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1-4 いやいやまさか そんなそんな(1/3)

 ハナナさんに運ばれて岸辺に上がると、人工物があることに気付いた。拳大の石で四角く囲んで作った囲炉裏と、左右に置かれた大きな長椅子だ。どちらも年期が入ったもので、この泉が古くからキャンプ地として利用されているのだと分かる。私を左の長椅子に下ろし、ハナナさんは右の長椅子に座った。

 長椅子は丸太を綺麗に割って二つの半円柱にし、平面を上にして並べていた。大の男が横になれるくらい広く、寝返りさえ打たなければ小さなベッドになりそうだった。

 囲炉裏の中は、どちらも灰や燃えカスしか残って無かったが、ハナナさんが要領よく葉っぱや小枝をくべ足し、竹筒で息を吹きかけると、たちまち火が蘇り、温もりを分けてくれるほど大きくなった。

 そして、ハナナさんもたき火に両手を近づけて暖をとりはじめる。そりゃそうだよな。私と違ってハナナさん、体脂肪率低そうだもの。おまけにずぶ濡れの私に肩を貸したせいで、ハナナさんもずぶ濡れだ。せっかく身体を拭いて肌着を着たというのに、本当に申し訳ない。

 はっ! 肌着ごとずぶ濡れという事はっ! ま、まさかっ!?

「ん? オッちゃんどうした?」

「え!? いやっ、あのっ」

「…ああ、大丈夫だよ。厚手の丈夫な生地だから、濡れたくらいじゃ透けないって」

「あはははっ そ、それは良かった…」

 こんな状況でも気になってしまうのは、私が真性のむっつりスケベだからか。それとも男にとっては普通の態度だろうか。

「それよりオッちゃんよ、その右手どうしたのさ? 血で真っ赤だぜ?」

「え?」

 見ると、ずぶ濡れのタオルが右手に巻かれていて、真っ赤に染まっていた。そうだった。ハナナさんの産まれたままの姿が強烈すぎたせいで、すっかり忘れていた。

「それが……森を彷徨っていた時なんですが、茂みに刃物があったみたいで、手を突っ込んだ瞬間、スパッとやっちまいまして……」

 パニクった私はとにかく止血しようと思って、首にかけていたタオルでグルグル巻きにしたのだった。

「そりゃ大変だなぁ……。あ、そうだ! 凄く効く傷薬があるんだよ! ちょ~っと待ってなよ!」

 ハナナさんは突然立ち上がると、数歩離れた茂みに向かう。囲炉裏の明かりが届かなくて見えにくいが、さっきハナナさんが肌着を着た場所だ。恐らく荷物を置いているのだろう。

 少しして持って戻って来たハナナさんの手には、紐でグルグル巻きにした掌サイズの二枚貝が握られている。

「臭いはきついけどな! 切り傷程度なら簡単に治っちまうんだから!」


 そう話しながら近づくと、躊躇無く右隣へ密着するように座った。私はいきなり急接近されて、ドキッとしてしまう。囲炉裏が邪魔で手前にはしゃがめないから、私の右手に薬を塗ろうと思えば自然な行動だ。他意はないのだろう。ようするに私はハナナさんに、異性として認識されていないのだ。はたしてそれは、ハナナさんの心が幼すぎるからか、枯れ果てている私は男として対象外だからなのか。

 改めてハナナさんを見る。年齢は15~6歳くらいだろうか。長い髪は栗色で肌は白く、瞳の色は…囲炉裏の明かりではちょっと判らないが、黒くはない。流暢に日本語を話すが、その美しい顔立ちは日本人離れしていた。さりとて西洋人のように鼻も高くなければ、彫りも深くない。ハーフだろうか。漠然と連想したのは、アニメキャラ…。そうだな。アニメのキャラクターが現実にいたなら、彼女のような感じかもしれない。少々気になったのは、彼女から仄かに魚のような臭いがしたことだった。もしかして人魚だったりして?

「ええっと、その、なるべく痛くしないでくださ……イテテ」

「赤ん坊じゃないんだから、ガマンガマン♪」

 ハナナさんは血まみれのタオルをそっと剥がしてゆく。ベットリと血を吸い込んでいたタオルは傷口に張り付いていたが、水に浸かっていたことが幸いして、剥がれやすくなっていた。

「うわっ……こりゃ酷い。パックリ開いちまってるな」

 私も己の傷を見て吐きそうになる。傷口は、皮膚どころか筋肉も裂き、骨が見えそうなくらい開いていたのだ。指は動くが、神経がいくつか切れているようで、肌の感覚もおかしくなっていた。全治何ヶ月で、何針縫う事になるだろうか。なんであれしばらく右手は使えそうにない。左利きなのが不幸中の幸いか。

「ダイジョブダイジョブ♪ これくらいならすぐに治っちまうよ♪」

「いやいやいや! 流石に無理ですから! 傷薬程度じゃ無理ですから!」

 とはいえ…根拠のないデマカセだとしても、かわいい女の子に励まされるとちょっとは元気になってしまうな。シモネタ的な意味じゃないぞ。

 ハナナさんは私の全否定に気を悪くすることもなく、クルクルとヒモを解いて二枚貝を開いた。二枚貝の構造を活かした手作りの薬入れか。味わい深い。

 開けたと同時に刺激臭が漂ってきた。なるほどこれはキツイ。鼻が曲がりそうだ。しかし、効きそうではある。そして二枚貝の中には白い軟膏が入っていた。見たところ残量は1/8くらいだろうか。

「あ~、かなり使っちまってたな。これだと全部の傷には塗れそうにないや」

「あ、いえ、お気遣いだけで十分ですよ。ありがとうございます」

 私の傷は右手だけではない。致命傷ではないが、打撲や細かい傷が体中にあった。どれも森を彷徨っている間に出来た怪我だ。軟膏は右手の深傷には役立たないが、他の怪我になら………。しかしハナナさんは大物以外には無関心であった。

「ちょいと痛むけどガマンしなよ。ほら、じっとする!」

 ハナナさんは私の右手首をがっちり掴むと、二枚貝を長椅子に置き、容赦なく傷口に軟膏を塗り込んで来た! それがもう痛いのなんのって! 痛すぎて声も出せないくらいだった。しかも女の子とは思えぬ凄まじいパワーで掴んでいるので、逃げようにも逃げられない。私は地獄の苦しみを耐えるしかなかった。

「これでよしっと。もう終わったから、泣かない♪ 泣かない♪」

 まるでプラモデルの接着部の隙間をパテで埋めるかのように、全ての軟膏を傷口に塗り込むと、ようやく解放してくれた。

 涙目の私を尻目に、ハナナさんは血まみれのタオルを持って泉に向かう。包帯代わりにするには汚れすぎているから、洗いに行ったのだろう。

 見ず知らずの娘さんからの至れり尽くせり…。私の心は申し訳ない気持ちで一杯だったが、同時に疑心暗鬼も渦巻いていた。何か裏があるのではないか? いや、困ったときはお互い様の精神は、田舎なら自然か。都会と違って田舎は人が少ないからな。力を合わせないと生き残れないし…。

「あっ、そうだオッちゃん! 腹減ってないか? 乾し肉だったらまだ残ってるけど、食べるかい?」

 泉でバシャバシャしながら、ハナナさんが嬉しい提案をして来た。

「是非ともいただきます!」

 その瞬間、嵐のように渦巻く疑心暗鬼はどこかに吹き飛び、心に青い空が広がる。実は朝から何も食べていなかったのだ。

 何だっていいさ! 続きは腹を満たしてから考えよう!

おはこんばんちは。今週も来ていただきありがとうございます。風炉の丘でございます。

第2話がなんとか書き上がりましたので、今週もオッサンと異世界に付き合っていただきます。

今週末も三回連続更新です。楽しんでいただけましたら幸いです。

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