2-47 集う ~発光体~
「おとっつぁん、ちょっとあの"コウライワ"で休憩しようぜ」
「こうらいわ? ……ああ、なるほど。甲羅岩ね」
前方を見ると、獣道の先に2メートル以上はありそうな大岩が鎮座していた。その姿は名に相応しく、どこか陸亀の甲羅を彷彿とさせる。
岩の周りは明らかに人の手によって切り開かれていた。背の高い草木は生えておらず、いくつか残された切り株は座るのにちょうど良い。
森を砂漠に例えるなら、ここはオアシス。獣道を高速道路に例えるなら、パーキングエリアだな。
そういえば……、
昔は広島へ帰る時、格安の夜行バスを活用していたな。それもトイレが付いてないやつ。
トイレ付きじゃないバスは運賃も少し安いし、途中で乗客用に4回くらいトイレ休憩でパーキングエリアに停車する。
新宿〜広島間だと大体11時間くらい乗りっぱなしだから、トイレ休憩で足を伸ばせるのがとてもありがたかった。
ついでに夜中でも開いてるお店で、ご当地土産を物色するのも楽しくてね。
最近は青春18きっぷを積極的に利用してるけど、たまには夜行バスも良いかもね。
ま、あくまで元の世界に帰還できたらだけど……
私は切り株にヨッコラショと座り、リュックを下ろすと一息つく。……さて、ハナナちゃんは?
…………………
えっと……?
何をしてるんだ?
ハナナちゃんは立った状態で、背中から身体全体を甲羅岩にピタリとくっつけ、更に右のほっぺたまで岩に押しつけると、そのままじっとしていた。
まあ、異世界だからな。奇行にしか見えないが、なんらかの意味ある行動なのだろう。恐らく… 多分… きっと…
宗教的な儀式だろうか? あるいは甲羅岩の正体はパワーストーンか何かで、触れていると体力が回復するとか?
いや、まて…。
これって…
もしかして……
何かから身を隠して、岩の先の様子をうかがっているのか?
そこで私は初めて、ハナナちゃんから笑顔が消えている事に気付いた。
「ど、どうしたのハナナちゃん」
「光だ」
「光?」
「うん。光がアタシらの後を付けてる」
私も甲羅岩に張り付くと、ハナナちゃんの視線を追ってみる。しかし、甲羅岩の先には深くて暗い森が広がるのみであった。
「何も……見えないけど?」
「そりゃそうだよ、オトっつぁん丸腰だもん。何の装備も無しで遠くのアレが見えたらやべ~よ」
ああそうか。ハナナちゃんは装備で能力を底上げしてるんだったな。
「やっぱり止まった!」
「えっ? 止まったって?」
「アタシらが甲羅岩で小休止したら、光の方も動くのを止めた」
つまり、一定の距離を保ってついて来てるってことか?
「アタシ達に用があるけど、アタシ達に近づきたくは無い。一体何なんだろうな、オトっつぁん♪」
「いや、私に言われても……ハナナちゃんは心当たり無いの?」
「思い当たるのは"番犬"だけど、光り方が違うかな」
「どう違うの?」
「ケモノの目は光を反射してギラッと光るけど、あの光はボンヤリしてるんだよ」
確かにケモノの瞳ってギラって感じで光るんだよな。
自然に囲まれていた子供の頃、夜に家の周りを懐中電灯で照らしていたら、二~三十メートル先でケモノの目が光ってビビッた事がある。
正体は放し飼いにしている飼い猫の瞳だった。懐中電灯の光りを猫の瞳が反射していたのだ。
「もしかして、ロウソクの灯火みたいなものとか?」
「そういうのとも違うかな。火じゃなくて、どっちかつーと魔法の光が近いかも……」
ケモノ瞳でも、人工照明でもなく、魔法的な灯火となりますと、明らかに私の専門外なんですが。
……いや、まてよ?
「ハナナちゃん、もしかしてヤマビコちゃんって事は無いかな?」
「エコー・ベル? ……ああなるほど! 言われてみれば確かにベル妖精っぽいね。ボンヤリしててピンクがかった光だ。
………ベル妖精かぁ」
ここでハナナちゃんは腕を組んで考え込む。
「どうしたの、ハナナちゃん」
「あれはベル妖精で間違いないと思うんだ。だけどあれは今、アタシ達を監視してる。つまり……敵側の可能性が高いわけ」
「いや、ちょっと待ってくれ。敵? エコーちゃんが? そんな馬鹿な!」
「あれがエコー・ベルかどうかはまだ分からないよ。だけど、あれの正体がオトっつぁんの命の恩人だとしても、味方だとは限らないさ」
「その根拠は監視してる……からか。でも監視なら"番犬"だってするんだろ?」
「"番犬"はいいんだよ。森を護るためって理由がちゃんとあるんだから。だけどベル妖精がアタシらを監視する理由は?」
「……分からない」
「そう! 分かんないんだよ。ベル妖精に監視される理由がサッパリ分かんない。だから疑うのさ。
分からないものは疑え。でないと命がいくらあっても足りない。これ、冒険者の鉄則だから」
冒険者の鉄則か……現場の経験者にそう言われると何も言い返せない。
"掃除屋"に待ち伏せを喰らったばかりだし、疑心暗鬼になるのもわかる。
だけど……なぁ。
「ところでハナナちゃん、ベル妖精って沢山いるの?」
「いるところにはいるだろうけど、ここら辺じゃ珍しいかな。いるとすれば、独りぼっちのはぐれ者か、誰かの使い魔かな」
「そっか……。つまり、はぐれ者であれ、使い魔であれ、あそこにいるベル妖精は、エコーちゃんでほぼ確定なのか」
「十中八九はね」
ちょっと整理してみよう。
私達を監視しているベル妖精がいる。
正体はエコーちゃんで間違いなさそうだ。
監視という目的がある以上、はぐれ者とは考えにくい。誰かに使役している使い魔と考えた方が筋が通る。
つまりエコーちゃんの正体は『バイオハザード』のエイダ・ウォンみたいな女スパイ…なのか?
泣けるぜ。
………いや、待てよ?
「ハナナちゃん、あれは本当に監視なんだろうか?」
長らく更新出来ず申し訳ありませんでした。何とか再開です。




