2-39 復讐するはアリにあり 〜どうした?~
好奇心は猫をも殺す。確かイギリスのことわざだったか…。
これ以上はマズイ。深入りはすまい。…そう思ったのに、どうもダメだな。
記憶が蘇ればヤバイ。そう分かっていても、どうしても考えてしまう。
“掃除屋”の攻撃は見事だった。自分の欠点を仲間との連係プレーで補い、むしろ私達を油断させるトラップに活用している。
しかし、疑問もある。
まず第一に、場所の問題。
いかに気配を殺して待ち伏せたところで、獲物が通らなければ意味が無い。この作戦を実行するには、獲物が必ず来るという確証が必要だ。
そして第二に、コストパフォーマンスの問題。
待ち伏せタイプの狩りと言えば、アリ地獄や蜘蛛の巣を連想するが、それらは大抵一匹だ。
じっと待つだけだから危険も少ないし、捕まえた獲物は独り占めできる。ローリスク・ハイリターンである。
ところが“掃除屋”は百匹以上の大群で待ち伏せていた。私達二人を捕食したとして、はたして何匹分の腹を満たせるのだろうか?
しかも大半が魔法を獲物の捕縛に使うため、自重で身動きが取れない。
捕縛に失敗し、獲物に反撃されようものなら、命という名のコストを大量に払うことになる。ハイリスク・ローリターンなのだ。
つまりどういうことか?
赤組の“掃除屋”達は、泉から続くあの道を獲物が通ると確信していて、如何なる犠牲を払おうとも獲物を殺す気でいた。
……と言うことではないだろうか?
そんな疑問をハナナちゃんにぶつけてみる。
「なんだよオトっつぁん、まだそんな事考えてるのか? もっと楽しいこと考えなよ。女の子のおっぱいとか。好きだろ?おっぱい」
「そりゃ、嫌いじゃないけど! 気になってるんだから仕方ないだろ!」
「しょうがねぇなあ、もう。発狂とかしないでくれよ」
「うん。まあ、がんばるよ」
ハナナちゃんは渋々と話し始めた。
「“掃除屋”のあの作戦、見るのは初めてだけど話には聞いたことある。あれは“掃除屋”にとっては最後の作戦なんだよ」
「最後の作戦?」
「巣穴に敵が潜り込んで来る。“掃除屋”にとっては一大事さ。だけど侵入者は強大で。束になったくらいじゃ足止めも出来ない。
巣の奧の女王様が殺されれば、家族はお終いさ。さあ、どうする?」
「どんな犠牲を払ってでも、侵入者を殺し、女王様を護る……」
「正解。正にその通り」
そこで思い出したのは、ニホンミツバチの必殺技だった。その名も“熱殺蜂球”!!
他のミツバチは持たない、ニホンミツバチだけが獲得した究極技である。
天敵のスズメバチがニホンミツバチの巣を発見し、近づいてくる。
応援を呼ばれたら巣はお終いだ。何が何でも殺さねばならない。
しかし一匹一匹が挑んでも、体格差がありすぎて太刀打ちできない。
そこで数百匹もの働き蜂がスズメバチを一斉に取り囲み、球体のようになる。これが“熱殺蜂球”である。
スズメバチと比べてニホンミツバチは僅かに高温に強い。それを利用して、ニホンミツバチはスズメバチを蒸し殺すのだ。
“絶対スズメバチ殺すハニー”による、それは正に“死のおしくらまんじゅう”!
おしくらまんじゅう♪ 押されて死ぬな♪
彼女達はそんな唄を歌っているのかもしれない・……
「ん?」
「どしたの?」
「どんな犠牲を払ってでも、侵入者を殺し、女王様を護る……」
「うん」
「ということは、これは巣の中で使われる本土決戦兵器って事だよね?」
「そういう事じゃないかな? 知らんけど」
「でも赤組が使ったのは、巣の外だよね。地上だよね」
「そうなんだよ! そこなんだよ!」
「どうして赤組は地上で使ったんだ?」
「アタシにも分からん」
「分からんのかーい!」
「すまんな」
「……ってことは、今回の赤組の決死の作戦は、本来あり得ない?」
「そうなるね。だからさっきのパニクったオトっつぁんみたいに頭がおかしくなったのかなって……」
「おい!」
「あはは、ゴメンゴメン。だけどあいつら、縄張りの境界線まで来たらピタッと止まったんだよね。青組がいなくても縄張りは越えなかったんだ」
「縄張りを越えてまで追ってきたら、女王様を護れなくなるもんな。つまり、行動は特異でも、赤組は正気だった…」
「うん。あいつら、おかしいけどおかしくないんだよ」
「つまり、こういうことだろうか?」
「どゆこと?」
「私とハナナちゃんは、赤組から『女王様の命を狙う敵だ』と判断された。しかも私達の進む道も把握していた。
だから赤組は、私達が巣に侵入する前に倒してしまおうと、森で待ち伏せした」
「…………」
「どう思う? ハナナちゃん」
「あ、うん。確かに筋は通っているんじゃないかな。
冒険者やってるとよくあるからね。知らないうちにヘンな噂を立てられて、身に覚えのない恨みを買うなんてこと。だけど……」
そこでハナナちゃんは考え込み、ふと呟く。
「だけど、言葉が通じないアリを“言いくるめる”なんてこと、出来るのかなぁ?」