2-33 出発準備 ~ハナナの装備~
ここでハナナちゃんの残念ファッションを紹介しておこう。
上半身には銀に輝くチェストプレートを付けている。二つの胸の膨らみを強調した、実に女性らしいデザインだ。だが、サイズが合ってない。一回りか二回り大きく、まるで樽を着ているように見えるのだ。色々と台無しである。
チェストプレートの下からは大きな笹の葉のような形の布がいくつか垂れ下がっている。ピンク色なので、女性もののインナーか上着がはみ出ているのだろう。
下半身には赤いちょうちんブルマのようなものを履いている。が、女の子のお召し物としては最高ランクに入るはずなのに、まるで色気がない。ハナナちゃんがボーイッシュなせいか、おとぎ話で王子様のような………いや違う。これは……そうか! どこかで見たと思ったら、タケちゃんマンじゃねーか! くっそ懐かしいな!
腰にはソードベルトが巻かれており、ショートソードは背面に、脇にはウェストポーチを付けている。ここはまあ、普通か。
ブーツは“おめかし”する前から履いていたものだが、よく見ると、左右に翼の装飾があしらわれていた。ギリシャ神話に出てきたような気がするけど、なんだっけ?
そしてグローブは…見た目は普通だな。ただ、左右非対称だ。右手と左手で違うものを付けているのかな?
以上が、ハナナちゃんの装備である。
一言で表すなら、それは正に“チグハグ”。
恐らく、単品としてはどれも良いものなのだろうが、一貫性がまるでない。ファッションセンス皆無な私でも、イケてないと分かる。
チェストプレートとちょうちんブルマが膨らんでいるせいで、シルエットだけ見ると、落花生の着ぐるみを着ているようだ。
「なんだよその顔は~。アタシの格好に不満でもあるのか?」
「そりゃまあ……格好良くないし、可愛くないないし、美しくもないし…」
おまけにエロくもない。…がまあ、ハナナちゃんにエロコスを望んでいるわけではないので口にはしないでおこう。
「うっせぇなぁ! しょうがないだろ! 見た目なんかにこだわってたら、金がいくらあっても足りないんだよ!」
「そりゃそうだけど…」
ん? しょうがない? つまりハナナちゃんも見た目がダサイって自覚はあるんだな。
ということは?
「…もしかして、敢えてその格好をしている? ハナナちゃんの装備には意味があるのか?」
「おう! そこに気付くとは流石オトっつぁん! まったくもってその通りだぜ!
いいか! 耳かっぽじってよく聞けよ!」
「お、おう」
「まずはこの、おっぱいがやたら強調されたチェストプレート! 実はこれ、元は“騎士姫の鎧“って名前の全身鎧だったんだ。
だけどサイズがでかすぎて普通の娘じゃ着られない。だから買い取った防具屋ではずっと売れ残ってたわけよ。
頭を抱えた防具屋は考えた。『兜や籠手だったら男でも装備できるんじゃね?』ってな。つまり、バラ売りだな。
モノ自体は良かったから、防具屋の狙い通りすぐに売れた。けど、おっぱいプレートだけは最後まで売れなかった。そりゃそうだよな。
で、店の奥で長いこと誇りを被ってたんだけど、偶然見つけたアタシが捨て値で買ったわけ。
いや、ホント良い買い物したよ〜♪ なにしろ特殊効果持ちだからね♪」
「特殊効果持ち!?」
「そう! 魔法石が埋め込まれてて、装着すると…永続的って言うのかな?…特殊効果がずっと続くんだよ。で、このおっぱいプレートは、装備込みの総重量を半分に減らすことができるんだ。試しにアタシを持ち上げてみてよ。このすごさが分かるから」
そう言ってハナナちゃんは両腕を広げる。両脇に手を入れて持ち上げてみろって事か。直接触るのは躊躇われるが、鎧の上からなら、まあ……って
「ええええっ!! ハナナちゃんがめっちゃ軽いんですけど!!」
「だろ♪」
マジで驚いた。このまま飛行機ごっこが出来そうなくらい、ハナナちゃんが軽い。明らかに物理法則を無視していたのだ。
「じゃあ今度は、アタシがオトっつぁんを持ち上げるね♪」
「へ? 私を?」
私の手をふりほどいて地面に着地したハナナちゃんは、私を軽々と持ち上げ、肩に担いだ。ハナナちゃんは女子とは思えぬ怪力だが、これは明らかにおかしい。
「えええ!!! どうなってんの!!」
「さっきも言ったろ、装備込みの総重量って。つまり持ち上げたオトっつぁんも、装備扱いになるってコト♪」
「次はプレートの中に着てるピンクの上着。これは“フェアリードレス”って言うんだ。本来はこの上着とロングスカート、それに背中に付ける羽根飾りの3ピースで一揃い。だけどアタシが欲しかったのは上着だけだったから、無理を言って上着だけ仕立ててもらったんだよね。だから一応、この上着だけはオーダーメイドなんだよね。ほんっと高かったよ〜〜」
「それで、その上着にはどんな効果があるの?」
「スピードアップさ。で、羽根飾りは飛行能力。ロングスカートはダメージ軽減の特殊効果持ちだった」
「スピードアップだけが欲しかったの?」
「そ」
「そうなのか」
「そうなのよ」
「ふ〜む……ん?」
「オトっつぁん、どした?」
「今回は実演しないの?」
「うん。スピードアップの効果は疲れるから、本当に必要な時以外は使いたくないんだよ。これから森を出ようって時だしね」
「スタミナ温存ってことね。了解」
「その次の、この赤いヤツ。名前が“プリンスブルマァ”」
「ぷ、ぷりんすぶるまぁ?」
「どこぞの国の王子様が実際に履いていたモノらしいけど、本当のところはよく分かんない」
ビートたけしさんだったら“オレ達ひょうきん族”の頃から“殿”って呼ばれてたし、あながち間違いでもないかも?
「それで、どんな効果持ちなの?」
「地味だけど、頭の回転が早くなるよ」
「頭の回転か……。確かに重要だよな。地味だけど」
「うん。確かに地味だよね。でも凄いんだよ。集中すると、周りが止まって見えるくらい回転が速くなるから。
そのおかげで絶体絶命の危機を何度も乗り切ったしね」
「それは……地味に凄いな」
「地味だけどね♪」
「アタシが履いてるこのブーツ。その名も“タラリアブーツ試作壱型”さ!」
「し、試作壱型?」
「伝令神ヘルメスの履いているサンダル“タラリア”を再現しようって、スカイエルフの技術屋が作ったのをもらったの」
ああ、なるほど。ヘルメスか。それでブーツに翼の装飾を。合点がいった。
「だけどこいつは失敗作なんだってさ」
「失敗作?」
「ヘルメスの“タラリア”みたいに、天翔るブーツを作りたかったみたいだけど、空を全然走れないからって。
でも、地面を走る分には快適だったから、ありがたくもらっちゃった♪」
「空を走るって……どういう原理なんだ?」
「なんでもこう、大地を踏み込んだり蹴る度に、重力を反転させるとか何とか…」
「つまり反重力か?」
「どうだろう? よくわかんないや」
どうやら、理想には程遠いものの、歩行、走行、跳躍等、移動のアシストになら十分に効果を発揮しているって事のようだ。
「そしてこのグローブ!」
「そのグローブ!」
「これは……」
「それは……?」
「ごめん。ただのグローブだった」
「何も無いんか〜い!」
「稼いだ金はありったけ武器につぎ込むからね。グローブまで金が回らないんだよ。だから特殊効果の無い格安グローブで我慢してる」
「そしてお待たせ♪ トリを飾るのは、我が愛剣“疾風丸”!」
そう言うと、ハナナちゃんは腰の鞘から刃物を引き抜いた。これが……ハナナちゃんの稼ぎの成れの果てか。
「“アネモイの加護”で強化された、風属性のショートソードさっ!」
アネモイか。たしか、ギリシャ神話に出てくる風の神様の総称だったな。
「その…神様の“加護”というのは、何なの? これまでの“特殊効果持ち”とは違うの?」
「似てると言えば似てるし、違うとも言えば違うかも」
「つまりどういう事だってばよ」
「う~ん、そうだな。特殊効果持ちではあるけど、特定の効果が付くんじゃなくて、全ての能力が底上げされるって言えば分かるかな」
「それってめっちゃスゴくない?」
「スゴイよ♪ めっちゃスゴイよ♪ だからめっちゃ高かったよ! これを買うためにどんだけ苦労したことか!
ただね、所詮は“アネモイの加護”なのよ。風の神様と言ってもピンキリだからね」
「ピンキリ?」
「うん、ピンキリ。西風のゼピュロスや、北風のボレアスのような上位神なら、加護もスッゴイんだけどね。
特定の神様の名前が付けられてないって事は、同じアネモイでも知名度の低い下っ端ってこと。
だから、能力の底上げと言ってもほんのちょっと。ま、それでもアタシには十分なんだけどさ♪」
「一通り紹介したけど、どうよ、オトっつぁん!」
「あ、うん…」
重量半減。
スピードアップ。
頭の回転。
移動アシスト。
そしてアネモイの加護…か。
チグハグだなんてとんでもない。能力に限れば一貫してる。
「ハナナちゃんの装備は、スピード特化か」
「そう! その通り! ソロの冒険者なんて、誰も助けちゃくれないからね。
逃げ足だけは早くしないと、命がいくつあっても足りやしない」
「なるほどなぁ」
つまり、ハナナちゃんが冒険者として生き延びるために辿り着いたのが、この格好ってわけだ。
そりゃ、聞く耳なんざ持つわけ無いわな。
……だからと言って諦めきれるか!
今は無理かもしれない。だが、それでも!
なんとしてでもハナナちゃんに、メインヒロインっぽい格好をさせたい!
秘策。奇策。孔明の罠。
練らねばなるまい。策を!