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23-13 せいぎのめがみさま ~信徒編13~ 苛立ち、そして迷い

「え? いや、ちょっと待て…。ミカよ、上がった語彙力で真っ先に口にするのがそれなのか」

「えへへへ♪ ミカくんってば、もうっ! 困っちゃうな〜♪」

 先頭を歩く幼い少年は、傍目に見れば異様に映ることでしょう。

 ずっと右腕を掲げながら度々虚空を見つめ、楽しそうに独り言をつぶやいているのですから。

 もっとも、話し相手が見えれば見えるで、卒倒ものの光景を目の当たりにすることになるのですが。

 何の話をしているかと耳を澄ましてみれば、聞こえて来るのは自慢話でした。

 大好きな兄と姉がいかに素晴らしいか。それを延々と、そして饒舌に語るのです。

 それは後から付いて歩く2人の当事者にとり、気恥ずかしくなる褒め言葉の羅列でした。

 照れ隠しでしょうか。バスケットを抱えたロズワルドは、明後日の方角を見つめながら話題を逸らします。

「そ……それにしても、ゴーストレディ。散々急かしていたにしては、随分とノンビリだよな」

 隣を歩くディケーも、ほっこりと笑いながら、ロズワルドの疑問に付き合いました。

「それは仕方ないよ。肉体を失なった魂は、時間の感覚が麻痺してしまうから…」


 空腹や眠気。便意や尿意。成長や老化。日の出から日の入り。春夏秋冬。あらゆるものの始まりと終わり。

 命ある肉体は、常に様々な時間制限に縛られ、抗えません。それが生きると言うことなのでしょう。

 故に死を迎え、肉体から解放されれば、様々な時間制限からも解放されます。体内時計を失ってしまうのです。

 魂だけの幽霊が時間にルーズになってしまうのは、仕方のない事だと言えるでしょう。

「だから、どんなに歩みが遅くても、ミカくんが前に進んでさえいれば、満足するのだと思うよ」

「どんなに遅くてもって……、使命達成に何年かかっても大丈夫って事かよ?」

「うん。そう。使命によっては何年かかっても構わなかったりする場合もあるでしょうね。もちろんタイムリミットはあるけれど、生者に比べたらずっと余裕がある。なにしろゴーストレディはもう、命を失う心配がないからね」

「はぁ〜。願わくば、オレがヨボヨボのジジイになる前に、決着を付けて欲しいもんだぜ」

「あははは♪ いくら何でもそこまではかからないよ♪ ………多分」

 そこでロズワルドは気付きます。とても大事な事に。

「ちょっと待てよ? それってつまり……、生きている人を助けるには、厳しいタイムリミットがあるってことか」

「そうだよ。命には限りがあるからね。生きている人を、生きたまま助けようと思ったら、のんびり構えてなんていられない。それこそ、一分一秒を争うことになるでしょうね」


 突然、ストン!と着地する音と共に、2人は背後に気配が現れます。

 振り返ると、伝令神が戻っていました。

「お帰りヘルメスくん。どうだった?」

「うん。上空からざっと見回してみたのだけれどね、隣町の外れに、焼け落ちたばかりの屋敷跡が見えたよ。恐らくはそこが事件の始まりだろう。これ以上知りたかったら、現地で聞き込みをするか、当事者に話してもらうしか無いだろうね」

 しかしミカゲルによると、ゴーストレディはブローチに執着するあまり、他のことは何も話してくれません。

「とても、とても、大切なブローチなの」と、その一点張りとのことです。

 ゴーストレディに何が起きたのか? ブローチにはどんな秘密があるのか? ブローチを見つけけたとして、それで終わるのか?

 事件の全体像が見えず、ゴールも分からない。はっきりしない状況にロズワルドは、苛立ちを感じておりました。

「なあ、ヘルメスさんよぉ。聞き込みしてくるから、オレを隣町まで連れてってくれねぇか?」

「ふむ、お安いご用ではあるよ。だがしかし、これはミカくんの使命だ。ミカくんの頼みならばやぶさかではないが、君の好奇心を満たすための協力は出来ないね」

「そうだよロズくん。君は君の使命を果たさなくちゃいけないんだから」

「分かっちゃいるけどさ、オレの使命とやらは、いつ始まるんだ?」

 いつまで経っても自分の任務が始まらない。それもまた、ロズワルドが苛立つ理由でもありました。


 正義を必要としないくらい世の中が平和なら、何の問題もありません。

 しかし現実は違います。ブローチを巡る事件だけでも、すでに多数の命が失われているのですから。

 にもかかわらず、ロズワルドには何の使命も始まらないのです。正義の信徒として覚醒しているはずなのに、何故?

「まあまあ、落ち着きたまえよロズワルドくん。少し整理してみようじゃないか」

 苛立つ少年に、伝令神はにこやかに話しかけます。

「ディケー姉さんが用意した正義のタイプは3つだ。そのうち、ミカゲルくんが覚醒したアベンジャータイプだが、どうやら君には向かないようだ」

「ああ、願い下げだね」

「残す2つは、救う正義のセイバーと、倒す正義のデストロイヤー。このどちらかのタイプになるはずだ。しかしロズワルドくんは、このどちらも覚醒してない。一体何故なのか? 思うにこれはロズワルドくんの心の問題だと思うのだよ」

「オレの? 心の?」

「悪を倒し、人を救う。両方出来れば良いのだけれど、現実は都合良く出来てはいない。どちらか1つを選んだり、順番を決めなければならない時もある。さてロズワルドくん。君はどっちを選ぶ?」

「え、いや…その……」

「どちらか1つなんて選べない……か」

 ロズワルドは黙り込んでしまいました。

「正にそこなのだよ! ロズワルドくん!」

「え? そりゃ一体…」

「つまりだ。君の心の釣り天秤が釣り合ってしまっているのさ」

「心の……釣り天秤?」

「救う正義も倒す正義も等しく重いから、心の釣り天秤がどちらにも傾かない。だからどちらのタイプも覚醒出来ずにいるのさ。だけどこれはチャンスかもしれない」

「チャンス?」

「そう。自分の意志でどちらかを選ぶチャンスさ。強制されるよりは遥かに良いだろう?」

「それはそうだけど……たしかにそうだけど……」


 オレは…、オレは…、どっちを選べば良いんだ……

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