1-3 出会いはテンプレのように…?(3/3)
……それから20分くらい経っただろうか。ようやく彼女は戻ってきた。シミーズを一枚着ただけだが、白のワンピース型の肌着が、野性味溢れる全裸のアマゾネスに品位を与える。今ならジブリアニメに出演しても遜色はないだろう。
ボリュームたっぷりの長い髪は一つに束ね、ツインテールにしてあった。だがドライヤーも無しに短期間で乾かせるはずもなく、毛先からはポタポタと水が滴っている。そして右手には、変わらず大きなナイフが握られているた。
「おら、着たぞ! オッサン! これで文句ねーだろ! オッサン! ……って、あれ? え~~~~。なんだよもう~~~」
泉を見た彼女は、予想外の光景を見てガックリと肩を落とした。呆れ果てていたと言った方が良いかもしれない。
そして女神ちゃんは大きくため息をつく。
「見逃してやろうと思って、のんびり髪を拭いてたのにさぁ。なんでまだいるのさオッサン! しかもずっと泉に浸かりっぱなしって…… アタシ言ってないよね? 『逃げるな』とか『そこで待て』なんて言ってないよね? 言ったっけ?」
「そ、そうですね。多分…、言ってないと思いますよ」
「じゃあなんでそこにいるのさ。風邪引いちまうだろ」
三人称だと思った? 残念だったな! 引き続き私視点の一人称で物語は進むのさっ!
もとより、肥満気味で人生に疲れ果てたオッサンが、アマゾネスから逃げおおせられるわけがなかった。だって腹筋割れてるんだよ? 体力で敵わないことくらい一目でわかる。しかもこんな森の中でのんびりと水浴びしてるような子だ。地の利もあるだろうし、追跡術だって持っているだろう。逃げ切ったと安心したところで突然先回りされ、ナイフを突き立てられるようなホラー展開になるに決まってる。そりゃ尻込みだってするさ。
……というのもあるのだけれど。実は、私には動けない理由があったのだ。
「わけ? わけって何よ?」
「え~…………」
「だから何よ?」
「腰が……抜けました」
一時の間を置いて、女神ちゃんは腹を抱えた。それはもう大爆笑である。
「なんだよそれ! 腰抜かしたままガン飛ばしてたのかよ! 面白いなっ、オッちゃん♪」
「はあ、まあ……よく言われますよ」
いわゆる“天然”というヤツなのだろう。私は一生懸命生きてるだけなのだが、どういうわけか笑いを取ってしまう。大抵は失笑だし、アクが強い分、相性の悪い人からはとことん嫌われるけどね。だけどどうやら彼女とは、プラスの感情を結べたようだ。
女神ちゃんは楽しそうに笑いながら、岸辺に落ちていた太いベルトを拾う。中央に突起のあるそれはガンベルトを彷彿させたが、よく見ると、ホルスターではなくナイフの鞘だった。つまりソードベルトって奴だ。女神ちゃんはナイフを収め、ソードベルトを腰に巻く。肌着の上ながら様になっていて、かっこ可愛い感じだ。
そして女神ちゃんはバツが悪そうに頭をかいた。なんだか雰囲気が違う。しおらしくなってね?
「あー、その、なんだ……。さっきは悪かったよ。いきなり刃物向けてさ。いきなり現れるもんだから、シカクかと思ってさ」
「あ、いえ、あの状況ではしょうがないですよ。水浴び中だったのでしょ? こちらこそごめんなさい。覗くつもりなんて無かったんです」
「いやいや、それは気にしなくていいんだよ。見られたって別に減るもんじゃないし、全然気にしてないから」
「そこは気にしてくださいよ! 年頃なんですから!」
「いいのいいの♪ まあ、襲ってきたら迷わず殺すけど♪」
物騒なキーワードがあるものの、女神ちゃんにはもう殺意は感じられない。ひとまず死なずには済みそうだ。
「いいかげん上がろうぜオッちゃん。このままじゃホントに風邪引いちまうよ」
肌着を着たばかりなのに、再び泉に入り、手を差し伸べてくれる女神ちゃん。いつの間にか、私の呼称も“オッサン”から“オッちゃん”にクラスチェンジしていた。好感度が上がる要素は何も無いから、警戒度が下がったってことか。きっとこの屈託のない笑顔が彼女の本来の姿なのだろう。こんな情けないオッサンに情けをかけてくれるとは、ええ子やなぁ。
だがしかし、小心者の私は躊躇してしまう。どうしてもよぎってしまうのだ。事案とか。事案とか。事案とか。
「ほら、遠慮するなって」
「いや、その、遠慮というか何というか…」
「ああ! もう! いいからっ!」
焦れてきた女神ちゃんは、強引に左手を掴み、少女とは思えぬ腕力で86kgの身体を引っ張り上げた。おまけに肌着がびしょ濡れになるのもかまわず、肩まで貸してくれた。足下がおぼつかない私は、彼女にすがるしかなく、二人三脚のように左半身が密着してしまう。私はただただ照れ臭く、逃げ出せるものなら全力で駆け出したかった。これもある意味ラッキースケベだろうか。
ラッキー…スケベ? ……そういえば、ラノベのテンプレ展開はどこ行った?
…そっか。歴史もののシミュレーションゲームと同じだ。いかに歴史的事実であろうとも、条件が満たされなければイベントは発生しない。私は40代のオッサンで、若さが足りなかった。その時点で達成条件から大幅にかけ離れていたのだ。いかにラッキースケベに遭遇しようが、テンプレ展開など起きるはずがない。
私はホッと胸をなで下ろすと同時に、何とも言えない喪失感に苛まれる。これが、年を取るって事なのかもな。
「ところでオッちゃん、なんて名前よ」
「私は…大黒雄斗次郎…です」
「オーグロートジロ? やけに長い名前だな…」
「ははは、面白いボケだ♪ 嫌いじゃないですよ♪ でも区切ってください。大黒が苗字で、雄斗次郎が名前です」
「そっか。オトジロのオッちゃんか~。
アタシはね、ハナナ」
「ハナナさんですか。可愛らしいお名前だ」
「うん、名前だけは可愛いいだろ? みんなに言われるよ」
「いやいや、名前以外だって可愛いですよ」
「物好きなオッちゃんだな~。腹筋割れてるのに可愛いの?」
「もちろんです。若い子はみんな可愛いですよ。十代も、二十代も、三十代だって。私より若い子はみんな可愛い。四十代や五十代にだって、可愛い人はいるんですよ」
「な~んだ。つまりオッちゃんはアレか。節操なしか。雑食ってヤツか」
「はははっ。それはまた手厳しいですな」
「そっかぁ…。オッちゃんは節操無しの雑食かぁ…。えへへ…」
「ハナナさん、何だか嬉しそうですね」
「え? うん。そうだな。嬉しいんだと思う」
「何が嬉しいんです?」
「うーん………ナイショ♪」
「そっか……じゃ仕方ないですね」
「ええっと、なんだ…。とりあえずよろしくな、オッちゃん」
「はい。とりあえずよろしくです、ハナナさん」
《次回予告》
落ち着いて考えると、何かおかしい。
彷徨う森で常に感じた何かの気配。
噛み合わないハナナさんとの会話。
得体の知れない紫色の謎肉。
一体何だ? 何が起きている?
ひょっとするとひょっとして、これは異世界か? 異世界に来てしまったのか?
いや、きっとドッキリに違いない!
はじめてのオトギ生活第2話「いやいやまさか そんなそんな」
……てな感じで執筆中ですが、変更になったらごめんなさいです。<m(__)m>
投稿日は未定ですが、一区切り付き次第、第2話として連投する予定です。
それまでおさらばでございます。