23-9 せいぎのめがみさま ~信徒編9~ 死んだらどうなる
「なあ姉さん、その人は……もうずっと火傷を負ったままなのか?」
正直、ロズワルドがここまで取り乱すとは予想外でした。
幽霊が怖いはずのに、酷い火傷から悲劇を察して、今では彼女のために泣いている。
優しくていじらしい自慢の弟です。
「ねえ、もういってもい〜い? ぼく、はやくおばちゃんのブローチをみつけてあげたいの」
一方で、まるで動じないミカゲルも予想外でした。
ですが今、幽霊となった彼女の役に立とうと一生懸命です。
ロズワルドとは方向性こそ違いますが、ミカゲルもまた、優しくていじらしい自慢の弟です。
「ロズくん立てる? 話の続きは歩きながらしましょう」
「人が死ねば、冥府の国へと旅立つことになる。最初こそ死んだ時の姿だけど、冥府に行けば、好きな時期の自分にもどれるの。あどけない赤ちゃんの頃でも、やんちゃな幼年期でも、恋に焦がれる思春期でも、最も輝く青年期でも」
「生きた長さだけ、選択肢も増えてお得ってことか。逆に子供の頃に死ぬと、もう大人の姿にはなれないんだな。でも、いくら選択肢が増えるからって、年寄りの姿になる人なんているの?」
「冥府で自分の子や孫を出迎える時、若い姿で再会しても困惑させるだけでしょう?」
「ああ、なるほど。相手に合わせて姿を使い分けられるってことね」
「互いに当時の姿になって思い出話に花開かせることも出来るし、互いに最も輝いていた年齢になって、親子や師弟で真剣勝負をすることだって出来るの」
「ああ、確かに。互いにすでに死んでいるから、これ以上死ぬこともないもんね」
「聞いた話によると、冥府ではハデス様主催の武闘大会が度々行われてるそうよ。レジェンド級の英雄や剣豪達が時代を超えて、現役の姿でぶつかり合うんだって。数々の名勝負が生まれているらしいよ」
「そりゃすげぇや。死後の世界も案外悪くないんだな」
「恐れるようなものじゃないと思うよ。ただ、何かをやり遂げたり、長生きしないと、得られる特典も少ないから、ロズくんも精一杯生きてちょうだいね♪」
「やれるだけやってみるよ。最期は『我が人生に悔いなし』って感じで、笑いながら死んでやるさ」
ディケーは一度ミカゲルを見て、視線をロズワルドに戻します。
「でも……、この世に大きな未練があると、幽霊になって留まってしまう。姿も死んだ時のままで固定されるから、霊感の強い人には恐怖の対象にしかならない。更に悪い事に、多くの霊がこの世に留まれば、悪霊化して不幸を呼び寄せてしまうの」
「良い事なんて何も無いんだな」
「だから除霊師なんて職業もあるのだけれど、彼らの多くは手口が強引だから、反発して幽霊側も反発して抵抗する。当然荒事へと発展して最悪死者も出てしまう」
「ミカの場合はどうなのさ」
「ミカくんの場合は、とても優しくて平和的だよ。霊の訴えに耳を傾けて、未練や無念を解消してあげるのだから。霊の彼女も満足して冥府へ旅立って、美しい姿も取り戻せるよ。だからと言って、荒事が無い訳じゃないけどね」
「それはどういうこと?」
「霊の無念が『誰かに殺されたこと』なら、その犯人に然るべき罰を与えることがミカくんの使命になるの。もちろん今は身の丈が合ってないから大丈夫だよ。でも、ミカくんが成長すれば、いずれそうなる。それが"アベンジャー"なのだから」
ミカゲルは会話に参加せず、前を黙々と歩いていました。右腕は相変わらず不自然に掲げたままです。
「ところでミカ、お前は何処に向かってるんだ?」
「わかんない」
「わかんないって…どういうことだよ」
「おばちゃんがこっちだって言うから…」
「レディゴーストの御心次第ってことかよ」
ロズワルドは、だんだんミカゲルが心配になって来ました。本当に大丈夫なのでしょうか。
進む道も徐々に細くなり、人里から離れて山へと向かっているようです。
やがて道が開けたかと思うと、小さな山小屋が現れました。どうやら目的地のようです。
「ここでブローチを探すのか?」
「うん。たぶん」
見たところ、可もなく不可もなく、といったところでしょうか。金持ちの別荘でもなければ、低所得者の掘っ立て小屋でもない、程々の造りです。
ロズワルドは真っ先に小屋へ近づき、ドアをノックしますが、反応はありません。
「誰かいませんか〜〜〜!」
やはり反応はありません。留守でしょうか? それとも使われていない?
何気なくドアを引くと、簡単に開きます。それと同時にむせ返るような臭いがロズワルドの鼻を刺激します。
「ちょっと待てっ! 二人とも来るんじゃないっ!」
血の臭いでした。
ふと、丹波哲郎の『大霊界』を思い起こしながら書いてましたw