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2-6 ここは異世界 ~むかしむかし~

 泉に張り巡らされた結界は、ハナナちゃんの一族を“外敵”から護るためのものらしい。

 ゲリラ豪雨は確かに危険だから、“外敵”と認識されるのも分かる気がする。

 巨大アリの“掃除屋”が入ってこないのも“外敵”だからだろう。これも分かる。

 ではハナナちゃんが仕留めた“掃除屋”を泉に持ち込めたのは? すでに死んでいて食材と化しているから“外敵”ではなく“味方”と認識されたと思われる。

 では私は? 私は何故結界を通り抜けられたのだろう?

 恐らくは“味方”と認識されたと思われるが、その基準は何だ? 何を根拠に認識したのだろう。

 そんな疑問をハナナちゃんにぶつけてみる。

「可能性は二つあるんだよね。

 一つはオトっつぁんの想像通り、結界がオトっつぁんをアタシら一族の“味方”と判断したって場合。

 でもオトっつぁんて、明らかにアタシらとは違う民族だよね。凄く個性的な顔してるし♪」

 確かに私がハナナちゃんと同じ一族って事は無さそうだ。

 青春を過ごしたのは山口県の岩国市だけど、両親の血筋的には生粋の奄美大島人だからなぁ。日本人としても個性が溢れているのは自覚しておりますです。はい。

「もう一つは考えにくいけど、オトっつぁんがたまたま、結界に開いた穴をくぐり抜けてきたって場合かな。

 何しろ五百年も昔からある結界だからね。どこかに隙間が出来てても不思議は無いかなぁって」

 なるほど、確かにその可能性の方が高いかもしれない。

 私は大樹の根元にあった大穴をくぐり抜けて、泉に落ちてきたのだ。もしかしたらあれが抜け道だったのかも。

「だけどアタシは、結界がオトっつぁんをアタシの“味方”だと思って通してくれたんだと思うな♪」

「それはまた、どうしてですか?」 

 ハナナちゃんは少し考えると、私にこう切り出す。

「ちょっと長くなるけど、昔話をしてもいいかな?」


「これは曾々婆ちゃんから聞いた話なんだけど……」

 曾々婆ちゃんとはまた…。やたら長生きなのか、早婚の家系なのか。

「五百年前、居場所を無くした百人の姉妹が、この森に逃げ込んだんだって。何日も何日もさまよって、やっとの思いで辿り着いたのが、この泉だったんだって」

 全員女の子で血縁関係にあるのか。異母兄弟ってやつかな。

「だけど姉妹の半数が逃亡生活の疲れで倒れちゃって、旅はもう無理だった。そこで長老をしている一番年上のお姉ちゃんは、決断を迫られたわけだ。

 みんなで泉に留まるか? だけど森は危険で一族が全滅するかもしれない。

 動ける者だけで旅を続けるか? 動けぬ妹たちを見捨てることになるし、そもそもあてもない。

 ねえねえ、オトっつぁんだったらどっちを選ぶ?」

「え? その二つで? う〜ん……」

 突然の謎かけである。

 そのまま死を受け入れるか、前に進むか、の二択ということだが。

 前に進む方がポジティブだし、何かを変える可能性もあるけど、すがるべき希望に根拠が無いのがネックだな。なんとか生き残ったとしても、仲間を見捨てた負い目を生涯負い続ける事になる。辛いな。

 みんなで留まる場合は、全滅まっしぐら。奇跡に頼る以外、生き残る道は無い。それでも、みんなで仲良く死ねるならマシかもな。独りぼっちじゃないし、負い目を感じることもないだろう。

「さあさあ、オトっつぁんはどっちを選ぶ?」

「どっちも無理。だから、第三の道を考えます」

 まあ私の場合、第三の道を考えるうちにグダグダになって、時間切れで終わるのが関の山なんですけどね。

「なぁんだ。つまんない。オトっつぁんも長老姉ちゃんとおんなじかぁ〜」

「………と、言いますと?」

「長老姉ちゃんが選んだのも、第三の道って事」

 まさかその長老様も、私みたいに選択できずグダグダに? ……んなわけないか。

「長老姉ちゃんはね、強くて元気のある妹たちを何班かに分けて、旅を続けさせたんだよ。居場所や助けてくれる人を見つけたら、迎えに来て欲しいって頼んでね」

 なるほど、少人数に分けたのか。確かに弱い子を守りながら群れで移動するより、少数精鋭で旅をした方が生存率は上がるだろうな。

 一族の全滅を避けるためには最良の策だと思うよ。だけど問題はそっちじゃない。残されたか弱き妹たちをどうするかだ。

 私のネガティブ思考だと、妹たちが苦しまないよう集団自殺……くらいしか思いつかないけど。

 はたして長老様は?

「長老姉ちゃんはね、妹たちを集めて最後の別れをすると、泉に身を投げたんだよ」

 は? 身投げ? 自殺? それって……つまり……?

「つまり、人柱だね。長老姉ちゃんは妹たちを護るため、人柱になって泉に結界を張ったんだ」

 ああ人柱ね。なるほど。人柱伝説は日本でも各地に残されているからな。

 災害や敵襲から護られるよう神様に祈願する目的で、人を生きたまま地中に埋めたり、水中に沈めたりする風習だ。

 よくある話だ。昔話ならば特に。

 だけど……、リーダー自ら人柱になるのは珍しいのではないだろうか。

「こうして妹たちは泉の結界に護られ、旅に出た姉達が戻ってくるまで生き延びることが出来ましたとさ。めでたし、めでたし」

 あ、終わった。とりあえず拍手拍手。

「オトっつぁんはこの話が何を伝えているのか分かる?」

 再び謎かけをしてくるハナナちゃん。

「どんな困難があっても、同じ一族、力を合わせて頑張りましょう。結束しましょうって話だと思いましたけど」

「そうだな。それもあると思うよ。うん」

「あとは……この泉がハナナちゃんの一族の避難所となった経緯ですか」

「そうそう、それそれ♪ でもそれって、どういう事だと思う?」

「え? うーん、うーん……。いや、分からないです」

「つまりね、この結界には長老姉ちゃんの意思があるってこと。……ううん、違うな。長老姉ちゃんそのものと言って良いかも」

 長老様……そのもの?

 私は思わず辺りを見回す。

 確かにこの泉は外の森とは違っていた。静かで穏やかで、優しい母に抱かれているような安心感があった。

 それは五百年前に人柱となった長老様の残留思念なのか。あるいは泉の奥底には長老様の遺体が今も眠り続けているのか……

 そして私は見た!

 泉の中央に立つ人影を。女神のように美しく、母のように優しい笑みをたたえた女性を。

 瞬きした途端に消えてしまったが、決して見間違いなんかじゃない。

 確かにそこに長老様がいた。


「……でもまあ五百年前の話だし、口伝えで胡散臭いし、嘘っぱちかもね。ちなみにアタシ、この話まったく信じてないから! あははははっ♪」

 そう言いながら大笑いするハナナちゃん。

 全否定かよ! 騙す気満々で話してたのかよ! 草葉の陰で長老様が泣いてるぞ!

 改めて泉を見るが、水面には誰もいなかった。気のせいだったのだろうか?

 そりゃそうか。いたとしたら幽霊だものな。霊感ゼロの私に見えるはずもない。

 きっと何かを見間違えたのだ。今はそう思うことにしよう…。

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