2-26 出発準備 〜武具〜
「水が引いたら出発するよ。それまでに装備を調えよう。まずは武器だ」
「武器……」
「森は危険でいっぱいだからね。オトっつぁんも護身用に一つくらい持っていた方が良いと思うんだ」
確かに、ハナナちゃんに護られっぱなしは、男として情けないよな。
私のようなズブの素人が武装したところで、何の戦力にもならないが、決して無意味ではない。
自分の身を護れれば、ハナナちゃんの負担を多少は減らせるからな。
ハナナちゃんに付いていくと、泉の側の木にロープが縛り付けられていた。ロープを辿るとその先は湖に沈んでいる。
「これから網を引き上げるんだけど、手伝ってくれる?」
……えっと? これから何をやるんだっけ? 食糧確保? 魚でも捕るのかな? でも確か、装備を調えるって言ってたような……?
混乱しつつも2人でロープを引っ張ると、引き上げられた網に入っていたのは、様々な形をした刀剣の類だった。それもかなりの量だ。
え? え? どういう事?
この泉では魚の代わりに武器が捕れるとか? 流石に無いか。
はっ! もしかしてこの泉って、イソップ童話の“金の斧”の舞台だったりする?
「貴方の落とした斧は、金の斧ですか? それとも銀の斧ですか?」ってやつ。
それにあやかった強欲共が、金銀パールプレゼントを狙って次々と武器を投げ込みまくってたとか?
「あははは♪ 違う違う♪ こいつはアタシが沈めたの。どれも冒険や仕事してた時に手に入れたものさ」
「ハナナちゃんが? でもそんな事したら、せっかくの武器が錆びるだろ?」
「そうだよ。だから、錆び付かせるために沈めてるの」
ますます意味が分からない。
しかしハナナちゃんは私の疑念には答えず、網から武器を一つずつ取り出し、品定めを始めた。
「……はずれ。……これもはずれ。……うーん、惜しい。……お♪ これは当たり♪」
そう言うと、ハナナちゃんは私の足下に、鞘に収まったナイフを放り投げてくる。
当たり? 当たりとはどういう意味なのだろう? 私は何気なくそのナイフを拾うと、鞘から引き抜いてみる。
鏡のように綺麗な刃がそこにあった。ステンレス製だろうか?
「錆びない素材の武器を探すために、水に浸けていたのか?」
「さすがオトっつぁん。イイ線いってる♪ でも、ちょっと違うんだな♪ アタシが探しているのは“回復持ち”さ」
「回復持ちの武器? それってつまり……持っているだけで体力が回復するとか?」
「違う違う。回復するのは持ち主じゃなくて、武器の方」
「武器が回復? つまり……」
「つまり、手入れいらずって事。小さな傷なら、すり傷みたいに二〜三日で直っちまうんだぜ」
「それは…すごいな。どういう原理なんだ?」
「詳しい事は分からないけど、“魔法剣”の応用らしいよ。魔法の効果を外部じゃなくて、内部に使うとか何とか…」
私は改めて“当たり”ナイフの刃を見る。確かに、錆どころか刃こぼれひとつ無い。綺麗な刃だった。
品定めをしながら、ハナナちゃんは話を続ける。
「アタシってさ、素早さ重視で余計なスキル持って無いんだよね。鑑定眼も持ってないから、手に入れた武器の価値もよく分からない。近くに武器屋があれば持ち込むけど、いちいち持っていくのは重いし面倒くさい。で、アタシなりに考えた鑑定方法が、これなわけさ」
「普通の武器なら錆び付くけど、“回復持ち”なら錆びないって事か。なるほどなぁ」
“回復持ち”の武器か。手入れいらずならメンテナンスキットは不要だし、細かい傷が自動で直るなら性能を落とさず長く使える。
荷物を最小限に抑えなきゃならない冒険者にとってはありがたいオマケ機能だよな。持ち帰る戦利品の数が死活問題に直結しているわけだし。
そうこうしているうちに、私の足下には“回復持ち”武器が増えてきた。
短刀に手斧。棍棒にレイピアか……。
ハナナちゃんは体力も腕力も圧倒的に足りない私の体力を気遣って、軽めの武器をチョイスしてくれるのだが、どれもしっくり来ない。
そりゃそうだ。本物の武器なんて触った事もないし、習った武術なんて学生時代の柔道と剣道くらい。しかも体育の授業レベルだ。
せめて部活に入って青春をぶつけていれば三十年経った今でも身体が覚えていたかもしれないが、私がぶつけた青春は美術部で費やされたからな。
筆や画板があったところで、森では何の役にも立たないわな。
かといって何も持たないわけにも行かないか。この中から選ぶとして、さて、どれがいいか……
「…これもはずれだな」
そんな声に釣られてハナナちゃんを見ると、ちょうど“はずれ”の山に長物を投げ捨てようとしていたところだった。
ん? あれは?
「ハナナちゃん、ちょっと待って! それを見せてくれる?」
「え? これ?」
ハナナが投げ捨てようとしていたのは、手頃なサイズの杖だった。材質は竹だろうか? 水戸のご老公が愛用する杖に似ていて、とても馴染み深い。
「でもこれって回復持ちじゃないぜ?」
「武器が必要なのは森の中だけだろ? 護身用なら十分じゃないかな」
「でも、杖なんてジジ臭くない?」
「オッサンなんてジジイの1歩か2歩手前だし、気にしないよ。それに私、体力無いだろ? 森を歩くのに杖があると助かるのよ」
「まあ、そういうことなら…」
そう言うと、ハナナちゃんは杖をひょいと投げてくる。私はそれを空中で受け取ると……予想外の重さで転びそうになってしまう。
「おいおい! 大丈夫かよオトっつぁん!」
「あ、あははは、大丈夫。大丈夫」
なんだこれ!? 竹製だよな? 少なくとも竹に似た植物だよな? 水を吸ったにしても重すぎないか?
そこで私の困惑に気付いたのか、ハナナちゃんが教えてくれる。
「ちなみにそれ、仕込み杖だからね」
!?
私は杖を両手で持つと、左手で杖の上部をゆっくり引っ張った。
お…
おお…
おおおおおおおっ!!!
すっげぇぇぇ! 本当に仕込み杖だぁぁぁぁ!!!!
これで座頭市ごっこができるぅぅぅぅぅぅっ!!!!
そんな私を見て、グッとサムズアップするハナナちゃん。
「オトっつぁんよぉ。あんた今、すっげぇイイ笑顔してるぜ♪」
「そ、そうかな?」
確かに、鏡が無くても分かる。テンションMAXだと分かる!
私は今、めっちゃにやけてるぞ! ジョジョォォォ!!!