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2-44 復讐するはアリにあり ~もしも~

 右手に重ね着している靴下が、いい加減うっとうしくなってきたので、全部外すことにした。

 親指が動かせないのが本当にストレスだったのだ。巨大アリ以外には、役に立たないだろうし。

 そういえば、私の考案した防具はどうなったんだ? ここまできてまったく話題に上がらないが……

「ところで、片袖は役に立ったの?」

「片袖? ああ、オトっつぁんの防具か。あれはね……どうなったと思う?」

「なんだよ。もったいぶらないで話してくれよ」

「めっっっっちゃ役に立ったよ♪」

「ホント!?」

「ホントホント♪ アレのおかげでオトっつぁんの右腕が残っていると言っても過言ではないね」

「ということは、見事に食い付かれてしまったわけか」

「で、見事にすっぽ抜けたわけ。

 "親衛隊"にはオトっつぁんが二つに分かれたように見えたみたいでさ、どっちに噛みつくか混乱してたみたいだよ。

 オトっつぁんの"トカゲの尻尾切り作戦"は、そりゃあもう大成功よ」

「そっか。大成功か」

 珍しいこともあるもんだ。振り返れば、空回りばかりの人生だったのにな。

「あの時、アタシが言った通りに片袖を右腕に堅く縛り付けてたら、本当にやばかったよ」

「たまたまだよ。たまたま上手くいっただけさ」

「そんなこと無いって♪ オトっつぁんはスゴイよ♪」

 ハナナちゃんがやけに持ち上げるので、私は何だか照れ臭くなってくる。

 だが、思わず頭をかいた瞬間、激しい痛みが襲いかかってきた。

「いぃぃぃってっ!? な、なんじゃこりゃ?」

 そっと触れてみると、頭には巨大なたんこぶがあった。めっちゃ腫れ上がってる。

 いつの間に出来たんだ? 年を取ると知らないうちに手足にアザとか作るって言うが、そういうやつか?

「ごめんなさい!!」

「はい?」

 振り返ると、ハナナちゃんが土下座をしていた。

 最初は何が何だか分からず途方に暮れてたが、次第に状況が飲み込めてくる。

「このたんこぶってもしかして……ハナナちゃんの仕業なの?」

「ごめんなさい!!」

「いや、謝らなくていいからさ、訳を説明してよ」

「"掃除屋"の群れを見てパニくったオトっつぁんを大人しくさせようと、つい……」

「あー………なるほど、納得した」

「でも、やり過ぎちゃいました。ごめんなさい!!」

 もしかして巨大アリの集団に襲われた記憶が飛んでるのって、ハナナちゃんに殴られたのが原因だったりして?

「いいよいいよ、立ちなよ。ハナナちゃんが必要だと思ってやった事だろ? だったらいいさ。

 私が今こうして生きているのも、ハナナちゃんのおかげなんだし」

 そうなんだよな。鉄人のリモコンじゃないけど、死ぬも生きるもハナナちゃん次第なんだよ。だったら……

「なあ、ハナナちゃん」

「なに? オトっつぁん」

「もしもの話だけど、これから先、"掃除屋"以上の強敵が現れて、二人で逃げるのが無理だったらさ、迷わず一人で逃げろよ。私なんか見捨てていいからさ」

「は? いや、なに言ってるのさ!」

「だから、もしもの話だよ。あくまでもしもの話」

「アタシはなっ! 仲間は絶対見捨てないんだよ!」

「うん、知ってる。……いや、知ってるってのは言い過ぎか。たった一日の付き合いだしな。でも、ハナナちゃんがそういう子なんだって事は分かるよ。

 だから心配なのさ。もしもの時、私をかばって死にそうでさ。それだけは絶対止めてくれよ」

「……ちなみに、それはどうして?」

「第一に、私は年寄りだがハナナちゃんは若い。

 四十年以上生きてきても何も成し遂げられなかった私と違って、ハナナちゃんには掴み取る未来があるんだよ」

「言ってる意味がよく分かんないんだけど、アタシが若いからって事?」

「まあ……その認識でいいや。で……

 第二に、私は圧倒的に弱い。ハナナちゃんに何かあったら、私も死ぬしかないんだよ。

 二人で一緒に死ぬ事なんて無いだろ? どちらか一人でも生き残れるなら、一人でも生き残った方が良いじゃん」

「でも、あたし一人が生き残っても、気分が悪いんだけど」

「そりゃそうだけどさ。でも第三の理由が結構重要なんだ」

「第三って……まだあるのかよ!」

「第三に、"情報の抱え落ち"を何としても避けたい」

「抱え落ち? それって何?」

「クトゥルフ神話系TRPG……と言ってもハナナちゃんには分かんよな。えっと……

 今、森で妙な事が起きているだろ? それを知ってるのは私達二人だけだ。もしかしたら大変なことになる前触れかもしれない。

 対策してもらうためにも、この事態を然るべき組織に伝えないといけないんだ。だけど、二人とも死んだらそれが出来なくなる。

 誰も知らないまま事態が進行してしまうんだ。だから何としても、生きて森を出ないと行けない。分かるね?」

「それは……確かに……」

「まあまあ、ハナナちゃん♪ そんな思い詰めた顔しないでよ♪」

「そうさせたのはオトっつぁんなんだけど?」

「あはは、ゴメンゴメン。今のうちに、もしもの時の話もしておく必要があると思ったんだ。あくまで"もしも"の話だからね」

「分かったよ、オトっつぁん。だったら約束する! 絶対に二人で森を出てやるよ!

 だからオトっつぁんも、そんな気分が悪くなるような話なんかするんじゃないぜ?」

「そうだな。ごめんな。じゃあ、一緒にがんばろう♪」

「おう!」


 私は密かに祈る。二人で無事生還できますように。それが叶わぬなら、ハナナちゃんだけでも助かりますように。

 あれ? そういえば私の祈りって、届くとしたら、どっちの世界の神様に届くんだ?

 ま、いいか。とにかく、ハナナちゃんだけでもよろしくお願いします。

 その時、何かが聞こえたような気がした。

 誰かが応えたかのような声。きっと……気のせいだろう。

 そして私達は、再び歩き始めた。

復讐するはアリにあり編はこれにて終了。

次回『集う(仮)』

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