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2-11 ここは異世界 ~覚え書き2~

「ハナナちゃんはギリシャ神話を知っているのですか?」

「ぎりしゃ? なにそれ?」

「ギリシャは国の名前です」

「ごめん。聞いたことないや」

「ではエコーの失恋話は?」

「ナルキッソスとかいうイケメンにフラれる話だろ? 知ってるよ」

 ギリシャ神話は知らないのにエコーの悲恋は知ってるのか。まあ、恋バナに詳しいのは普通か? ハナナちゃんも女の子だものな。

 それにしても、エコー……じゃなくて、エコー・ベル?

 ギリシャ神話のエコーには、名前の語尾に“ベル”なんて付かない。つまり、名前の由来となっているだけで、エコーとは別の存在という事か。

 もしくはこの異世界まで伝わっていくうちに尾ヒレが付いたのかもしれない。

 だけどベル? 語尾にベル…。何故にベル?

「エコーベルってなんだか、ティンカー・ベルみたいですね」

「あれ? オトっつぁん、“修理屋”のこと知ってるの?」

「修理屋? ……ああ、そう言えば“ティンカー”ってそう言う意味でしたっけ?」

 正確には“鋳掛け屋”。釜や鍋、フライパン等を修理する職人のことだ。

「旅の武器商人が、よく“使い魔”にしてるからね。アタシも何度か武具を直してもらったことあるよ」

 なるほど。確かに金物修理が得意な妖精なら、武器や鎧の修理も出来そうだよね……ん? あれ?

「ちょっと待ってください。今のお話ですと、“ティンカー・ベル”は何人もいるみたいに聞こえますけど……」

「そうなんじゃないかな? 少なくともアタシは二匹知ってるけど?」

 驚愕の新事実!! この世界には“ティンカー・ベル”が、最低でも2人いる!!

「あの、えっと、ハナナちゃん。教えてください。“ティンカーベル”と言うのは、個人名じゃなくて種族名なのですか?」

「しょうがないな〜♪ ハナナ先生が教えてあげるよ〜♪」

 あっぱれ!ハナナ大先生が、得意げになって説明してくれる。

「“ティンカー”が“修理屋”って意味なのは分かるよね?」

「はい……」

「“ベル”ってのは妖精の種族名だね。羽がこすれた時に出る音が鈴みたいだからって、そんな名前が付いたみたい」

「はあ。なるほど」

「つまり“ティンカー・ベル”とは、“修理屋スキルを持つ、ベルという種類の妖精”って意味なのさ」

「はいはいはい! なるほど、そう言うことですか!」

 確かにそれなら“ティンカー・ベル”が沢山いてもおかしくはないな。“ピーター・パン”に出てくる“ティンカー・ベル”もそのうちの一人と解釈すれば納得だ。

 それなら“修理屋スキルが”死に設定になっていても不思議はない。あくまでバックボーンを支える裏設定と言うことなのだろう。

 話を戻そう。

 つまり“エコー・ベル”とは、“エコー”というスキルを持った“ベル妖精”って意味なのだ。

「それでハナナちゃん? “エコー・ベル”のスキルとは何なのですか?」

「オトっつぁんは身を持って体験したんでしょ? そのまんまだよ。森を歩いてると、付かず離れずまとわりついて来てさ。ウザイったらありゃしない」

 つまり木霊や山彦か……。いや、それよりも、猿真似やオウム返しの方が近い気がする。

 私の言葉をそっくり真似るけど、声は声優みたいにかわいい女の子。若い娘が一生懸命復唱しているみたいで、私は微笑ましかったけど……

 同性にしてみれば、自分よりもかわいい声で真似られるのは、とてもむかつく事なのかもしれないな。いやいや、ハナナちゃんも十分可愛いからね。


 さて。エコー・ベルがこちらの世界の住人だと言うことは分かった。

 私が世界を移動したのは濃霧にまみれたホワイトアウトの時だろうか? それとも崖を滑り落ちた時だろうか?

 どっちでもいいか。大した問題じゃない。

 その後、右手を怪我して、出血した途端に森がざわついた。この時の正体はもう判明している。巨大なアリの魔獣、通称“掃除屋”の群れだ。

 もしあの時捕まっていれば、今頃は肉団子にされ、女王アリのエサになっていただろう。

 あの時、私を誘導してくれたのはエコー・ベルだった。あの時エコーが巨木の大穴に導いてくれなかったら……

「えっ! じゃあオトっつぁんが泉に落ちてきたのは、エコーのおかげなの?」

「そう……ですね。そうなります」

「エコーのヤツが泉への抜け道を知ってた? ……でも、泉にエコーは泉にいないよね。

 オトっつぁんは泉の結界を抜けられたのに、エコーは抜けられなかった?

 エコーはオトっつぁんが泉の結界を通り抜けられることを知っていた?

 つまり、エコーはオトっつぁんを知っている? オトっつぁんの秘密を知っている?

 妖精だから、人には分からない何かが見えているのか? あるいは……」

「あの、ハナナちゃん?」

「…………」

「おーい、ハナナちゃ〜〜〜ん」

「はっ!!! なっ、なに?」

「どうしたの? ヘルシェイク矢野の事でも考えてたの?」

「考えてたのはエコー・ベルのことだけど、ヘルシェイナンチャラって何?」

「ごめんなさい。何でもありません」

「ええっと……泉に落ちてきたところまで話したよね? って事は今ので全部?」

「そうですね。あとはハナナちゃんも知っての通りですし」

「う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん」

 腕を組んで目をつぶり、唸るハナナちゃん。

「今の話の中で引っかかるのは、やっぱりエコー・ベルだよね。

 ベル妖精ってのは、確かに人懐っこい子が多いんだけど、オトっつぁんを泉まで誘導するあたり、かなり不自然な感じがするんだよね。

 もしかしたら、誰かの“使い魔”かもしれない」

「使い魔……ですか。でも、エコー・ベルのスキルってあまり役に立たないような……」

「エコー・ベルってのは、自分の言葉が無くて、誰かの言葉を真似る事しかできない妖精だよ。

 だけど、真似られるのは口から出た言葉だけじゃない。心の言葉を真似ることが出来るんだ」

「それってつまり……」

「つまりね、口がきけない人の代わりに、喋ってくれるって事」

「でも、それですと、“主”の人は困りますよね。エコー・ベルが側にいないと会話が出来ないわけですし。

 あのエコーちゃん、結構な時間、私の側にいたんですよ。濃霧出回りが真っ白になっていた時なんか、ずっと側にいましたし」

「確かに問題はそこなんだよね。まあそれはエコーのヤツを見つけたら考えるって事にしようかな。森に出たら会えるかもしれないしね♪」


 私の身に降りかかった事件の秘密を握っているのはエコー・ベル。本当にそうなのだろうか?

 改めてメモをみる。

 一番怪しい濃霧については、ハナナちゃんも分かってないので現時点ではどうにもならない。

 “掃除屋”については……うん。美味しかった。キモイけど美味しかった。それ以外は特に語ることもないな。

 となるとやっぱりエコーちゃんか。でも、彼女と会えたとして、はたして会話が成立するのだろうか?

 それはハナナちゃんの言うように、実際に再会できた時に考えればいいことだな。もう永遠に会えないかもしれないものな。

 納得した私はメモ帳を閉じ……、

 その瞬間、何かが見えたような気がして。再びメモ帳を開く。

 そうだ。そういえば、そうだった。覚え書きの一覧を書いていたら、書ききれなくなってしまったので、続きを裏のページに書いていたのだ。

 私は裏のページを見る。

 そこには、たわいのない言葉がただ一言、走り書きで記されているだけだった。





 “夢の件”と……

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