1-6 いやいやまさか そんなそんな(3/3)
日本を知らない? 日の本を? 大和の国を? 敷島を?
自国を知らないなんて、ぶっちゃけあり得な~~い! まさか人里離れてずっと山暮らしをしているオオカミ少女…だったりする?
「もしかしてハナナさん……学校に行ってない?」
キョトンとした顔で返事をするハナナさん。
「学校って……何?」
嘘やろ工藤~~~~!!! 学校を知らないってどういう事だよ! 義務教育すら受けてないのか!
海外ならまだ分かるんだ。学校に通うのが不可能なくらい、広大すぎる土地に住む家族とかいるものな。だけどここは日本だぞ! 日本列島の真ん中へんだぞ! 離れ小島ならまだしも、本土でそんなことあり得るのか?
いや…陸の孤島なら、もしかしたらあり得るかも? 日本列島は山が多くて平地が少ない。それに国土の3分の2が森林だ。単に私が知らないだけで、日本にも秘境が残されているのかもしれない。忍者の里とか、超古代文明の遺跡とか、幽霊族の末裔とか。ハナナさんもその1人だったりする?
「お~~~い、オッちゃん。オトジロのオッちゃん」
「はっ!!!」
「アタシのはなし聞いてる?」
「学校って何?…って話でしたっけ?」
「そうそう。それそれ」
「えっと…、勉強するところですけど…」
するとハナナさんは腕を組んで悩みはじめた。
「ベンキョウ? ベンキョウ……あっ!」
突然パッと明るい笑顔になったかと思うと、ハナナさんは嬉しそうに話し始める。
「そうだよ、そうそう! アタシ学校行ってた!」
よかった~~~! ホッとした~~~♪ もしかして異世界に来たんじゃないかと心配になってたところなんだ。マジ焦ったわ~~。
でも、じゃあどうしてさっきは学校知らなさそうだったんだ?
もしかしてあれか。小学校の校舎を、同世代の友達と遊んだり、お昼に給食を食べたり、親の仕事を手伝わなくても良い場所だと認識してる口か。うんうん。日本にもそんな時代があった。って、何時の時代の話だよっ!
そしてハナナさんは嬉しそうにこう続けた。
「道場も学校だよね! アタシ、剣の振り方ベンキョウするために通ってたんだよっ!」
は? はぁ!? どーじょー!?
「あれ? 違った? 学校じゃなかった?」
「いや、えーっと、う~ん。広い意味では学校……の一種でしょうかねぇ」
「ダヨネ♪ ダヨネ♪ うんうん♪」
落ち着け大黒雄斗次郎! 冷静に考えるんだ!
子供だからって誰もが学校に行くわけじゃない。不登校な子だっている。ハナナさんも何かの事情で不登校になって、道場の師範に勉強を見てもらってたのかもしれない。
あれ? これって正解じゃね? うん! きっとそうだ!
「チョーカッコイイ剣士になりたくて高い授業料払ったのにさ、あのクソ師匠『お前にでかい得物は無理だ。小太刀にしとけ』って言いやがって! 腹が立ったからすぐに辞めちゃった。いやまあ、確かにこっちの方が性に合ってるんだけどさ」
そう言いながら、ハナナさんは腰の得物を引き抜き、天にかざした。どう見ても大型ナイフだ。少なくとも私の知っている小太刀ではないけど…。
「どんなに頑張ってもパワーじゃ男に敵わないからね。だからスピードで勝負することにしたんだ。そしたら小太刀サイズがしっくり来るようになったんだよね。すっげぇシャクだったけど、クソ師匠の言う通りだったよ」
さっきまでのお馬鹿は何処へやら。ナイフを手にしたハナナさんは、自信に満ちていて様になっていた。凛々しく、勇ましく、そして格好良かった。
なんだろう。何かがおかしい。
私はハナナさんを見ているうちに、大きな疑念を抱かずにはいられなかった。ここは本当に現代日本なのか?…という疑問だ。
そしてひとつの可能性を導こうとしている。もしかすると、過去にタイムスリップしたのではないだろうか?…という可能性だ。
その考えに至った理由は、私が訪れた観光地にある。
天下を二つに分けた合戦の地。
東と西の境目の地。
ここは関ヶ原なのだ。
ぶっちゃけあり得ない。…とは思う。しかし、異世界よりは現実的だろう。その最大の根拠が、ハナナさんが日本語を話しているという事実だ。翻訳器があるわけでもないし、テレパシーでもない。間違いなく生の声だ。そしてハナナさんの日本語は片言ではなくネイティブ。日本人そのものと言って良い。
同じ世界にいても外国人は違う言葉を話すのだ。異世界人に日本語が理解できるはずがないだろう。現実的に考えて!
「お~~~い、オッちゃん。オトジロのオッちゃん」
「あ、はい」
「大丈夫か? 疲れてるんじゃね?」
「…そ、そうですね。今日は色々あったから、疲れていると思います」
「だったらもう寝ちまいなよ。ぐっすり眠れば、朝には元気になるからさ」
たしかに私は疲れすぎていた。だからおかしな妄想に取り憑かれているのかもしれない。一眠りしてスッキリすれば、頭も働くようになる。きっと答えだって見つかるさ。そうだ。そうしよう。
ん? なんだ?
なんだこの違和感は!
「オッちゃん、どうしたの?」
「いや、それが……右手が痛がゆくて…」
「ああ、それは傷が治って行ってるんだよ。薬が効いてるのさ」
薬が効いている? だけどこれは…… まさかそんな……
「おいおいオッちゃん! なにやってるのさ! そんなことしたら傷口がまた開いちまうよ!」
「いや、そうなんですが! そうなんですけど!」
確かめずにはいられなかった。その違和感の正体を。右手のタオルを慌てて解き剥がし、そして傷口を見る。
驚いた。
パックリ割れていた傷口が、小さくなっていたのだ。いや、過去形ではない。今もなお、少しずつ、少しずつ、小さくなっていく。それが目に見えて分かるのだ。
「なんだよオッちゃん。怪我が治るのがそんなに珍しいの?」
「はい。珍しいです。怪我をこんなに早く治す軟膏なんて、見たことも聞いたこともありません。夢やまるで奇跡だ…」
「そっか、初めて見るなら仕方ないね。アタシも初めて見たときはそうだったもの。でもガマンしなくちゃね。下手にいじると傷跡が残っちゃうからさ」
ハナナさんは子供をあやすお母さんのように優しく接しながら、私の右手にタオルを巻き直した。
こんなにスゴイ効き目の薬が現代日本にあるなんて、聞いたことがない。かといって江戸時代や戦国時代にあったとも思えない。だったら、もしかしてもしかすると…ここは異世界だったり? いや、私が知らないだけで、現代日本で万能薬が開発されたのかも……。
ああ、分からん! 全然分からん!
「だからぁっ! グダグダと悩んでないで、とっとと寝ろっ!」
「はい」
《次回予告》
眠れない雄斗次郎は、泉に辿り着くまでの経緯を思い起こす。
少なくとも朝は平穏だった。午前中は何の問題も無く陣地跡を回れた。
私の平穏を打ち砕いたのは、突然現れた濃霧だった。
いや……もしかすると30年前、中2病を拗らしていた春の頃…
平穏はすでに打ち砕かれていたのかもしれない。
はじめてのオトギ生活第3話「いざ!関ヶ原」
この予告は、特に意味も無くボトムズを思い起こしながら書きました(笑) 銀河万丈さんのナレーション最高ですね。
今回もまだ執筆してませんので、予告通りに進むかは未定です。嘘予告になったらごめんなさい。
二週連続で週末更新が出来ましたので、次も週末更新できると良いのですが…。
それまでおさらばでございます。