2-9 ここは異世界 ~津々~
魔法石は何とか無事に見つかったが、その後に待っていたのはハナナちゃんの説教だった。
そりゃそうだ。せっかく価値ある物をくれたのに、気持ち悪いからって投げ捨てちまったんだものな。
でもしょうがないんだよ。気持ち悪いんだもの。おまけにちょっと臭いし……。
あ、いや、もちろん反省してますよ? 真摯に反省してますってば。だから大人しく地べたに正座して、ハナナちゃんの説教を聞いてるじゃないですか。
冒険者の食い扶持である“戦利品の持ち帰り”がいかに困難か。
魔法石のように小さくて軽くて換金率の高いアイテムがどれだけありがたいか。
ひとしきり聞いて、全部理解しましたから。ちょっとキモくて臭いくらいならガマンしますから。
というわけで、改めて手渡された“掃除屋”の魔法石(臭)。う〜ん、どうしよう……
小さいしか対から荷物にならないし、とりあえず記念にもらっておくのは良いのだけれど、やっぱり問題は臭いだよなぁ。
水洗いした程度じゃこれ以上臭いは落ちないみたいだし、裸のままリュックやポケットに入れたら臭いが移りそうだ。
何かに包むか? でも、何かあったっけ?
ティッシュ? ハンカチ? コンビニ袋?
そういえば、ゴミ袋の中に、あれがあったな!
ふと思いだした私は、リュックから口を縛ったコンビニ袋を取り出す。中身は全部、食べた際に出た梱包ゴミだ。すぐに捨てられるようまとめておいたものの、捨てるタイミングを逃してリュックに入れたままになっていた。
縛っていた口を開け、袋から取り出したのは、メロンの形をしたシャーベットの容器である。
“メロンボール”
かつて井上屋によって開発され、40年を越えるロングセラーとなったシャーベットである。
子供の頃はこの“メロンボール”と、ゴム容器にアイスを充填した“たまごアイス”が大好きだった。
たまたま立ち寄った“ローソン100”で、“メロンシャーベット”という類似品が売られていたので、懐かしさからつい買ってしまったのだが、まさかこんな形で容器が役立つとは。
あ、でもこのままだと、溶けたシャーベットの残り液がベトつくか。水洗いしないと……
泉を見ようと振り返ると、そこにはハナナちゃんの顔があった。危ない危ない。出会い頭ならぬ振り向き頭で激突するところだった。
それにしても何故、気配を殺して背後に回り込むのであろうか。
盛大に頭突きするならまだしも、うっかりチューなんかしたらどうするんだよ!
しかしハナナちゃんの熱い視線は、メロン容器ただ一点に絞られていた。
「何これ♪ 何これ♪」
好奇の心サーバルちゃんの如し。さっきまで不機嫌だったハナナちゃんの瞳は、興・味・津・々とばかりに輝きに満ちている。
私にとっては少年時代を思い出す懐かしい容器だが、ハナナちゃんにとっては未知の世界に思いを馳せる珍しい容器であるようだ。
「……こんなもので良ければ、1つあげますよ」
実はこのメロンシャーベット、税抜き価格100円で統一するため、2つ入りだったのだ。ありがとうローソン100。
「えっ! ホントにっ? ヤッターッ♪」
子供のように喜ぶハナナちゃん。こんな容器1つで大はしゃぎなんて、日本じゃ今どき幼稚園児だってしないよなぁ。
コーラ瓶1つで大騒ぎになるコメディ映画“ミラクル・ワールド ブッシュマン”を思い出す。
これぞ異文化コミュニケーション。いや、異世界コミュニケーションっすなぁ。
2つのメロン容器を水洗いし、魔法石を入れてフタをすると、私は意味も無く容器を振るとカラカラと音がした。
ハナナちゃんは巾着袋の中身をメロン容器に流し込む。何とかフタをすると、ハナナちゃんも意味無く容器を振る。容器はザッザッと中身の詰まった音がした。
「えへへっ お揃いだね♪」
そう言いながら笑うハナナちゃんは、本当に嬉しそうだ。
それにしても…全部魔法石なのだろうけど、結構な量だな。いくつか違う色もあったが、大半は“掃除屋”の黒いやつ。一体何匹の“掃除屋”を食べてきたのやら。少なくとも10匹以上であることは間違いない。
ん? ちょっと待てよ?
それだけの数の魔法石を手に入れて、どうして換金してないんだ?
株相場のように魔法石のレートが高くなるのを待っているのか?
それとも、換金したくてもできないのか? 例えば、街に戻ってないとかで…
「あの…ところでハナナちゃん? ハナナちゃんはこの泉に、どれくらいいるんですか?」
「う~ん、かれこれ一ヶ月かな。そろそろほとぼりが冷めるかなって思ってるとこ♪」
「ほ、ほとぼり? ほとぼりって一体なんですか?」
「あははは♪ なんでもな~い♪ オトっつぁんが気にするような事じゃないよ~♪」
照れ隠しのような笑顔がめっちゃ不穏なんですけどっ!
もしかしてハナナちゃんは怪盗で、警察に追われる身とか?
あるいは悪者から目の敵にされてて逃亡中とか?
まあ、そう言うのをひっくるめて、冒険者なんだろうな。常に危険と隣り合わせで、死して屍拾うもの無しって感じの……
ハナナちゃんは、しばらく魔法石が詰まったメロン容器を眺めていたが、満足したのか、先ほどまで魔法石を入れていた巾着袋にメロン容器を入れ、口を縛って腰のポーチにしまう。
「なんだかずいぶん寄り道しちゃったけど、そろそろ聞かせてよ。オトっつぁんの話」
メロン容器で期待値が上がったのか、ハナナちゃんの瞳はこれまで以上に津々と輝いていた。
ちょっと近所のローソン100に現物を確認に行ったら、メロンシャーベットは置いて無くて、代わりにあったのはぶどうシャーベットでした。これはこれで美味しかったです。
そして次回からようやく話が進められそうです(^^;