を受けた。
紛う事なき美少女。この子がカワズヒメ?
そこでおかしな事に気付く。カワズヒメの上半身しか見えないのだ。
甲羅岩の全高は大体2メートルくらいで、カワズヒメはこちらに身体を向けている。彼女が岩の上に座っているなら、しゃがんだ状態でも腰や足が見えるはず。
岩の上に寝転がって、上半身だけ起こしているのか? 身体が柔らかければ出来そうだし。…でも、下半身が岩にめり込んでいるようにしか見えない。
はっ! もしかしてこの岩、ハリボテなのか? 中が空洞になっていて、カワズヒメはずっと隠れていたとか?
そう思った矢先だ。
カワズヒメの身体が浮かび上がったかと思うと、ピョンっと跳び上がり、甲羅岩の側にズシッ!!と着地した。
現れたのは石造りの蛙だった。大体、横幅80センチ、全高50センチ、全長は多分100センチ。
その石蛙の背中にはカワズヒメが乗っていた。なるほど、これが名の由来か。正に蛙の姫って感じだ。
…………あれ?
ちょ、ちょっと待て! 姫の下半身はどこだよっ?
てっきり巨大な石蛙の背中に乗っていると思ったが、よく見ると…ヒメの上半身は石蛙の背中にくっついていた!
まるで下半身が馬のケンタウロス……いや、これは………
どちらかと言えば、ゴーゴン大公か?
一体どうなってるんだ、この子の身体は!
私が困惑していると、ハナナちゃんがカワズヒメにこぼし始める。
「ったく、ヒメのせいでオトっつぁんが腰抜かしちまったじゃねーかっ!」
「ええっ!? それってワタクシのせいですの?」
「どう見てもそうじゃんか! イタズラするにしても加減しろや!」
「加減ならちゃんとしてますわよっ! 誰も怪我しないよう配慮しています!」
「怪我しなけりゃ良いってもんじゃ無いんだっての! やり過ぎてるって気付けやっ!!」
口喧嘩が始まってしまった。喧嘩するほど仲が良いとは言うけれど、今はそれどころじゃないもんな。
「ハナナちゃんっ!」
「おっ、おう。ほったらかしてて済まねぇな、オトっつぁん。で、何?」
「その子、ハナナちゃんの友達なんだろ? 紹介してくれよ」
「そ、そうだね。今更隠せないし……」
「ヒドイですわっ! ワタクシのこと、誰にも紹介したくないとおっしゃるの?」
「ちげーよ! そっちじゃなくて! ヒミツの能力の方! オトっつぁんには種明かしするからな」
「え!? あっ…… そう……」
最初、カワズヒメは困惑していたが、突然、何かを察したように笑顔になる。
「そう言うことですのね♪ 分かりました♪ 構わなくてよ♪」
嬉しそうに私をハナナちゃんを交互に見つめるカワズヒメ。なんなんだろう?
そこでハナナちゃんが"種明かし"を始める。
「第一に、カワズヒメはゴーレム使いなんだ。生き物のカタチをした石像ならなんでも操れるんだよ。
第二に、カワズヒメはカエルが大好きなんだ。だから"フロッグゴーレム"を馬代わりにして乗ってる。
第三に、カワズヒメにはもう1つ特別なチカラがある。それが"石渡の術"さ。
石像や大きな岩の中に入ったり、大岩から秘密の部屋に入って、他の岩まで移動したり出来るんだ。
甲羅岩から出てきたり、"フロッグゴーレム"に身体の半分を埋めているのも、"石渡の術"の応用なのさ」
「な、なるほど……」
カエル好きは分かる。ゴーレム使いというのも理解できる。問題は"石渡の術"か。
亜空間に秘密の部屋と言えば、たしかHUNTER×HUNTERのキメラアント編に似たような能力者がいたような…。
「それってかなり凄い能力なのでは?」
「そうですのよ♪ ワタクシって凄いんです♪ もっと褒めてくださっても良いのですよ♪」
「ああ、そうだよ。確かにカワズヒメの能力は凄い。アタシもそう思う。だけどな……」
そう言うとハナナちゃんは、慢心して油断するカワズヒメの頭部に、「隙あり!」とばかりに不意打ちを仕掛けた!
「こんな凄いチカラを! イタズラに使うんじゃねぇ〜〜〜〜〜!!」
「キャ〜〜〜〜!!! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
おおっ!! ハナナちゃんが放つその技はっ!!
野原みさえがしんのすけに放つ必殺技、グリグリ攻撃っ!!
痛そうに悲鳴を上げるカワズヒメが、心なしか嬉しそうに見えるんですが……
きっと気のせいだな。うん。
というわけで、ようやくの登場、カワズヒメです。
彼女は、ハナナちゃんのズットモにして、今エピソードにおける第三のヒロインです。
昨年までは漠然としたイメージしか無かったのですが、
仕事が忙しく疲弊していた12月から2月までの間に、頑張って設定は固めておきました。
余計な設定が生えてこない限りは、しばらく執筆に詰まることはないと思います(^^;