2-20 新たな選択肢
「ここから一番近い人里といったら、“ハナモリ村”だね。今からなら準備込みでも日暮れまでにたどり着けると思うよ。だけど厄介な事が一つある。この村って、王国領なんだよね」
「王国領……つまり“野薔薇ノ王国”に属する村ってこと?」
「そう。アタシは野薔薇ノ民だから問題無いけど、オトっつぁんはどう見ても外国人だろ? 少なくとも村の役人はそう判断する。だけど異世界召喚されたオトっつぁんが査証なんて持ってない。持ってないよね?」
「査証?……ああ、ビザのことね。うん。確かに持ってない。外国に行ったことなんて一度も無いし」
「何も知らない役人が、査証を持たないオトっつぁんを見てどう思うだろう?」
「そりゃあ……自国民に見えないなら、密入国者と思うだろうな」
「そう。つまりオトっつぁんが“王国が召喚した異世界人だ”って、偉い人からお墨付きをもらうまでは、牢屋でくっさい飯を食わされるか、逃走犯として国中を逃げ回ることになるわけ」
「……確かにそうなるかも…」
「“かも”じゃなくて、確実にそうなるんだよ! アタシの故郷は民にも厳しいけど、外国人には特に厳しいんだからっ!」
「ハナナちゃんが説得するってのも無理? 故郷なんだろ?」
「あー、ムリムリ。役人が冒険者なんかの言葉なんて信じるわけないじゃん。むしろ目の敵にされるって」
「そ、そうなんだ……」
冒険者の地位って低いんだな……。何となく分かるけど。
冒険者と言えば聞こえは良いけど、ようするに何でも屋だ。金という名のリモコンで操られる鉄人28号だ。良いも悪いも報酬次第ってな。
ハナナちゃんは女の子なのに、そんな世界で生きているんだよな……
「だけど大丈夫っ! このハナナに腹案ありってね!」
「腹案!?」
「帝国に向かうんだよ!」
「帝国? 王国じゃなくて、帝国?」
「そう!」
新たなキーワードと共に、少しずつ世界が広がっていくな。“野薔薇ノ王国”とは別の国。しかも帝国か。
王族を中心に民を束ねた国が王国なら、皇帝を中心に小国を束ねた国が帝国。当然規模も王国より大きいだろう。
異世界もので帝国と言ったら中世のローマ帝国的なものを連想するが、この世界でもそうだろうか?
「ちなみになんて名前? ローマとかモンゴルとか、そんな感じ?」
「……さあ」
「さあって……知らないの?」
「みんな“帝国”って呼んでるし、それで通じるから、名前なんて聞いたことないんだよね。帝国なんて他に知らないしさ」
そういえば私も、スターウォーズに出てくる帝国の正式名なんて知らないもんな。そういうものかも。
ハナナちゃんは小枝を拾うと、土がむき出しの地面に簡単な地図を描き始める。
「ここが今、アタシ達がいる“深キ深キ森”。オトっつぁんも身を持って知っただろうけど、下手に入ると命はないよ。
その下にあるのが“野薔薇ノ王国”領。“ハナモリ村”は森の近くだね。更に下ると王国の首都“ノイバラ”がある。
王国領の左にあるのは“虚無の砂漠”。ここは森よりもはるかに危険だよ。森は命で溢れているけど、砂漠には死しかないからね。
森と砂漠の間には、安全に通れる細い道があって、そこに王国が設置した国境の関所がある。そこを越えた先にあるのが帝国領さ。
とりあえず今必要な情報はこんなところかな。何か質問ある?」
「ふうむ…」
ハナナちゃんの言う“下”とは、おそらく南のことだろう。
仮に砂漠をこの地図の中心とすると、北側はほとんど森で、東側に“野薔薇ノ王国”。西と北西が“帝国”ということになるようだ。
「この…“深キ深キ森”だっけ? ここはどっちの領地なの? 王国? 帝国? それとも別の国?」
「この森は人が支配できるような場所じゃないよ。魔獣やら人外やら、チミモーリョーが支配する世界だもん。居場所のない命には優しいけど、森を騒がす侵略者には容赦ないからね」
居場所のない命……。それはもしかして、異世界人である私も含まれるのだろうか? そしてハナナちゃんも?
「う〜ん……。するとこの砂漠もそうなのかな?」
「“虚無の砂漠”にはね、何千年も大昔に“魔法の国”があったんだよ。だから“魔法の国”の領土って事になるんじゃないかな」
「魔法の国!?」
「ものすごく魔法の発達した、夢のような国だったんだって。でも、魔法兵器の暴走で滅んじゃった」
「そうか。それで砂漠に……」
「いや、ちょっと違うかな。あそこが砂漠なのは、今でも魔法兵器が動き続けているからだし」
「太古の魔法兵器が!?」
「うん。中央の首都を中心に、“魔法の国”の領土の中を歩き回っていて、見つけた命を片っ端から吸い取るんだよ。相手が何であろうが容赦なしさ。人間だろうが怪物だろうが、植物だろうが大地だろうが。だからいつまでも砂漠が無くならない」
歩き回る魔法兵器…。なんとなくゴーレムをイメージしてしまうな。もしかして魔法の国を護るために動いているのだろうか。すでに滅んでいるとも知らずに。だとしたら……悲しすぎるな。
さて。
地理的な位置関係は何となく分かった。“深キ深キ森”に“虚無の砂漠”は問題外として、残すは帝国と王国か。
私はどちらに向かえば良いんだろうな。
少しずつ世界が広がってきました。でも森を出るにはまだまだ先なんですよ(TT)