2-24 堂々と
「王国かぁ……はぁ」
大きくため息をつくハナナちゃん。そんなに嫌なのだろうか?
「王国は色々と面倒くさいんだよね。融通が利かないって言うの? 帝国の役人なら金さえ握らせれば、大抵のことは目こぼししてもらえるのにさ」
なるほど。ワケアリが潜伏するなら帝国はうってつけなんだな。
質を問わきゃ何でもある。ここは惑星メルキア、ウドの街ってか。
一方で“野薔薇ノ王国”の役人は買収されにくい堅物ばかりと。
冒険者には都合悪いかもしれないけど……良い国じゃん。
「あ、そうだ! 良いこと思いついた! なあなあオトっつぁん。王国行きは一日だけ待ってくれないか?」
「え? でも、王国のハナモリ村って、準備込みでも日が落ちる前にたどり着けるんじゃなかったっけ?」
「だけどオトっつぁん、査証持ってないだろ? それじゃ外国人は宿に泊まれないんだよ」
「私は別に野宿でも構わないぞ。昨夜もあまり寒くなかったし」
「夜はやばいんだよ! 魔獣やら妖魔やら、色々な化け物が出てくるんだ」
「ば、化け物!?」
「“コンゴウ”や“ノイバラ”みたいなでかい街だったら、化け物も警戒して近づかないし、警備隊だっているから安心だよ。
でも、“ハナモリ村”じゃそうはいかない。人が少ないから、時々村の中まで入ってくるやつがいるんだ」
野生の動物が人里まで下りてくる感じか。サルやクマでも十分やばいけど、化け物かよ
DQやFFみたいに、フィールドマップを歩いているとエンカウントして戦闘が始まるって感じだろうか。
「野宿がヤバイのはなんか分かったよ。だから朝イチで村へ行こうって事?」
「それもあるけど、査証が無いんじゃ結局同じだろ?」
「確かに……」
「だからさ、今からひとっ走り“コンゴウ”に行ってくるから」
「え!? それって帝国の絶対防衛都市の“コンゴウ”だよね? 結構離れてなかったっけ?」
ハナナちゃんが地面に描いた地図では、“コンゴウ”は森から離れているように見えたけど…
「大丈夫大丈夫♪ アタシ一人なら全速力を出せば、朝までには戻ってこれると思うよ」
今が大体午後3時として、朝7時に戻ってくるなら……16時間全力疾走ってことっすか?
「そうまでして、どうして“コンゴウ”に行くのさ?」
「良い方法がある事を思いだしたんだよ」
「良い方法?」
「帝国にはね、本物以上に完璧な書類を作ってくれる“職人”がいるんだよ」
「え?」
「まあ、金はふんだくられるけど、」
「待て待て待て!! それってもしかして、偽造じゃないのか!?」
「う〜〜ん。そうとも言うかな?」
「ダメ〜〜〜〜!! 絶対ダメ〜〜〜〜!! 私なんかのために犯罪に手を染めちゃダメだっ!」
私は思わず大声を出していた。
そんな私の反応に、ハナナちゃんは困った顔をみせる。
「そりゃあ、まあ……確かに犯罪かもしれないけどさ……誰も困らないじゃん」
「へ?」
「誰かを傷つけたり、盗むのは良くないよ。悪い事だよ。でも、アタシはお金を払って書類を作ってもらうだけだよ?
それにこれが無いと宿に泊まれない。オトっつぁんの命にかかわるんだよ」
「気遣ってくれてありがとな。気持ちはとても嬉しいよ。だけど、これはダメだ」
「じゃあオトっつぁん、王国に行くのは諦めるの?」
「う……」
“野バラ姫”の聖地巡礼なんて、この気を逃せば二度と出来ないだろう。
だからといって、そんな事のためにハナナちゃんを犯罪に走らせられない。
諦めて、帝国に向かうべきだろうか。拝金主義が横行する犯罪天国へ……。
「なあハナナちゃん。帝国領だったら査証が無くても大丈夫なのか?」
「絶対必要無いってわけじゃないけど、金次第でどうとでもなるからね」
「なるほど。ところで……どこからが帝国領なんだっけ?」
「まず森と砂漠を除くでしょ。で、検問所より右側が“野薔薇ノ王国”も除く。残った左側が全部帝国領になるよ」
「すると……森と砂漠の間にある、検問所に続く細い道も、帝国領なのかな?」
「そうなるね」
「だったら……提案なんだが」
「ん? なあに?」
「ハナモリ村行きは中止して、検問所に向かおう」
「は!? 検問所!?」
「うん。具体的には、森から帝国領側の細道に出て、検問所に向かう。ここまでは査証が無くても大丈夫だろ?」
「そりゃあまあ、確かに。でも検問所はどうするの? それこそ査証が無いと通してもらえないよ」
「それでいいんだよ。目的は通過する事じゃないからね」
「どういうこと?」
「検問所には王国の役人がいるんだろ? 彼らに訴えるのさ。『私は“移籍召喚”された異世界人です』って。
私を召喚したのが本当に“野薔薇ノ王国”なら、向こうから迎えが来るはずさ。どうよ?」
「………」
「ん? どうした?」
「いや、アタシって森を通り抜けられるから、検問所なんて通ったこと無いんだよね。書類の準備とか、並んだりとか、めんどくさいだけだし。
だから逆に検問所を利用するなんて、思いもよらなくてさ」
不法出入国の常習犯かよっ!
いや、冒険者に順法精神を求めるのが、そもそも間違ってるのか?
「でも、でもさ、もしその役人が頭の固いヤツで、オトっつぁんの話を信じなくて、門前払いされたら?」
「……確かに、あり得る話だな」
「その時は、どうするのさ」
「王国とは縁が無かったのだと、きれいさっぱり諦める!」
「あ、諦めちゃうの?」
「こちとら、濃霧に包まれたり、森に迷ったり、手に大怪我したり、巨大アリに追いかけ回されたりと、散々な目に合わされてるんだぞ!
この状況で門前払いを喰らわされたとあっちゃ、温厚なオッサンでもぶち切れるっての!」
「ええっと、その、ごめんなさい」
「いやいや、どうしてハナナちゃんが謝るのさ」
「一応、アタシも野薔薇ノ民だし。今のうちに謝っておこうかなって」
「ははは、ハナナちゃんに謝られたんじゃ、ちょっと怒れないな。何かあってもなるべく怒らないようにするよ」
私は犯罪者じゃないし、今のところ逃亡者でもない。なのにコソコソと隠れてどうする!
だけど……並ばないといけないのか。確かに面倒くさいな。昔から並ぶの大嫌いだったからな。コミケとか…
行列の長さ次第じゃ心が折れるかも。
だったら、偽造査証を手に入れた方が………
いやいや、並ぶと聞いただけで折れてどうする! 大丈夫だ! コミケみたいな異常な行列、異世界にだってあるもんか!
堂々と行こう! 正面から!