2-38 復讐するはアリにあり ~何が?~
先を歩くハナナちゃんが聞いてきた。
「ところで、オトっつぁんはどこまで覚えてるの?」
「どこまで…? そうだな……」
左手に持つのは、ただの杖じゃなくて仕込み杖…。錆び付いてはいるが、カッコイイので武具に選んだ。
右手に重ねて付けてる靴下は急ごしらえの防具…。更にこの上に片袖も付けていたが……。
準備万端整えて、用心に用心を重ねてトイレに行ったな。そこまでは覚えてる。
「2人で泉を出た所まで……かな」
「そこから先の事は覚えてない?」
「そうなるね」
「そっか~。丸ごとすっぽ抜けてるのか~。………どうしよっかなぁ。話していいのかな?」
「ん? どういうこと? もったいぶってないで話してよ」
「だってさ、それって忘れたいほど怖かったってことじゃん。アタシが話して思い出したら、またパニクっちゃうんじゃないかなって」
「あー………」
確かにその危険はあるかもだけど……
「やっぱり話してよ。赤組からは離れたし、多分大丈夫だよ」
情報は大事だし、分からないままだと気になってモヤモヤするもんな。
「分かった。じゃあ話す。絶対パニクんなよ」
「うん。頑張るよ」
そしてハナナちゃんは、本気を出した“掃除屋”の恐ろしさを語り始めた。
「アタシらが泉の結界を出て少し歩いたところで、突然すっげぇ音がしたんだ。側に雷が落ちたのかってくらいすっげぇの!
だけど雷鳴なら、雷が落ちた方向から聞こえるだろ? その音はアタシらを囲むように聞こえた。実際囲まれてたんだけどね。
その音は“掃除屋”が出す、関節の音だったんだ。百匹だか二百匹だかの“掃除屋”が一斉に動き出したもんから、雷のように聞こえたわけ」
「つまり私達は待ち伏せされてた?」
「そうなるね。“掃除屋”はじっとしてると、音もしないし気配もほとんど感じないから。アタシも完全に油断してた」
「まさか“掃除屋”が、あんな戦術を仕掛けてくるなんて思いもよらなかったしさ」
「戦術? 魔獣が? アリが戦術?」
「うん。そう。まるで軍隊みたいだったよ」
「まるで軍隊……」
「次の話に進んでいい?」
「うん。頼む」
「辺り一面から凄まじい音がして、驚いたアタシ達はその場で身構えた。だけどそれ自体が“掃除屋”の罠だった。
次の攻撃に移るには、アタシ達を足止めする必要があったのさ。そして私達は、“掃除屋”の思惑にまんまと引っかかってしまったと。
ところでオトっつぁん、前に話したと思うけど覚えてるかな? “掃除屋”があの巨体で自由に歩き回れるいるわけ」
「たしか、魔法で身体を軽くしてるんだよね」
「そう。“掃除屋”は重力を操る黒魔法が使える。体重を軽くしたり、重くしたりできるのさ。この魔法は自分にだけでなく、獲物にも使えるわけ」
「だけどこの魔法、欠点がある。…というか、欠点だらけなんだけどね」
「欠点だらけ?」
「第一に、獲物が動いていると魔法が当たらない」
「なるほど、それが私らを足止めした理由か」
「第二に、“掃除屋”は同時に二つの魔法が使えない。
「つまり……獲物に魔法を使うと、“掃除屋”は身体が重くて動けなくなるのか。本末転倒だな」
「そして第三に、“掃除屋”の魔法は効果が弱いんだよね。魔法を喰らってもほとんど気付かないくらい弱いのよ」
「なんだよそりゃ。それじゃまったく意味が無いじゃん」
「そうそう、そうなんだよ! アタシもそう思ってたんだ、あの時まではね。だから油断しまくってた」
「……と、言いますと?」
「確かに一匹や二匹の魔法なんて何の意味も無いよ。だけど、十匹や二十匹が同時にかけてきたらどうだろう? 百匹や二百匹だったら?」
「あっ!?」
「その結果、アタシはともかく、オトっつぁんは完全に動きが封じられた。そう言えばあの時もオトっつぁんパニクってたな」
「そりゃあ、ただでさえ肥満で悩んでるのに、突然重くなったんだろ? そりゃ発狂ものだよ」
「あははははっっ♪ 不意打ちやめろ~っ♪」
ツボッたらしく、腹を抱えて笑うハナナちゃん。いや、別にボケたつもりは無いんだが……。ま、いいか。
散々笑って落ち着くのを待ってから、気になったところを質問する。
「でも、獲物相手に魔法を使うと、“掃除屋”は身体が重くて動けなくなるんだろ?」
「そこだよ! ヤツらしっかり役割分担をしてやがったのさ!
アタシ達の動きを封じたヤツらはいつもの“掃除屋”だけど、それとは別に攻撃担当を用意してたのさ。
一回りでかくて強そうなヤツ。多分アレは女王を守る“親衛隊”だよ」
「親衛隊……」
「そいつらが数匹、動けないアタシらに迫って来たんだよ。アレはやばかった。正真正銘、絶体絶命の危機ってやつだったよ」
ハナナちゃんはそう言うと、その時のことを思い出したか、ぶるっと震える。
「オトっつぁん大丈夫か? ……大丈夫っぽいな。なんで平気なの?」
「いや、それが……サッパリ何も思い出せないんだよ。ホントに体験したの?」
「ああ、なるほど。そりゃあれだ。オトっつぁん的には“よっぽど”だったんだよ。だから心の奥底に封印しちゃったと。
まあ分かるよ。さすがのアタシもビビったからね。もし、うっかり思い出したらオトっつぁん、精神崩壊しちゃうんじゃね?」
「はははは……そ、ぞうかも」
でもまあ、ヤバイ状況は把握できたし、十分かもな。
これ以上は深入りしないでおこう。うん。
2018.11.23 誤字を直しました。サブタイを微修正しました。