2-31 出発準備 ~my防具~
番犬→ケルベロス→刑事犬カール→警察犬の訓練→襲撃訓練
連想ゲームの果てに辿り着いたのは、警察犬の襲撃訓練で、犯人役が腕に付ける“防衛片袖”だ。
普通の防具としては微妙だが、犬やゾンビや巨大アリの噛みつき攻撃に限れば、有効に働くと思う。
ところで、子供の頃にテレビで観た防衛片袖は、麻袋を腕に巻いたような手作り感溢れるものだったが、最近のヤツはずいぶんと格好良く進化してるのな。パワードスーツの腕かと思ったぞ。
作るべき防具のイメージは昔の麻袋っぽい方で固まった。あとはその通りに作ればいい。言うは易しだな。
次の問題は、材料を調達できるか否か。調達できなければ、あり合わせで修正案、代替案を考える。
何も浮かばなければ積みだ。諦めるしかない。
「なあハナナちゃん。いらなくなった布って無いかな。大きさは腕に巻き付けられるくらい。厚手で丈夫なのが理想だけど贅沢は言わない。ボロでいいんだ」
「厚手で丈夫な布。しかも腕に巻けるくらいの大きさかぁ……。シーツ……はヤワだし大きすぎだし…。あ、このシミーズなんかどう?」
「だから脱ごうとするなぁぁっ!」
「でも、背に腹は代えられんって言うじゃん」
「それはそうだが、まだその時じゃねぇよ! とにかく脱がない!」
最悪の事を考えて一応チェックはしてみた。とは言っても、若い娘が着ているシミーズに直接触れるのは、どう考えても事案である。
そこで、その肌着がいかに丈夫であるか、ハナナちゃんに軽くプレゼンしてもらう。
「ほら、アタシがこんな感じに引っ張っても破れないんだよ。結構丈夫だろ?」
「うん。確かにな」
しかし、私の腕に巻き付けるとなると布面積が足りない。あり合わせで何とかするとしたら……私の着替えも加えるか?
完成イメージとは程遠いな。あのギミックを組み込めるだろうか……
「あ、そうだ! もしかしたら“アレ”があるかも!」
「アレ?」
「ちょっと待っててよね!」
そう言うと、ハナナちゃんは茂みへ向かった。そこはハナナちゃんの荷物や脱ぎ散らかした服が散乱していた場所だ。
「あったあった! これこれ!」
そんな声が聞こえたかと思うと、大きな布を抱えて戻ってくる。
「ほら、見てよ♪ これなんかどう?」
そう言うと、ハナナちゃんは長方形の布を広げる。
縦の長さはハナナちゃんの身長の2/3くらい。横の長さはハナナちゃんの横幅の2倍くらい。ハナナちゃんが手で持っている上の両端には紐が付いていた。
「これってもしかして……マント?」
「そう! しかも冒険者用だから、それなりに丈夫だよ♪」
マントを触ってみる。かなり丈夫そうだ。布関係は詳しくないが、動物の毛を使っているように思えた。もしかすると、この世界特有の動物かもしれない。
しかし……紐付きとはありがたい。腕に巻いた布をどうやって腕に固定するか、ずっと悩んでいたのだ。
「これはかなり良いな。私もハナナちゃんも肌着を脱がずに済みそうだ」
「そりゃ残念♪」
「でも、いいの? ずいぶん綺麗で高そうだけど」
「それがさ、一年くらい前に防具屋の主に『マントは万能だから』ってそそのかされて買ったんだけど、風でなびくのがすっごい邪魔でさ、アタシのバトルスタイルに合わないのよ。だからそれ以降、一切使ってないんだよね。嵩張るから売りに行くのもめんどくさかったし。だからオトっつぁんにあげるよ」
「でも、私が作る防具は一回きりの使い捨てなんだけどな」
「いいよいいよ♪ それでオトっつぁんが右腕を無くさずに済むなら、安いもんさ♪」
「そうか……。スマン。ありがたくちょうだいするよ」
材料も揃ったし、時間も無い。早速、作ってみますかね。my防具。
右腕に付けるmy防具は、3つのパーツで構成する。イメージはこうだ。
第一に手や指先を保護するパーツ。サイズの合う手袋が無いので、靴下を重ね付けして代用する。
第二に手首と腕を保護するパーツ。B5サイズの時刻表を被せ、セロテープでグルグル巻きにして固定する。ページ数を減らすことで厚みを調整。
第三に右腕全体を保護するパーツ。マントを右腕にグルグルと巻き、マントの紐で二の腕辺りに固定する。
これで完成だ。
さて、実際のところはどうなるか。ハナナちゃんの熱い視線を感じつつ、my防具の製作が始まった。
第一のパーツ。袖をまくり、手から腕にかけて、とりあえず3足分。6枚の布を重ねてみた。親指が動かせないのがストレスだが、我慢する。
第二のパーツ。靴下を重ね付けしたことで、腕に予想以上の厚みが出来たため、時刻表の張り付けは中止。袖を戻したことで完成とする。
そしてキモとなる、第三のパーツ。
まずマントが長かったので、右腕に合わせ、適度な長さに折り曲げる。
次に紐付きを二の腕側にして、グルグルと巻き付ける。
そして外れないよう、マントの紐を二の腕に縛り付ける。ハナナちゃんに頼んだら、血が止まるんじゃないかってくらいきつく縛られる。
こうして完成したmy防具は、“防衛片袖”とは似ても似つかないものとなった。
一言で言えば円錐だろうか? 花束を逆さにしたような感じと言えなくもない。
オタ知識に頼るなら、“東方Project”の博麗霊夢や、“ファイナルファンタジーX”のユウナの、巫女福の袖を彷彿とさせるだろう。肩と脇がむき出しになってる、ちょっとエロいヤツね。
「これで完成なの?」
「ちょっとイメージとは形が変わったけど、良いものが出来たと思うよ」
「う~ん……」
「お? 不満そうだねハナナちゃん」
「不満って言うか何というか…」
「いいよいいよ。気になることがあるなら言ってみて」
「じゃあ言うけど、これならさ、手首側も縛った方が良いんじゃないかな。固定が二の腕だけじゃ弱いっつーか、心細いっつーか」
「その意見はもっともだね。じゃあ、ちょっと試してみようか」
「試す?」
「私としても、イメージ通りちゃんと機能するか、確かめておきたいからね」
「試すって、どうするのさ?」
「ハナナちゃんに“掃除屋”役をやって欲しいんだ」
「“掃除屋”役? アタシが?」
「そう。“掃除屋”みたいに、片袖に噛みつくような真似をして欲しいんだ」
「わかった♪ そういうことなら……ギチ、ギチ、ギチ! アタシは“掃除屋”だぞぉ。お掃除しちゃうぞぉ」
低姿勢になり、“掃除屋”の真似をし始めるハナナちゃん。
こいつ……かわいいぞ!(アムロ調)
「こぉら! ヘラヘラしないでちゃんと構える! そうしないと他のところに噛みついちゃうぞ!」
「ああ、ゴメンゴメン」
気を取り直して右腕を構える。噛みつきやすく袖を前に出しつつ、噛みつかれたらすぐに腕を曲げるように……
「よし、こい!」
「いくぞ~~!! がぶっ!」
「こら~~!! 本当に噛みつくんじゃないっ! お行儀悪いでしょっ! 手でいいから! 噛みつく振りでいいからっ!」
改めて“掃除屋”の噛みつき攻撃を受ける。実際はしゃがんだハナナちゃんが両手で袖を掴んでいるのだが、シミュレーションとしては十分だろう。
一方の私は腕を曲げ、必死に抵抗している状態だ。
それにしてもハナナちゃんの握力凄すぎ! 全然動けない!
「ふっふっふっ。どうするのどうするの? このままじゃオトっつぁん動けないよ?」
「確かにな。この状態でハナナちゃんの助けを待つなら、これじゃヤバイ。だけどね、多少防御力が増えたところで五十歩百歩。状況は大して変わらないって思うんだ」
「装甲が増えれば、その分時間稼ぎができるよ。時間さえあれば状況だって変えられるさ」
真顔で話すハナナちゃん。それは、時間さえ稼いでくれれば必ず助けるという、自信と決意の表れなのだろう。
“掃除屋”の真似をしている最中に顔だけシリアスなられても困ってしまうが……
それはさておき、常日頃から命がけの現場で戦っている彼女の意見は貴重だし、耳を傾けるべきだ。ただし聞くべきはこの件ではない。
「まあまあ聞いてよハナナちゃん。そこで私は別の方法を考えてみたんだ」
「別の方法?」
「うん。今から試してみる。この方法が有りか無しか、ハナナちゃんの意見を聞かせてくれるかな」
「へ~~。面白いな。いいよいいよやってみて♪」
「じゃあ、引き続き“掃除屋”役お願いね」
「まかせて♪ いっくよ~~♪」
ハナナちゃんは先ほどよりも強く引っ張りだした、徐々に後退していき、私は踏ん張っているにもかかわらず、ズルズルと引きずられていく。
しゃがんだ状態なのに、やっぱりハナナちゃんはすげぇよ。
「よぉ~~し、お持ち帰りしちゃうぞ~~~♪」
「ひえ~~~、ヤバいよヤバいよ!」
よし、行くぞ!
私は曲げていた右腕を、“掃除屋”ハナナちゃんに向けて真っ直ぐ伸ばした!
「うわっ」
驚きの声を上げたハナナちゃんがゴロゴロと転がり、三回転して止まる。
彼女の手には、すっぽ抜けた片袖がしっかりと握られていた。
「これって……つまり、トカゲの尻尾切り?」
「そう。で、袖を取られたら一目散に逃げるわけ。使えるのは一回きりだけど、どうかな。このアイデア」
「はは…はははっ♪ こいつはスゲェや。やっぱりオトっつぁんはすげぇよ♪」
アイデアの元となったのは、ライン工場のベルトコンベアに引きずり込まれた滑り止め付き手袋。
具体的な形に行き着いたのは、オタ知識からの連想ゲーム。
固定を二の腕のみにしたのは、腕を伸ばせば袖が外れるようにするため。
時刻表を腕に巻かなかったのは外れた袖が引っかからないようにするためだった。
必死に考えて、あり合わせででっち上げたmy防具。
役に立ってくれるといいんだけどな……。