2-10 ここは異世界 ~覚え書き1~
2018.07.11 サブタイトルを“振り返り”から“覚え書き”に変更。
メモ帳を見ながら、私は今一度悩む。どこから話せばいいんだ? どんな切り口で始めればいい? ……分からない。
一通り説明されて「質問はありますか?」と聞かれた時、何が分からないのか分からず黙ってしまう…。そんな状況に似ているような気がする。
ならば素直に話すしかない。何も分からないと話すしかない。なにしろ私の異世界経験は一日程度。生まれて間もない赤ちゃんと同じなのだ。
素直に話すことが必ずしも正解ではない。むしろ危険な状況を生み出す事もあるだろう。
だけど私に策を弄する知恵など無い。ハナナちゃんを信じて腹をくくろう。
「ええっとですね……」
「なになに?」
「私は多分、遭難したのだと思います。分かりやすく言えば迷子ですね」
「そっか…。迷子か…。そうだね。そんな気がしてた」
「ですから、ここが何処なのか。どうやって来たのか。そして、何処に行けばいいのか。私には何も分かりません」
「そりゃあ困ったねぇ」
「はい。困っています。ですから、私が欲しいのは、今の状況を理解するための、手掛かりや足掛かりなんです」
「ふむ、手掛かりや足掛かりか……。それで、オトっつぁんは何が知りたいのさ」
「それがですね……。困ったことに、何を聞けば良いのか分からないんですよ」
「あはははっ。そりゃ確かに困ったねぇ♪」
「ですからハナナちゃん!」
「な、な、なに? なんだよ?」
「これから私に起きたことを話そうと思います。その都度ハナナちゃんに質問しますから、何か引っかかることがあったら教えてください」
「へ〜、なんか面白そうだな。いいぜいいぜ♪ アタシの知ってることなら教えたげるよ♪」
「よろしくお願いします」
最初に話すべきは何だろう?
やはり自分の立ち位置だと思う。ハナナちゃんの立ち位置と比べるためにも。
「それでは…まずはですね。………私は、日本人です」
「なんだか唐突だね。でも、昨日聞いたから知ってるよ♪」
「そ、そうでしたっけ? はははっ。え〜っと……。そして私は、日本という国に住んでいます」
「そうなんだーー。それで、ニホンって何処にあるの? アタシが知りたいのはそこなんだけど」
「それが、その………分かりません」
「え? もしかして、自分の国が迷子なの? どこかに行っちゃった?」
「いやいや、国が動くわけ無いでしょ! 常識的に考えて!」
「え?」
「え?」
「……オトっつぁん、知らないの?」
「あ、あるんですか!? 動く国!」
それはもしかして“独立国家やまと”とか、“ひょっこりひょうたん島”的なものだろうか?
「結構あるよ。有名なのだと、スカイエルフの“天空城”とか。ほら見て、あれだよ! あれ!」
ハナナちゃんは上空を指さす。その先を見ると、遠くに何かが浮かんでいた。雨上がりなのではっきり見える。
その小さな球体は、月でも人工衛星でもなかった。ガシャポンのカプセルのように上半分は透明で、中には城らしきものがある。正に天空城!
ただしその姿は、“ラピュタ”よりも、白色彗星帝国の“都市要塞”や、ミンキーモモの“フェナリナーサ”に近い。
「おーい、オトっつぁ〜ん♪」
「…へ?」
「なんかアホみたいな顔してたけど、大丈夫?」
「そ、そうですね。多分、大丈夫です」
とんでもないものを見てしまったのだから、呆けるのも仕方ない。だけど待てよ? 本当にあれは天空の城なのか?
現実的に考えてみよう。巨大な飛行物体と言えば……大型の気球とか?
国は国でも人口4人の“シーランド公国”みたいな“自称国家”かもしれないじゃないか。大型気球なら4人以上乗れるだろうし。
よし、納得した! 現実逃避完了!
「ええっと、日本というのはですね、大陸の東の果てにある島国なんです」
「大陸の東の果て……。よく分からないけど、とんでもなく遠い所なんだな」
「そこがよく分からないんですよね。遠いのか近いのか。距離感が掴めなくて……」
「東の最果てなんでしょ? 歩いて行けないところなら、遠いに決まってるじゃん♪」
「ははは、なるほど。それは分かりやすいですね……」
でもねハナナちゃん。私は歩いて来たんですよ。日本国内を歩いていたのに、トンデモナイトコロに来てしまったんですよ。
はたして異世界とは遠いのか近いのか……
「せっかくだし、アタシのことも話すね」
「え? あ、はい」
「冒険者になって以来、根無し草だけど、アタシの故郷は“ノバラノオウコク”だよ」
「“ノバラノ王国”ですか。……ええっと、“ノバラ”というのは、植物の野薔薇ですか?」
「うん、そう。お花の野薔薇。で、アタシの一族は“野薔薇ノ民”って呼ばれてる。“野薔薇ノ王国”の民って意味ね」
「はあ。“野薔薇ノ民”……ですか」
ふと茨城県を連想した。“茨ノ城”と“野薔薇ノ王国”。“茨”と“野薔薇”。似てるような気がするけど、多分関係ないよな。
話を続けようとハナナちゃんを見ると、私をじっと観察していた。
「な、なんですか? 何事です?」
「う〜ん。節操無しなのに無反応か……。オトっつぁん、本当に知らないのな」
「“野薔薇ノ民”の事ですか? 確かに初めて聞く名前ですけど、それと無節操と何の関係が?」
「へへへ〜〜っ♪ ナ・イ・ショ♪」
凄く気になるが、ハナナちゃんはイタズラっぽく笑うだけで、それ以上教えてくれなかった。
しょうがない。次に行こう。
「それでですね、私は観光旅行に出かけたんですよ」
「ああオトっつぁん、それも昨日話してたよね。城巡りだの跡地だのって」
「まずは名古屋という街に一泊して、朝になって関ヶ原に向かいました。それが昨日のことです」
「ふ〜ん…………ん?」
そこでハナナちゃんは何かに気付いた。
「オトっつぁん、今なんて言ったの?」
「名古屋に泊まって……」
「いや、そっちじゃなくて、後の方」
「関ヶ原……ですか?」
「セキガハラ……セキガハラ……。なんだっけ。聞いたことがあるんだけど」
驚いた。日本を知らないのに、関ヶ原は知っている? 一体どういう事だ?
ハナナちゃんは記憶を探ろうと両手で頭を抑える。
「たしか……400年くらい前に西と東に別れて世界をかけたスゴイ戦いがあったんだよね?」
「そう…ですね」
「西の大将がイシダで、東の大将がトクガワ……だったかな?」
「大体そんな感じです」
「で、東軍のトクガワが勝ったんだよね」
「はい。その通りです。でも、どうして知っているんですか?」
「多分ね、酒場で聞いたんだと思う。あそこにたむろする連中は戦話とか大好きだからさ」
それはつまり、異世界に伝わるくらい大きな戦いだったという事だろうか。
謎は深まるばかりだな。次行ってみようか。
「関ヶ原で古戦場跡を巡っていたらですね、おかしな事に巻き込まれました。突然空から濃霧が降ってきたんです」
「濃霧が? 空から?」
「はい。これがまたスゴイ濃霧でして、周りが真っ白になってしまいまして」
今度のハナナちゃんは腕を組んで考え始めた。
「霧…濃霧……」
「あれが何だったのか、ハナナちゃんは分かりますか?」
「アタシが知ってるのは……“ミストリアン”くらいかな?」
「ミストリアン…ですか?」
「霧に紛れてやって来る厄介な妖魔だけど、あれは横移動なんだよね。空から濃霧が降るなんて聞いたこと無いよ」
「そうですか……。
ところで“ヨーマ”とは何ですか? 魔獣とは違うのでしょうか?」
「どっちも魔法を使うんだけどね。魔獣は生き物だから食えるけど、妖魔は幽霊みたいなものだから、倒すと消えちゃうんだ。食えないヤツさ」
「ははっ、なるほど」
価値基準が食えるか食えないかってのは……まあ、重要か。
食料を現地調達出来なきゃ、この泉にだっていられないものな。
これ以上は膨らまない感じだし、次行ってみよう。
「何も見えない濃霧の中で、じっとしてたら声が聞こえたんですよ。私と同じしゃべり方なんですが、声は女の子で…」
「あ〜〜〜〜〜〜、それ、エコーだわ。会っちまったかオトっつぁん」
「知っているのですか! ハナナちゃん!」
「うん、知ってるよ。エコー・ベルだろ? ウンザリするくらい知ってる」
長くなりそうですので、一旦切ります。