23-10 せいぎのめがみさま ~信徒編10~ 山小屋
ロズワルドは山小屋の戸を閉めると、ディケー達の元へ一目散に駆け戻ります。
「ヤバイヤバイヤバイヤバイ! 何が"身の丈の正義"だよ! ねーさんの大嘘つきっ!!」
「はぁ!? 誰が大嘘つきだっ! ……血相変えてどうしたの?」
「なあ、なあねーさん。これってミカの使命なんだろ? ミカの身の丈に合ってるんだよな? だけど5才児にはハードすぎじゃねえの?」
「落ち着いてよロズくん。山小屋に何があったのさ?」
「血生臭いんだよ! 山小屋の中、むせ返るほど血の臭いで溢れてやがる!」
「血の…臭い…。何か見た?」
「いや、見るまえに逃げてきた。だって臭いだけで十分ヤバイんだよ! 人なのか動物なのか分からないけど、結構な量の血が流れてるはずさ」
「そう。分かった。様子を見てくれから、二人はここで待ってて」
「いや、でも、ねーさん!」
「ふふふ、心配してくれてありがとう♪ でも私は大丈夫だよ。こう見えても、数え切れないくらい修羅場をくぐり抜けてきたんだから♪ もしかしたら外にも危険があるかもだから、警戒していてね」
そう言い残すと、ディケーは山小屋に入っていきました。
「外も警戒しろ…か」
ロズワルドは周囲を見回しますが、日差しは暖かく、目に付く風景は牧歌的です。耳を澄ましても、小鳥のさえずりが聞こえるくらいでした。時折穏やかな風が吹くおかげか、不快な鉄さびの臭いもしません。山小屋のことを知らなければ、平和そのものでした。
「ねえ、にいちゃん」
「どうした、ミカ」
「ぼく、はやくなかにはいりたい」
「今、ねーさんが安全を確認してくれてる。もう少し待とうぜ」
「うん。わかった。………ごめんねおばちゃん。もうすこしまっててね」
気付くのが遅れたロズワルドは、時間差でゾッとしました。
当たり前のようにミカゲルは、ゴーストレディと会話していたのです。
それが"アベンジャー"タイプの能力だと考えれば、納得も出来ます。では、酷い火傷を負ったレディを見ても、ミカが動じないのは? それも"アベンジャー"の能力なのでしょうか? それともミカが死者に対して鈍感すぎるだけ? 逆にロズワルドは敏感すぎた?
突然、パキンと枝を踏み折る音が聞こえ、ロズワルドは慌てて振り返ります。
「お待たせ♪」
現れたのは、バスケットを抱えた伝令神でした。
「なぁんだ、ヘルメスかよ。ビックリさせんじゃねーよ」
「どうしたんだい? 怖い目にでも合ったのかい? 顔が青いぞ」
「別に…」
その時、山小屋正面にある窓が、ガタガタと音を立て開けられます。
そこからひょっこりと、ディケーが顔を出しました。
「二人とも入って大丈夫だよ。あ、ヘルメスくんも合流したんだね。君も入る?」
「遠慮しましょう。実は血を見るのは苦手なんです。それにバスケットに臭いが付いたら大変だ。外で昼食を護っていますよ」
「そう…。じゃあ、見張り番お願いね」
ロズワルドが山小屋のドアを開けた時には、全ての窓が開け放たれていました。
風通しが良くなり、空気が入れ替わったおかげで、血の臭いも薄まっています。
日差しが入って室内も明るくなり、不気味な感じもなくなりました。
なるほど。これくら健全なら、5才児が入っても大丈夫かもしれません。
「屋根裏から地下室まで、部屋を全部見て回ったけれど、誰もいなかったよ。生者も死者も無し。だけど一番広い部屋がね、血まみれなんだよ。入るなら覚悟してね」
流石に、まったく問題なしとはいかないようです。
しかしミカゲルは、ちょこちょこと歩いて行くと、止める間もなく一番広い部屋へと入っていきました。
慌てて付いていくと、ミカゲルは何一つ動じることなく、一面血まみれの大部屋を見回していました。
「おい、ミカ。大丈夫か?」
「え? なぁに、おにいちゃん」
「怖くないか? 気持ち悪くならないか?」
「どうして? ぼく、へいきだよ?」
「そうなのか。なら、いいけどよ……」
ミカゲルに釣られて、ロズワルドも部屋を見回します。
床にはあちこちに血溜まりがあり、まだ乾いていません。飛び散って出来た血痕は、壁だけでなく天井にもあります。
気分が悪くなってきたロズワルドは、窓に駆け寄って新鮮な空気を吸います。
外を見るとちょうどヘルメスがいて、乙女ならキュン死しそうな、さわやかな笑顔で手を振ってきました。
なんだか余計に気分が悪く悪くなりそうだったので、視線を部屋に戻して義姉の姿を探します。
ディケーは廊下で待っていました。大部屋に入らないのはミカゲルの探索の邪魔をしないためでしょうか?
外の空気を吸って落ち着いたロズワルドは、自分なりに状況を整理します。
大部屋に広がる血の海は、明らかに致死量を超えていました。ここで人が死んでいるなら、一人や二人ではないでしょう。
しかし肝心の屍体がありません。もし誰も死んでいないとしたら?
考えられるのは、動物の血である可能性です。家畜を屠殺すれば、血抜きの過程で血液は手に入ります。そうやって手に入れた大量の血を部屋にぶちまければ……。つまり、たちの悪いいたずらか、嫌がらせによって生み出された、偽りの惨状ではないでしょうか?
ロズワルドが山小屋の謎に考えを巡らせていると、ミカゲルがションボリ顔でつぶやきました。
「ここにおばさんのブローチは、ないみたい」
はっ!? そうだった!! ここに来たのはゴーストレディのブローチを探すためだった!!
この山小屋で何があったかはとても気になります。ですが、ミカの初ミッションとどう絡むのでしょう。
もしかすると偶然事件と交差しただけで、まったく関係ないかもしれません。
きっとそうです。そうに違いありません。二人の幼い信徒が果たすべき使命は、身の丈に合った正義なのですから。
とは言ったものの、とにかく情報が足りません。ここからどう動けばいいのか……
「ここでミカくんに、"アベンジャー"のヒミツの能力を教えてあげる♪」
落ち込むミカゲルを励ますように、ディケーが話しかけます。どうやら助け船のようです。
「その名も"過去視"よ。ここで起きた、ミッションに関係する出来事を振り返ることが出来るの。今回ならブローチに関することが分かるはずだよ」
「どうすればいいの? おねえちゃん」
「こんな風に手をかざしてみて。そして反応するところを探すの」
ミカゲルは言われるままに手をかざし、部屋の中を歩いて回ります。すると突然、硬直したように動きが止まります。
「お、おいねーさん、ミカは大丈夫なのか?」
「大丈夫。すぐに終わるから」
するとまた突然、ミカゲルの顔がパァッと笑顔になります。
「みつけたよ! こんどはおねえさんをさがさなくちゃ!」
「おねえさん? っていうと、ディケーねーさんみたいな人か?」
「ううん。もっととしうえのおねえさん。そのひとがブローチをもっていっちゃったの」
「新たな手掛かりだけど、それだけじゃ分からねぇよ。もう少し無い? 例えばこの山小屋で何があったのかとか」
「うん、わかるよ。それもみえたもん」
「マジかよ! 教えてくれ。何があったんだ?」
「あのねあのね、さいしょはおじさんたちがこのへやにいっぱいいたの」
「男達が? お姉さんじゃなくて?」
「うん。それでね、まんなかにつくえがあって、こっちとこっちにわかれて、おはなししてたの」
「男共が机越しに話し合い……。取引でもしてたのかな?」
「そこにね、けんをもったおねえさんがやってきて、けんかをはじめたの」
「剣を持ったお姉さん? ってことは、女騎士か女剣士か?」
「おじさんたちはみんなたおれて、みんなうごかなくなっちゃった」
「剣のお姉さんが、独りで男共をコロコロしちゃったのか? 奇襲だとしても凄いな」
「それでね、のこったおねえさんが、ブローチをひろって、もっていっちゃった」
「ゴーストレディのブローチは、大立ち回りの果てに、剣のお姉さんの手に渡ったって事か」
「で、おしまい」
「そうか。ありがとうミカ。………ねーさん、ちょっといいかな?」
「どうしたの? ロズくん?」
「今の話が、全部事実だとして言わせてもらうけどさ」
「え〜っと、まあ、事実だけど………」
「目を逸らすんじゃねえええええええっ!!!!! ブローチを巡ってメチャクチャ死人が出てるじゃねえかああああああああっ!!! これの何処がミカの身の丈なんだよおおおおおっ!!!!」
「いや、その、多分大丈夫だよっ! だってほら、私も同行してるし。ねっ♪」
「ねっ♪ じゃねえよクソ女神があああああああああああああっ!!! かわいこぶってんじゃねええええええええっ!!!」
「クソって言うな〜〜っ!! わたしクソ女神じゃないもん! クソ女神じゃないもんっ!」
「ハハハ、本当に仲の良い姉弟だね。見ていてホッコリするよ」
ヘルメスはお茶をすすりながら、3人を遠目に見守ります。
「本当に妬ましいな……」
今回は久々に3500文字行きました。