2-35 復讐するはアリにあり ~戻って来た〜
最初に気付いたのは、男の声だった。
情けなくて惨めな、オッサンの悲鳴と喘ぐ声。それが、いつまでもいつまでも続いていた。
最初に芽生えた感情は、憤りだった。
誰得だよっ!
こんな色気もない声の何処に需要があるんだよ! ホモも腐女子も喜ばねぇよ!
最初に覚えた疑念は、声に聞き覚えがあることだった。
どこか馴染みのある声。声優だろうか? それにしては素人丸出しだ。
演技にしては迫真に迫ってる。役者だろうか? しかし実写や舞台には詳しくないし……
どこで聞いたんだろう? よく知ってる声なんだが……
次に気付いたのは、女の子の声だった。
必死に悲痛に叫ぶ、年頃の女の子の声。それが、いつまでもいつまでも続いていた。
次に芽生えた感情は、懸念だった。
そりゃ、女の子の悲鳴なら需要はあるだろうさ。
恐怖シーンを盛り上げるのに、悲鳴や叫び声は必要不可欠だ。悲鳴の得意な女優“スクリームクイーン”がいるからこそ、モンスター映画は盛り上がる。
だけどなぁ…個人的には女の子の悲痛な叫びとか聞きたくはないんだよな。リビドー的に喜ぶ人もいるだろうけど、私には辛い。
次に覚えた疑念は、女の子の声にも聞き覚えがあることだった。
声優……かなぁ。若い女の子の声優は次々と出てくるから、覚えきれないんだよな。どの作品でどの役をやったかを聞いて、初めて理解できるって言うね。
ダメだねオッサンは。
ところでこの子、何か叫んでいるみたいだけど、何を言っているのかな?
何かを訴えようと叫んでいるのは分かるのだけど、何故か言葉として認識できない。
意識を集中して、聞き耳を立てれば、理解できるようになるだろうか?
とりあえずやってみるか。
集中…。
「…………!」
お、何か聞こえてきたぞ。なんて言ってるんだ?
集中、集中……
「……っ……ん!」
おお、もう少しだ。もう少しで理解できそうな気がする。
集中! 集中! 集中!
「……オトっつぁん!!」
オトっつぁん? 確かにそう聞こえた。聞いたことのある言葉だ。
えっと…なんだっけ? えっと…だれだっけ?
ええっと……ええっと……ええっと……
そうか! そうだよ! ハナナちゃんだよ!
なんだ、女の子の声はハナナちゃんだったか。通りで聞き覚えがあるわけだ。
じゃあ、さっきから聞こえるオッサンの喘ぎ声は誰だ?
泉にはハナナちゃんしかいなかったし、森を彷徨っている時も、誰にも会わなかったよな。
男を見たのは……多分、JR関ヶ原駅の駅員さんが最後だよな。
でも駅員さんの声なんて覚えてるわけ無いし。そもそも声自体聞いてないし……
じゃあ誰だ? 誰なんだ?
あ、私か。
…………
は? 私?
待て待て待て!!!
つまりっ! つまり、こう言うことか?
私はハナナちゃんの目の前で、色気ゼロの情けない喘ぎ声をあげている!?
イ〜〜〜〜〜〜〜ヤ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!
ワシハズカシイ〜〜〜〜〜〜!!!!
「くはぁっ! あ、あれ?」
突然、五感情報の全てが戻って来た。
呼吸が乱れて……苦しい……。
なんて…情けない声を……出してるんだ?
身体の…震えが……止まらない……。
それに……スゴイ汗だ…。
なんだこれ? どうなってる? 何が起きた? 私は…私は……?
だめだ。何も分からない。
説明を求めようと、私はハナナちゃんを見る。
ハナナちゃんは、呆然とした顔で私を見つめていた。その瞳には何かが光っている。
それは……もしかして、涙………だと?
涙目のハナナちゃんに戸惑っていると、突然ハナナちゃんがタックルを喰らわせてきた。
いや、違うか。
かなり痛かったけど、ハナナちゃんが本当にタックルしてきたら、この程度のダメージじゃ済まないものな。
「よかった!! 戻って来た!!! オトっつぁん、戻って来た!!!」
ハナナちゃんの顔が見えないが、感極まって抱きついてきたってのが正解だと思う。多分。
それにしても訳が分からない。一体、何が起きたんだ?
2018.11.22 サブタイトルを思いついたので修正しました、