23-12 せいぎのめがみさま ~信徒編12~ ミカは語る
困惑しながらミカゲルは答えます。
「何がヘッチャラって……もう、さっきも話したでしょ? ウンザリするほど見てきたの。血の海も、沢山の屍体も、腐っていくところも、大勢の幽霊も。だからヘッチャラなの」
ミカゲルの返答に、更に困惑したのはディケーとロズワルドでした。
「ええっと…ミカくん、ちょっと質問いいかな?」
「いいけど…、おばちゃんが待ってるから早くしてね」
「それじゃ…ミカくんはもしかして、昔から幽霊が見えていたの?」
「うん。ボクが赤ちゃんの頃に死んだおばあちゃんがね、幽霊になっても、ずっとボクの側にいてくれたの。だから独りぼっちでも寂しくなかったし、幽霊もちっとも怖くないの」
「そう、物心付く前から……。ミカくんがアベンジャータイプになるのは必然だったのね。それじゃ、おばあちゃんは今もミカくんの側にいるの?」
「ううん。ロズお兄ちゃんと会った時に、お別れしたよ」
「えっ!? オレと会った時に?」
「うん……。『もう寂しくないね』って言って、バイバイって手を振りながら、消えちゃった……」
そう言って、ミカゲルは寂しそうに笑いました、
ディケーは推測します。
ミカゲルの祖母は、幼いミカゲルが心配で強い未練となり、死して尚、現世に留まったのでしょう。そして守護霊のように、ミカゲルを護り続けていました。しかし、ロズワルドの保護下に入ったことで安心し、冥土へと旅立ったと……
そうなると疑問が出ます。本来の保護者である両親は、何時ミカゲルを残し、そして何処へ行ったのでしょう?
「オレにも質問させてくれ」
「うん、いいよ」
同じような疑問を感じていたのか、続けてロズワルドが問います。
「オレと会う前に、何があったんだ? 沢山の屍体ってどういうことだ?」
「うん……。ボクがいた村の人がね、全員死んじゃったんだよ」
「村人が!? 全員!? 一体何があったんだ!?」
「ボクも、あの日のことはよく分からないの。でも、幽霊のおばあちゃんがね……」
ミカゲルは少し考えてから話を続けます。
「お父さんもお母さんもお仕事で忙しかったし、村にはボクしか子供がいなかったから、いつもおばあちゃんと遊んでたのだけど……。あの日は、おばあちゃんがボクを、床下の地下室に行こうって誘ってきたの。でもボク、階段を降りていたら途中で滑り落ちちゃって、気絶しちゃった。目を覚ましたら、地下室の戸が閉まっていて、やっとの思いで開けたのだけれど……。地上に出てみたら、村がおかしくなっていたの」
「おかしいって……どんな風にだ?」
「お父さんもお母さんも、村のみんなも、話しかけてもお返事してくれないし、触れないの。それに村のあちこちが、沢山の血で汚れてた。そして村の中央の広場には、焼かれた屍体が山積みになっていたの」
「それってつまり……」
「うん。あの時は何が何だか分からなかったけど、今なら分かるよ。村の人達は誰かに殺されて、みんな幽霊になっちゃったんだって。ボクはどうすればいいのか分からなかったけど、おばあちゃんがいてくれたから、怖くはなかったよ。でも、焼けた屍体が腐り始めた頃には食べ物が無くなっちゃって……。村を出て、木の実を探して森を彷徨っていたら、ロズお兄ちゃんを出会ったの」
ロズワルドは背筋が凍り付きました。全滅した村に心当たりがあったのです。
それは、気ままな一人旅をしていた時に教えられた、恐ろしい疫病の話でした。
とある村で謎の疫病が蔓延し、政府は疫病を阻止するために村人を皆殺しにし、村の周囲を隔離したというのです。
実際、その村へ続く道は閉鎖され、村を覆うように壁も作られ、警備隊による厳重な監視も行われており、壁を越える者は容赦なく殺すと警告もされていました。
ロズワルドは仕方なく、森を抜ける回り道をしたのですが、その時に出会ったのが、他ならぬミカゲルだったのです。
状況から判断するに、ミカゲルのいた村は、いわゆる"疫病村"で間違い無いでしょう。ですが、もしミカゲルが疫病持ちなら、ロズワルドが無事なはずはありませんし、これまでの旅で蔓延しているはずです。
つまり、疫病自体がフェイクで、村は何かの策略で滅ぼされた? ミカゲルは陰謀に巻き込まれた被害者……いや。
もしかして、狙われていたのはミカゲルだった?
そんなわけがあるか! いくらなんでも考えすぎだ!
ロズワルドは頭を振って否定しますが、突然湧き上がった妄想は、なかなか頭から消えませんでした。
「あ、そうだ! おばちゃん、ごめんね。もう少し待っててね」
虚空を見上げながら申し訳なさそうに謝った後、ミカゲルは二人に向き直ります。
「山小屋でのお話だけど、さっきは上手く話せなかったら、もう一回言うね」
ディケーとロズワルドは黙ってうなずきます。
「山小屋にいたおじさんは、全部で6人。机越しに3人ずつで、片方はいかにも悪そうなゴロツキ。もう片方は身なりが良くてお金持ちみたい。それに仮面で顔を隠していたよ。で、二組のおじさん達は、お金のことで揉めてた」
「それは……もしかして、ゴロツキが実行犯で、金持ちは仕事の依頼人か?」
「う〜ん。そうかも」
「つまり…流れを考えると……
最初に金持ちがゴロツキに、ブローチを盗むよう依頼。
次にゴロツキが何処かのお屋敷からブローチの盗んで放火。
その際、火事に巻き込まれて死んだレディが、ブローチへの未練からゴースト化。ミカに助けを求めると。
一方、金持ちとゴロツキが相対するも、報酬額で揉め始めた。そこに現れたのが……」
「そう。剣のお姉さん。あっという間に5人をやっつけちゃった」
「5人? 1人は見逃したのか?」
「ううん。やっぱりやっつけちゃうけど、その前におはなししてた」
「なんだろう? 情報収集……かな? それとも捨て台詞的なヤツ?」
「う〜ん、わかんない」
「お姉さんの特長は? 人相とか、格好とか」
「白い服だったよ。なんか格好良かったし、悪そうには見えなかったよ」
ロズワルドは考え込みます。
冒険者が汚れの目立つ白い服なんて着るわけがありません。ということは彼女の正体は騎士なのかも。しかし、騎士がゴロツキからお宝を横取りするでしょうか?
いや、横取りではなく、取り戻したのなら?
ゴーストレディがどこぞのお金持ちで、彼女の護衛をしていたのが女騎士なら、話は繋がります。ゴーストレディを守れなかった女騎士が、せめて敵討ちにとやってきて、ブローチを取り戻したのかも?
でもそれなら、ゴーストレディが未練ダラダラにブローチを探し続けているのは何故でしょう? やはり女騎士も敵なのでしょうか?
真相に迫るには、まだまだピースが足りないようです。
「それミカ、ここにあるはずの6つの屍体は、何処に行ったんだ?」
「わかんない。剣のお姉さんが立ち去るまでしか見えなかったから。多分、ブローチとは関係ないんじゃないかな」
「うーん、そうか…。しかし気になるよなぁ」
そう言いながらロズワルドは床を見つめます。
「あれ? なんだこれ?」
「ロズくん、どうしたの?」
「見てよ、ねーさん。何かを引きずったような痕がある。それにでかい足跡だ」
ディケーが見た時は気付きませんでしたが、窓を開けて部屋が明るくなったおかげで、思わぬ痕跡が見つかりました。
「ミカ、ここにいた6人の中に大男はいたか? 身の丈2メートルを超えるような大男だ」
「ううん。いなかったよ」
「どうやらそいつが屍体を持ち去ったらしい。何でだろう。ねーさん分かる?」
「証拠隠滅の屍体隠しならまだ可愛いけど、死人使いだと厄介だね。ロズくんやミカくんが相手をするには、まだ早すぎる相手だよ」
2人が頭を抱えていると、ミカゲルが怒り出しました。
「もういいでしょ! 出発しようよ! 幽霊のおばちゃんが待ってるんだからねっ!」