2-22 オトギの世界
「ん? オトっつぁんどうした? 頭でも痛いの?」
「ゴメン。混乱してきた。ちょっと整理させてくれ」
ここはおとぎ話の世界? つまり本の世界? もしくは物語の世界…なのか?
物語の世界と聞いて連想する作品は、連想するのは藤田和日郎の漫画“月光条例”か、ミヒャエル・エンデ原作の映画版“ネバーエンディングストーリー”。
“ふしぎ遊戯”はアニメも原作漫画も未見だが、あれも確か本の世界の物語だったように記憶している。
それらの作品の共通点は、本がゲートになっている事。本を介して主人公は異世界に入り、異世界の住人がこっちの世界に現れる。
ゲーム世界を題材にした作品だって同じだ。ビデオゲームを起動しプレイする事で、初めてゲーム世界のゲートが開くのだ。
では私の場合はどうだろう?
二日前に泊まったネットカフェで読んでいた漫画は“結界師”。昨日訪れたのは歴史ロマン溢れる関ヶ原の古戦場。そして私を異世界へと誘ったのは謎の濃霧。バラバラだ。まるで一貫性がない。
おとぎ話の世界と結びつく要素といえば……“エコー・ベル”が最初だよな。確かに物語の住人って感じがする。だけど疑念もある。
恥ずかしがり屋の光る彼女は、ギリシャ神話のエコーでも無ければ、“ピーターパン”のティンカー・ベルでもない。
メガテンで悪魔合体させたように、エコーとティンクの要素を併せ持った別個体なのだ。
物語の世界の住人ならば、エコーはエコーとして、ティンクはティンクとして登場するのではないのか?
野バラ姫にしてもおかしい。“野薔薇ノ王国”が野バラ姫の国というのは良いとして、姫自体が五百年前の人物というのはどういうわけだ?
童話“野バラ姫”の後日談が無いわけではないが、五百年後の子孫達の物語なんて、さすがに聞いたことがないぞ。
これまで出てきた物語要素は、野バラ姫、ギリシャ神話、ピーターパンか…。
他にもあるのだろうか。
「ちょっと確認なんだけど……」
「なになに? なんでも聞いてよ」
「ハナナちゃんは、そうだな……。“長靴をはいたネコ”は知ってる?」
さあどうだ? どんな答えが返ってくる?
「なんだ仔猫ちゃんか。もちろん知ってるよ。超有名だからね」
仔猫ちゃん? 仔猫ちゃんだって!? んな馬鹿なっ!!
長靴をはいたネコと言えば、諸葛亮孔明やジョセフ・ジョースターと並び称すべき、グリム童話史上希代の詐欺師だぞ!
仔猫ちゃんなどと呼ばれるような要素なんてどこにも……いや、待てよ? 超一流の詐欺師だけにネコをかぶっているのかもしれないな。ネコだけに!
ちなみにTVアニメだと“グリム名作劇場”版が原作を完全映像化していて素晴らしいんだよ! 永井一郎さん演じるネコの狡猾ぶりが最高なんだ!!
「でも、“化け猫”って陰口を叩くヤツらもいるかな?」
「化け猫?」
「めっちゃ強いし、何百年も生きてる不死身のニャンコ剣士だからね。だけど女の子相手に“化け猫”は酷いよな。
オトっつぁんもそう思わないか?」
は?
…
……
………
…………
はい?
「ご、ごめんハナナちゃん。理解が追いつかなかった。ちょっと整理させてくれっ」
「またかよ。アタシそんなに難しいこと言ったかなぁ?」
「ええっと、その“仔猫ちゃん”とやらは“化け猫”とも呼ばれてるんだよな」
「そうそう。仔猫ちゃんに痛い目に合わされたクズ共が、酒場でやけ酒してるのを何度も見てるからね」
「なるほど」
悪いヤツらを懲らしめてるって感じか。うん。それなら理解できる。原作のネコも、ネズミに化けた魔王を容赦なく食い殺すからな。“化け猫”扱いも当然と言えるな。
「次に、その懲らしめる手段なんだけど…なんだっけ? ニャンコ剣士?」
「帽子にはネコ耳飾りがあるし、スカートからはネコしっぽの飾りが垂れ下がってるし、語尾には必ず『にゃ』とか『にょ』とか付けるし、小柄な体格には不釣り合いな中型剣を軽々と振り回すんだぜ? どう見たってニャンコ剣士だろ?」
「そ、そうだな。紛うことなくニャンコ剣士だ」
た、確かに……近年の作品で“長靴をはいたネコ”は、どういうわけか剣士として扱われているんだよな。ロングブーツを履き、オシャレな帽子を被る姿は、確かに三銃士などを連想させるファッションではあるが。
昔、自分なりに“剣客長靴をはいたネコ”のルーツをネットで調べたことがある。辿り着いたのは東映動画の劇場用アニメだった。東映アニメのシンボルキャラクターとなっているペロ師匠の事だ。『ネコの国でネズミを助けた反逆者で逃亡者』という設定が追加されており、護身用に武装するのも自然な流れである事。それより古い作品画像では、杖を持つネコしか見つけられなかった事から、東映動画版が“剣客”の原点と結論付けた。
もし間違ってたらゴメン! 異論は大いに認める! みんなも気になったら調べてみてくれ!
「それで……我が耳を疑ったんだけど……」
「ん? なになに? 何のこと?」
「“仔猫ちゃん”は女の子って言ったよな?」
「言ったけど? それがどうしたの?」
「……ちょ、ちょっと考えさせて」
いや、待てよ?
そういえば“長靴をはいたネコ”の原作で、ネコの性別と年齢って明記されてたっけ?
あの狡猾さから年齢を重ねていると錯覚しているのかもしれない。もしかしたらとんちに秀でた若いメスねこだったかもしれないじゃないか。
それに問題はそこじゃない。
「まさかとは思うけど、もしかして、もしかすると……“仔猫ちゃん”って人間の女の子なのか?」
「あっはっはっはっ♪ 冗談きついぜ、オトっつぁん♪」
「そうか…そうだよな。あははは♪」
「本物のネコが喋るわけないじゃん♪」
「そうだよな〜〜♪ ゴメンゴメン♪」
なんじゃそりゃ〜〜〜!!!
擬人化の上に女体化までしてるじゃねえかよ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!
おまけに何百年も生きてて不死身って……。もしかして私の知っているグリム童話の“長靴をはいたネコ”とは別物?
名前が同じだけで別個体という事か? 名前を襲名したとか、勝手に名乗っているだけとか。
いや、結論を出すのはまだ早い。話題を変えてみよう。
「それじゃね……“赤ずきん”は知ってる?」
「そりゃ知ってるけど」
「最近いっぱいいるんだよなぁ。赤ずきんコスが流行っちゃってさ」
さ、最近の流行!? しかも、いっぱいいる!? それに赤ずきんコス? ど、どういうことだ!?
………ああ、そうか。そう言うことか。
赤ずきんとは森で狼に襲われる可哀想な美少女の事ではない。
赤い頭巾を被る者は誰もが“赤ずきん”なのだ。中身が少年だろうと、オバサンだろうと、オッサンだろうと関係ない。
「“赤ずきん”ってそんなにいるのか?」
「うん。ウンザリするくらいね。冒険者ギルドでも『“赤ずきん”で登録したがるヤツがいっぱいいて大変だ』って、受付の人がぼやいてた。しょうがないから“赤ずきん”の後に記号とか番号とか付けてたんだけど、それでも足りなくて、今じゃもう1つ名前がついて長くなってる」
「それってつまり。“赤ずきんチャチャ”とか、“赤ずきんバレッタ”とか?」
「そうそう。そんな感じ」
登録名? それって例えるなら、芸名とかペンネームか? あるいはハンドルネームやパスワードみたいなものだろうか。
でも1つだけ確信した。どいつもこいつも同じなのは名前とファッションだけで、グリム童話の“赤ずきん”とは、まったくの別人ってことだ。
ということはつまり……どういう事なんだってばよ!
この世界…“オトギワルド”には、西洋のおとぎ話が根付いているように感じる。
だけど、ここが物語の世界かと言えば疑問だ。
長ネコに赤ずきん? そんなもの、コスプレ娘でよければ、日本にだって沢山いるじゃないか。
じゃあ日本は絵本や物語の世界なのか? 違うよな。
もっとも「日本はアニメやオタクや萌えの世界だろ?」って言われると否定できないけどな。
涼しくなって過ごしやすくなったことと、
やっと書きたいことが書ける展開になったことで、筆の進みが早くなってきました。
さあ、焼きに備えて一眠り♪